涼風

二十四節気の立秋は、8月の中旬頃で、その中で七十二候では、立秋(初候)として「涼風至(すずかぜいたる)」が最初の5日間です。ただ真夏の時期で、上空の雲や早朝や深夜に秋の「気配」を感じても、まだまだ暑い時節で、朝夕に涼風が吹き抜けるのは「暑さ寒さも彼岸まで」と云われる彼岸頃・・・でも温暖化の影響なのか、その後も残暑が続きました。そしてようやく今日は朝から「涼風」が吹いて、早朝に半袖では寒さを感じました。

 静岡を自転車で走ったのが8月の下旬、その後は自転車はカバーが掛ったままでした。今朝、久し振りにカバーをとってメンテナンス、そして久し振りに休日の朝のサイクリングを愉しみました。

 朝7時過ぎに自宅を出て、舞子海岸まで住宅地の中をゆったりと走りました。

 舞子公園から眺めた、朝日に輝く明石海峡大橋です。

 明石海峡を左手に眺めながら、海沿いの国道2号線を西へ、大蔵海岸を経て明石の市街地を走り抜けて、大観橋を渡ると、大観橋の西詰から県道554号姫路明石自転車道線です。明石市の東側は、砂浜沿いを走る「明石・浜の散歩道」です。

 久し振りのサイクリングですので、いつもよりゆったり目に走って、自宅から約15キロの江井ヶ島海岸まで約1時間でした。椰子の木がすっかり手入れされてサッパリしていました。

 江井ヶ島には、日本酒「神鷹」の江井ヶ島酒造があります。ここではウィスキーも醸造しています。

 山陽電車の西江井ヶ島駅の西側・・・線路沿いに細い道があり「線路づたいの細い道」の光景、なんだか落ち着く風景です。

 江井ヶ島の住宅の一角に田んぼがあり、稲刈り後の田んぼにヒコバエがすくすくと育っていました。

 再び海岸線沿いの自転車道・・・淡路島と播磨灘の上空に雲の帯が横たわっていました。

 大蔵海岸まで戻ると、明石海峡の向こう、大阪湾の上空は低い雲で覆われていました。

 10時頃に自宅に戻って、約3時間で40キロほど走りました。すぐにシャワーを浴びて汗を流して、まだまだ昼間は暑く麦茶が美味しかったです。

死を生に変化させる努力

手元にある漱石全集の日記の中に、娘ひな子の突然の死に際しての漱石の思いが綴られています。

  昨日は葬式今日は骨上げ、
  明後日は納骨
  明日はもしするとすれば待夜である。

  多忙である。
  然し凡ての努力をした後で考へると
  凡ての努力が無益の努力である。
  死を生に変化させる努力でなければ
  凡てが無益である。

  こんな遺恨な事はない。・・・

    明治44年 11月29日 漱石日記より

 8月31日に父が他界しました。葬儀が終わってしばらくして、漱石が娘の突然の死を書き綴った日記があったことが頭を過ぎりました。漱石にとっての「死を生に変化させる努力」は、どのようなことだったのかをいろいろ考えていましたが思い及びませんでした。

 新約聖書の中に、イエスの言葉として、

 イエスは言われた。「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。 また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。

 ヨハネの福音書11章25節~26節

「死を生に変化させる努力」は、人類が文化を持ち、そして文明を築き上げた時からの大きなテーマかもしれません。

宗教や医学だけではなく、寿命を延長させる様々な技術や学問が、その根底に「死を生に変化させる努力」があったのかもしれません。

 漱石が日記に記した「死を生に変化させる努力」という言葉に、しばらく対峙したいと思っています。 

静岡行き_3日目

今日は学会で、自分の発表の日です。産業技術教育学会では、今回から全国大会でオーラルセッションに加えてポスターセッションでの発表スタイルもあるのですが、私はオーラルセッションでの発表でした。

 今日も東静岡駅前の駐車場に自動車をとめ、自転車で静岡大学に向かって学会発表、その後駐車場に戻って着替えた後、昨日、自動車で走り抜けた日本平の南側の海沿いの「いちごライン」(国道150号線)を往復16キロ自転車で走りました。

 神戸から望む海と違って、静岡の海は外海・・・太平洋です。

 快晴で、風もほとんどありませんでしたが、静岡の砂浜に打ち寄せる太平洋の波は荒々しく、砂浜に置かれたテトラポットを軽く超えて水しぶきをあげていました。

いちごラインを自転車で走っていると、日本平の真ん中辺り、太平洋に面して久能山東照宮を見上げることができました。初代江戸幕府の将軍を引退した後に大御所となった家康が祭られています。

静岡大の往復と、いちごラインのサイクリングで合計30キロ走りました。

 東静岡駅前の駐車場に戻って、自転車を車に詰め込んで、度は、静鉄(静岡鉄道)に乗って静岡の街の散策に向かいました。

7分間隔ぐらいで頻繁に運転されています、ちょうど清水が舞台のアニメ・ちびまる子ちゃんの電車に乗りました。

 2両の電車まるごと、ちびまる子ちゃんでした。

 静鉄・新静岡駅前には、雪国の雁木のような庇のある古いタイプの商店街が駿府城まで連なっていました。

 JR静岡駅前は再開発されて新しい街になっていますが、静鉄・新静岡駅前は、古くからの街並みと繁華街が入り乱れたようです。

 地図で確認すると、駿府城の南東に新静岡駅が位置します。北街道沿いに庇のある商店街が連なっていますが、どうも北街道は、外堀沿いだったようで、外堀と内堀の間には、

・静岡市立城内中学校
・静岡大附属静岡小学校
・静岡大附属静岡中学校

駿府城の東側に3つの学校が並んでいました。そして駿府城の北側には

・市立市民文化会館
・市立中央体育館
・静岡市立葵小学校

 内堀の中は、駿府城公園です。

 駿府城の北西、内堀と外堀の間に、カトリック教会がありました。

 隣接して、静岡雙葉学園がありました。明治36年に仏英女学校として開校した古い歴史があります。

 カトリック教会とは、外堀を挟んで西側に静岡英和女学院がありました。そして隣接してメソジスト系のプロテスタント教会・静岡教会がありました。調べると明治初期に「静岡バンド」があったようです。

調べると、明治新政府によって、徳川将軍家は駿府に移封となりましたが、その時に昌平坂学問所や開成所、横浜語学所から教授や生徒、蔵書が移され藩校の「静岡学問所」が設立されて、お雇い教師として、メソジストの宣教医デイヴィッドソン・マクドナルドが赴任したのが切っ掛けのようです。

 県立静岡高校・・・旧制中学の伝統を持つ学校で、他の城下町ではお城にもっとも近い学校だったり、城内に旧制中学校があるのですが、静岡では「もっともお城に近い学校」ではありませんでした。独特の丸い門柱がありました。

静岡高校は、明治11年の静岡師範学校中等科が発祥で、その後、明治19年の中学校令で、尋常中学校となっています。それに対して静岡市立葵小学校は、明治3年設立の静岡藩学問所の付属小学所が発祥で外堀の内側です。

 賤機山の南、駿府城の西北西に静岡浅間神社があります。静岡高校から静岡浅間神社に向かうと、道の真ん中に鳥居がある光景を目にします。

祭神は「コノハナノサクヤヒメ」で、富士山頂に奥宮がある富士山本宮浅間大社より醍醐天皇の勅願によって勧請された神社です。

駿府城の南側の外堀の更に南には市役所がありますが、外堀の内側には、藩校「静岡学問所」址の石碑があります。将軍家が駿府に移封するときに、昌平坂学問所や開成所、横浜語学所から教授や生徒、蔵書が移されているので、他の藩とは明治維新以降に設立された「藩校」とは次元が異なる藩校だったようです。

 駿府城の南西、外堀が埋められている部分に四足御門跡が残っています。埋められた外堀の名残です。

駿府城の南西にある坤櫓・・・

 静岡市内は、結構、自転車のレーンが整備されています。繁華街でも車道と歩道の間に自転車レーンがありました、

 今日は、日本テレビ系列で「24時間テレビ」の日、新静岡駅近くの繁華街で、チャリティー募金会場が設営されていました。

 新静岡駅で切符を買って、東静岡駅に近い長沼駅まで切符を買いました。

 今日、8月25日は、チキンラーメンが発売された「チキンラーメンの誕生日」です。

 そして8月25日は、私の誕生日でもあります。ホテルでカップラーメンタイプのチキンラーメンにお湯を注いで食べました。

静岡行き_2日目

 今朝は,ホテルでの朝食後に,車で東静岡駅前の駐車場に向かい,そこに車を停めて自転車で静岡大学に向かいました.

 静岡大学のキャンパスは静岡の市街地の南東・・・日本平の丘陵地の北斜面にあり,キャンパスから静岡の街を一望出来ました.

 教育学部はキャンパスの中でも,もっとも奥に位置します.

その後,車で三保の松原に向かいました.静岡の市街地と三保の松原がある清水の街とは,海岸線沿いに国道150号線が走ています.いちごラインの愛称があり,太平洋を一望できる海岸線を走っていると気持ち良いドライブを楽しむことが出来ます.

 三保の松原に至る道は「神の道」と呼ばれ,尾瀬ヶ原のような木の道が続いています.車と自転車は,「神の道」の両脇を通行することになります.

「羽衣の松」・・・はじめて訪れました.

三保の松原の砂浜・・・一隻の船が砂浜近くまで来ていました.

三保の辺りの海岸線には,県道377号・静岡清水自転車道であり,太平洋沿岸自転車という千葉の銚子から和歌山までのサイクリングロードの一部のようです.

このサイクリングロードを走っていると…真正面に富士山が雲の合い間から貌を覗かせました.

三保の松原をサイクリングした後,いちごラインを通って登呂遺跡を訪れました.

登呂遺跡とうと教科書に出てきて,弥生時代というと登呂遺跡を真っ先にイメージします.

 イベントが行われていて,親子連れがたくさん集まっていました.

登呂遺跡から自転車で駿府城を目指しました.駿府城の西に静岡市役所の建物

 駿府城は,天守閣は残っておらず,城址が公園となっていました.

 今,天守閣の発掘調査をしているようで,発掘場所を一般公開していました.

 ふじのくに地球環境史ミュージアム・・・静岡大学のキャンパスの南,元・静岡南高校跡に開館した自然系の博物館です.静岡南高校の校舎の一部を使て,展示は教室だった部屋を使っていました.

 今日の静岡は午後から快晴,自転車で30キロ走行して,かなり疲れました.富士をバックに三保の松原での愛機の写真です.

静岡行き_1日目

 今朝は,午前5時頃,小雨が降って薄暗い中を自宅を出て静岡に向かいました.産業技術教育学会の全国大会が静岡大学であり,その学会発表のためです.車に自転車を積んで,静岡・清水の街中は自転車で巡る予定です.

 高丸ICから第2神明道に入り,早朝の阪神高速神戸線・・・早朝のためか,雨模様のためかかなり空いていました.西宮から名神道に入りましたが,阪神高速以上に空いて,大津SAまでストレスなく到着.曇天で小雨が降っていたので琵琶湖の景色は,あまり楽しめませんでした.

 草津から新名神道,伊勢湾岸道を経て,名古屋近辺の渋滞を避けるつもりでしたが,途中のハイウエイ情報では伊勢湾岸道でトラブルがあったようで,70分,80分と,その区間の通過時間が増えています.仕方がないので,途中から東名阪道経由で名古屋環状道経由にしたのですが,何か所かで渋滞があり,名古屋圏を通過するのに1時間以上掛かりました.

豊田から東名道・・・ただ岡崎辺りまで結構渋滞していましたが,それ以東は空いていました.浜名湖SAで休憩.学生時代は夜行バスで東京ー大阪間を何度か往復していましたが,ここ浜名湖SAで30分ぐらい真夜中に休憩がありました.真っ暗の中,ラーメンを食べに24時間営業の店に向かった記憶があります.

 ここで浜名湖名物「うなぎパイ」をお土産に買った記憶もありますが,今でも店頭に並んでいました.

昼間は初めてで,浜名湖を一望できる展望台まで足を運びました.

 途中,牧之原ICで東名道を下りました.静岡は,東京ー大阪の往復で何度も通っていますが,通過するだけで,新幹線の車窓から茶畑を見るだけでした.牧之原辺りは茶畑が多いとのことで立ち寄りました.

 見渡すと,牧之原一帯は茶畑ばかりです.防露用のファンが林立するのを間近で見ることが出来ました.

 グリーンピア牧之原,ここでお茶の製造工場が見学できるとのこと,観光バスが停まっていました.

 お茶の製造過程を見ることが出来,お茶を使った種々のお菓子等も売店で売っていました.

 牧之原から島田に向かいました.途中,旧東海道石畳入り口の案内がありましたが,雨が降っていたので断念しました.

 大井川鉄道の出発点・金谷駅の横を通って,金谷の町を通り抜けて大井川橋を渡りました.大井川の川私の少し上流に架かっている橋です.

島田宿・・・大井川の川渡しの左岸(江戸寄り)の宿場です.大井川が増水すると,ここで足止めされた宿場です.
 

 島田宿の名残が残っていました.

雨が激しくなったので,さらに下流の島田大橋で再び大井川を渡って吉田ICから東名道,東名道でも再び大井川を渡りました.清水の町を車で巡ったのですが,渋滞が激しく,そのままホテルに入りました.

梅雨明け

神戸の梅雨入りが平年よりも21日も遅い6月26日で、梅雨明けが平年より3日遅い7月24日でした。昨年の梅雨明けが7月9日だったで、昨年より半月ぐらい梅雨明けが遅れたことになります。

 今朝は6時前に自宅を出て、久し振りに自転車で海岸沿いを西へ向かいました。舞子公園から見た明石海峡大橋です。もやっと霧がかかったようで、淡路島側の主塔は霧の中に霞んでい見えます。

舞子から朝霧を経て、明石の市街地を自転車で走り抜けて、明石川右岸からサイクリングロード。まだ早朝なので、ジョギングやウォーキングを楽しむ人は少なかったです。

松崎海岸です。砂浜の東の端は海水浴場になって、海の家もあるのですが、この辺りの砂浜は静かです。

江井ヶ島を経て・・・久し振りのサイクリングなので無理をせず片道約20キロ走って。住吉辺りでUターンしました。林崎漁港です。林崎の「は」を丸で囲んだ旗印が「マルハ」です。

明石・大蔵海岸から明石海峡越しに大阪湾方面の眺めです。海峡は霞んで明石海峡大橋も霧の中に埋もれていました。

 海面が朝日に輝いて、周囲の光景は、テトラポット越しに霞んだ、ちょっと幻想的な光景です。

今朝の走行距離は40.0km,平均速度18.7km/hでした。

3時間弱走って、最高脈拍数170bpm、平均脈拍数120bpm、消費カロリーは940kcal

 有酸素運動と鵜酸素運動のバランスもまずまずでした。

週末

この週末・・・土曜日は、朝一番に垂水温泉・太平の湯へ。

 ほぼ一時間で、入浴前と入浴後の体重差が700g、温泉で汗を700mlかいたことになります。入浴前と、途中、そして入浴後に合計1リットルの麦茶を飲んで水分補給しました。

 心拍数の変化が、入浴直後から30分経過頃まで、緩やかに上昇して、その後水分補給の為にロッカールームに出た時に脈拍数が下がって、また緩やかに上昇・・・平均脈拍数が117bpmで消費カロリーが174kcalということは、小さな菓子パン一個分ぐらいです。

昨日の日曜は、朝起きると雨・・・結局、家で夕方までゆったり過ごしました。

 活動量計では、朝から夕方まで、「こころのバランス」がほぼリラックス状態で、その後就寝時刻までリラックス状態が続き、結局昨日は11時間21分もリラックスしたいたことになります。仕事をしている普段の平日では、リラックスモードの時間が皆無の時もあるので、昨日はゆっくり身体も心もリラックスできたようです。

 今朝は、JR神戸線の元町駅で降りて、本務校まで2駅分を歩きました。元町のケーニヒスクローネのホテルの前を歩いている時は、まだ辺りは真っ暗でした。

 そして三ノ宮駅を過ぎて、東の空が白んできて、夜明けを感じる光景です。国道2号線に架かる歩道橋の上からの眺めです。

 お年玉付き年賀はがきの当選番号の発表が昨日ありました。早速今日のお昼休みに郵便局に引き換えに行ってきました。

朝のひととき

未だ空いている早朝の電車に座って、JR神戸線の元町駅で降りました。

元町商店街を通って、神戸の中華街「南京町」へ・・・高圧ナトリウムランプで照らし出された朝の誰もいない南京町は幻想的です。高圧トリムランプの色温度は2050ケルビンですので、昼間とは別世界のような光景です。

神戸の街を夜には通り雨があったのか、濡れた歩道に信号機の青いランプが輝いていました。

 ケーニヒスクローネのホテルです。

平日の夕方や休日は人混みで溢れる三ノ宮センター街ですが、早朝の静かな光景は、また違った貌を見せて、雰囲気も異なります。

三ノ宮の地下にある「味ののれん街」食べ処が並んでいる通りで、普段は人通りが絶えませんが、でもシャッターが開いた直後は、静かです。

 JR神戸線の高架沿いの南側を本務校に向かって歩いていると、東の空が白み出しました。電車が通り過ぎて、これから一日が始まるんだなあ~という感じがしました。