文房具

 住宅地の中にある有料駐車場の青白い水銀灯の光がアスファルトをグリーン系に輝かせていました.目の前を通り過ぎた自動車が彼方でテールランプとブレーキランプを赤く輝かせています. 

 今朝は元町駅で降りて,2駅分を歩きました.大丸神戸店・・・

 そしてケーニヒスクローネのホテル・・・

 帰路,三宮で降りて寄り道をして文具のナガサワに久し振りに・・・

 最近,書き味が気に入っているuniのボールペンJETSTREAMの青の1mmと替え芯を2本,それKOKUYOの「鉛筆のようになめらかに書ける」が売り文句の「鉛筆シャープ0.9mm」というシャープペンシル、PILOTの「こすると消える」が売り文句のFrixion ball knock・・・あわせて950円でした。

台風が残した爪痕

 台風21号・・・昨日の午後から激しい雨,そして昨夜遅くから今朝未明にかけてものすごい風が吹き荒れました。

 昨日の夕刻にはJRも私鉄もほぼとまっていたようです。今朝は台風一過の快晴ではありませんでしたが、雲の合い間から青空が見えて,もう雨が降る気配は感じません。でも強い風が吹き抜けています。大雨警報と強風警報、波浪警報は出たままでした。

 JRは一部の電車に遅れや運休があるとの情報で、いつもと同じ時刻に家を出て駅に向かいました。駅に着くと・・・改札の前に人だかり・・・電車は全く動いていないようです。

 昨夜とまったままで、どうも車両の手配が出来ないようで、順次動き出すそうです。駅でで待つのも嫌なので,並行する山陽電車に乗ることにしました。振り替え輸送はしていないので、三宮まで440円の切符を買いました。

 直通特急で阪神三宮まで・・・まあまあ混んでいました。JR三ノ宮駅の改札には,昨夜の18時頃のダイヤのままで遅延が120分以上・・・昨夜18時過ぎにJRは運行がストップしたのかもしれません。

 三ノ宮駅東口・・・やたらと壊れた傘が道端に捨て去られていました。

 旧西国街道沿いを歩くと,軒下の庇(ひさし)が壊れた店舗が目に付きます。ものすごい風が旧西国街道を吹き抜けたのかもしれません.
 

 いろいろなものが風で倒れたり,飛んで行ったり,飛んで来たり・・・このアパートの前は吹き溜まりのようになって,階段の前が塞がれていました.

 工場跡地が更地になって,そしてコンビニとドラッグストアの工事中なのですが,作業用のプレハブ・ユニットハウスが見事に横転していました。強風が吹き抜けたというよりも,竜巻なみのものすごい風だったのかもしれません.

 Timesの駐車場・・・幸い駐車していなかったようですが,駐車スペースに物置が倒れ込んでいました.

 この店は,日よけの骨組みが強風でもぎ取られたようになっていました.

 工場の上に立てられていた2階建てのプレハブの屋根や天井がなくなっていました.

 この工場は,2階部分が壊滅的です.どれも西国街道沿いです.西国街道を竜巻級の風が吹き抜けたのでしょうか?

 そして・・・高層マンションのベランダの柵がなくなっていました.

 ・・・過ぎ去った台風の残した爪痕

旧西国街道沿い

 JR三ノ宮駅東口のスクランブル交差点から,阪神岩屋駅前まで,旧西国街道の真っ直ぐな道筋が続いています.朝の通勤路・・・一駅手前の三ノ宮駅で降りて,約30分歩いています.

JR三ノ宮駅東口のスクランブル交差点すぐ近くの2階にあるサンマルクカフェの窓拭きの光景です.長い柄を使いこなして器用に窓を拭いていました.力の入れ方にコツがあるんだろうなあ~と横目で見ながら・・・
 

 コンビニ脇に,たくさんの「駐輪禁止」が並んでいました.此処まで自転車に乗って,そして三宮の繁華街に向かう人や,此処に自転車を置いて三宮から電車に乗る人が多かったのかなあ~と,想像をたくましくしました.

 幾つかのテナントが入っている商業ビルの入り口にも「駐輪禁止」が並んでいます.こちらは,店の真ん前に自転車をとめて買い物する人に対するものかもしれません.

 ・・・更に歩いていると,歩道脇の街路樹からの落ち葉が朝日に輝いていました.枯葉の季節が近づいているようです.

こころ・・・殉死ということ

 明治時代の陸軍大将だった乃木希典は,西南戦争,日清戦争,日露戦争に従軍しており,日露戦争では,水師営においてロシアの将軍ステッセリと会見したことが唱歌『水師営の会見』となっています.

 乃木大将は妻・静子と共に明治天皇の大葬があった日に殉死しています.漱石の小説「こころ」の中で,漱石が乃木大将の殉死について書いています.

「私は殉死という言葉をほとんど忘れていました。 平生使う必要のない字だから、記憶の底に沈んだまま、 腐れかけていたものと見えます。妻の笑談を聞いて 始めてそれを思い出した時、私は妻に向ってもし自分が 殉死するならば、明治の精神に殉死するつもりだと 答えました。私の答えも無論笑談に過ぎなかったの ですが、私はその時何だか古い不要な言葉に新しい 意義を盛り得たような心持がしたのです。

 それから約一カ月ほど経ちました。御大葬の夜 私はいつもの通り書斎に坐って、相図の号砲を聞き ました。私にはそれが明治が永久に去った報知のごとく聞こえました。後で考えると、それが乃木大将の永久に 去った報知にもなっていたのです。私は号外を手にして、思わず妻に殉死だ殉死だといいました。

 私は新聞で乃木大将の死ぬ前に書き残して行った ものを読みました。西南戦争の時敵に旗をられて以来、 申し訳のために死のう死のうと思って、つい今日まで 生きていたという意味の句を見た時、私は思わず指を折って、乃木さんが死ぬ覚悟をしながら生きながらえて来た年月を勘定して見ました。西南戦争は明治十年ですから、明治四十五年までには三十五年の距離があります。乃木さんはこの三十五年の間死のう死のうと思って、死ぬ機会を待っていたらしいのです。私はそういう人に取って、生きていた三十五年が苦しいか、また刀を腹へ突き立て一刹那が苦しいか、どっちが苦しいだろうと考えました。

 それから二、三日して、私はとうとう自殺する決心をしたのです。私に乃木さんの死んだ理由がよく解らないように、あなたにも私の自殺する訳が明らかに呑み込めないかも知れませんが、もしそうだとすると、それは時勢の推移から来る人間の相違だから仕方がありません。あるいは箇人のもって生れた性格の相違といった方が確かかも知れません。私は私のできる限りこの不可思議な私というものを、あなたに解らせるように、今までの叙述で己れを尽したつもりです。

 私は妻を残して行きます。私がいなくなっても妻に衣食住の心配がないのは仕合せです。私は妻に残酷な驚怖を与える事を好みません。私は妻に血の色を見せないで死ぬつもりです。妻の知らない間に、こっそりこの世からいなくなるようにします。私は死んだ後で、妻から頓死したと思われたいのです。気が狂ったと思われても満足なのです。

     「こころ」夏目漱石 より
             

濡れた路面の煌めき

 昨晩から降り始めていましたが,今朝の神戸は,たたきつけるような激しい雨が降りました.

 ふだんは乾いている側溝が,ものすごい勢いで流れていました.

 濡れたアスファルトに,駐車場の水銀灯の青白い光が反射して,煌めいていました.

 色温度の低い白熱電球の光も,濡れた路面で反射して・・・

 水銀灯の青い光と,蛍光灯の白い光,そして街の輪郭も濡れた路面越しに窺い知ることが出来ます.

 駅前の24時間営業の定食屋さんの店先,ディスプレイの光が,濡れた路面越しに輝いて,なんとなく華やかな感じがしました.

 赤信号で停止した車のブレーキランプと信号機の赤がアスファルト越しに・・・ 

 雨の日の憂鬱な通勤も,路面の煌めきを目にして和らぎました.

逡巡

 写真の撮影は,数年前までは一眼レフタイプのデジカメがメインでしたが,だんだん持ち運びが楽なコンパクトタイプのデジカメがメインになってきました.一眼レフのデジカメの出番が減ってしまって,夏の軽井沢行きにも,持って行きませんでした.

 今使っているコンパクトカメラは2014年2月に購入したパナソニック製で,3年半使っています.少し前から,空のような明るくて一様な画像の時に,画面の上部に黒い点が写り込むようになりました.おそらく内部に埃が紛れ込んだようです.

 画面で見るだけでしたら,画像加工ソフトで修正しても気にならないレベルです.

 使用頻度を考えると,かなり酷使しており,レンズのズーム時や電源OFF時の動作を観察すると機械的部分の摩耗なのか?変形なのか?いつ動作不良を起こしても不思議ではないようにも思えます.

 ただ普通に使っている分には順調で,買い替えるのはもったいないようにも思えます.

 この週末に,現用の機種の2世代後の製品が安くなっているので,購入しようかとカメラ売り場に行きました.現用の機種の3世代後になる新製品が発売されたので,現用の機種の2世代後の製品が旧機種となって安くなっているようです.ほぼ1年に一回モデルチェンジをして,機能面では進化しています.

 古いモデルですがソニーの1ランク以上上の機種が,かなり安い値段で店頭に並んでいました.撮像素子が一般のコンパクトカメラは「2.3分の1インチ」ですが,この1ランク上の機種の撮像素子は「1インチ」あります.面積比で5倍程度の違いがあり,1つの画素(ピクセル)の面積が大きくて,しっかりと撮影できます.ただ現用機種の2世代後継機種よりも1万円アップとなります.画質は綺麗になりますが,機能面では,あきらかに劣る部分が多いです.

 結局,金,土,日と3日間カメラ売り場に足を向けました.

 逡巡・・・撮影シーンによっては稀に写り込む黒い点が気になって,カメラの寿命だと思い込むバイアスが掛かった状態でもあり,まだまだ現用のデジカメもそのまま使えるようにも思います.綺麗に撮りたい時は一眼レフタイプのデジカメを使えばOKですし,そのために今まで使い分けていました.

 ただ,一眼レフタイプは,コンパクトタイプに比べて2回りぐらい大きく重く,持ち運びが億劫と感じることがあります.撮影した写真をプリントすることが稀になって,ほとんどが画面表示で終わっています.現用のコンパクトタイプのデジカメの画質でも十分だとも思います.

 2台のデジカメを使い分けていたのを,コンパクトで画質の良い1台に集約した方が良いのか・・・

 逡巡・・・決めかねています.

1000キロ

 処暑が過ぎて白露,朝は涼しくなって早朝に虫の音を耳にすると涼しげですが,昼間は真夏のような陽射しを浴びると,汗が流れてきます.

 7月下旬に新しい自転車MARIN Agentaを買って一ヶ月半,今日で総走行距離が千キロを超えました.

新しいホームページを作成しました.

中秋の播磨灘沿い
http://itsumi.citykobe.jp/20170910/

稲美町

 9月に入って,日の出の時刻が日々遅くなっています.

 夏至の頃には4時46分,7月の下旬には5時5分ぐらいでしたが,今朝の日の出の時刻は5時38分です.

 朝6時過ぎに自転車で自宅を出て,明石・江井ヶ島には7時過ぎ,椰子の木の影が長く砂浜に落ちていました.

 明石・魚住の茨木酒造の田んぼは稲刈りが終わっていました.茨木酒造の「来楽」の純米生原酒は自社田で栽培した夢錦を使っているそうですが,この田んぼで夢錦を栽培しているのかもしれません. 

 刈り取られた稲株から蘖(ひこばえ)が芽吹いていました.

 今朝は,播磨町から北に向かって加古川・平岡を通って稲美町に向かいました.

 播磨町と稲美町は加古郡になります.加古川河口付近の左岸から二見までと,加古川右岸の高砂町と荒井村が加古郡でしたが,阿閇村が播磨町となり,加古新村.母里村,天満村が稲美町となりました.それ以外は加古川市,高砂市,明石市となって加古郡を離脱して,現在の加古郡は,播磨町と稲美町だけです.2つの町は,加古川市となった平岡町を挟んで離れています.

 播磨町から,加古川市平岡を通って・・・稲美町に入りました.

 稲美町では刈り入れが終わった田んぼもありましたが,ほとんどの田んぼでは,稲穂がずっしりと重く垂れ下がり,陽光を受けて黄金色に輝いていました.

黄金色に輝く垂れ下がった稲穂が続く景色を目にすると「豊穣」という言葉が頭に浮かびます.
 

 帰路は,弁天池,寺田池を通って,東加古川を経由して西二見へ,二見の漁村の面影が残る町並みを通って,瀬戸川から県道554号姫路明石自転車道へ.

 播磨灘越しに,明石海峡を望むと,お昼前の真夏のような陽射しに海面が煌めく中に小舟のシルエットが浮かんで・・・レンズを向けました.

自転車のサイクロメータでは,

・走行距離 64.28km
・実効走行時間 3時間34分
・平均時速 17.9km/h
・最高速度 32.2km/h
・購入からの総走行距離 945km

活動量計は・・・

脂肪燃焼   2時間34分
有酸素運動  1時間12分
無酸素運動  0時間44分
最大強度   6分
消費カロリー 3446kcal