無線LANルータ

 昨晩、急に雨が降り出して、そして雷鳴が轟いて、ものすごい光と音、そして豪雨…。窓ガラス全体が真っ白になるような雷と共に、テレビの画面が一瞬揺らぎらして、そしてテレビの画面には、兵庫県に竜巻注意報が出た旨のテロップが流れて、停電になるかなあ~と思っていると、しばらくして雷鳴も遠退いて、雨も小降りになって一段落…。

 食後にパソコンのオンにすると、どうもネットがつながりません。こういう場合はモデムをリセットすると復旧するのですが、2度3度リセットしてもネットに繋がらず、「???」と思って、アレコレ考えて、思い当たったのが先程の雷鳴です。雷でインターネットの機器が壊れたのかなあ~と、モデムにLANケーブルを直接パソコンにつなぐと、しっかりとインターネットにつながっています。

 ということは、無線LANルータの調子が悪いのかなあ~と、アレコレ設定をいじっても全然ダメでした。どうも無線LANルータが壊れたようです。雷が原因なのかどうかわかりませんが、タイミングを考えると、雷の影響のように思います。でも直接電話線につながっている電話機やモデルはOKなので、どうも「?」です。

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 今日は、午後から神戸市内の出張で、和田岬を訪れました。平安時代から江戸時代の幕末まで、和田の泊(兵庫港)として栄えた港町であり、兵庫宿があった、山陽道の宿場町でもあった処です。今は…三菱重工と三菱電機の企業城下町のようになっています。山陽本線の支線である和田岬線が、兵庫駅と和田岬駅との一区間を運転していますが、朝夕のみの通勤専用です。終点の和田岬駅は、改札もない、ホームがあるだけの無人駅です。

 出張の帰りに、神戸ハーバーランドのソフマップというパソコンショップに立ち寄って無線LANルータを見たのですが、あまりに種類が多くて、ちょっと売り場で呆然としてしまいました。とりあえず一番安いモノでも良かったのですが、テレビやブルーレイレコーダに対応しているモノが以前から欲しかったですし、NASというLAN接続のドライブも構築したかったですし、アレコレと考えていると、30分以上選り好みをしてしまいました。

 結局9600円のものを買いました。USB端子付きで、一応箱の外側にテレビやブルーレイレコーダ、スマートフォンの絵が描いており、Windows8にも対応とのこと、何よりも「かんたん設定」と大きなシールも貼ってありましたし…

 夕食後に箱を開けて設定開始、アンテナ3本を取り付けるようになっているのですが、なんとなくごっつい感じです。前の無線LANルータは外付けのアンテナがなくて、2階では、結構電波が弱かったので、「ハイパワー」というのも決め手でした。

 設定の仕方が…イマイチちゃんと書いていません。前の機種は、結構苦労して設定をしたのですが、今回の機種は、なんだか簡単に書いています。ちょっと不安がよぎったのですが、結局、接続も暗号化の対応も、それほど手間がかからず、あっけなく設定が終わって…今はちゃんとつながっています。

 前の無線LANルータは、11Mbpsという古いタイプのモノでしたが、我が家はまだ、もっとも古いADSLのままでインターネットの速度も1.5MBytes/sec程度しかでておらず、特に不満もなく使っていました。今回購入した無線LANルータは450Mbpsなので、40倍の速度です。もちろん、ADSLの帯域が上限ですが、それでも11Mbpsの制限がなくなったので、体感的にも速く感じます。なによりも、ネットを通して、ブルーレイレコーダに録画した番組を2階でも見ることが出来るようになりました。

 ということで、雷から丸一日経って、自宅の無線LANの環境が、飛躍的に向上しました。光ファイバーにすれば、もっと凄いのでしょうが、しばらくは、ADSLのままで…。

リストランテ・ビッビ

 職場の近くにあるイタリア料理のリストランテ・ビッビ、週末の金曜日に久し振りに訪れました。職場の近くなので、いつも職場の方と御一緒です。

 現在の神戸港のルーツをたどると、平安期から江戸期までは和田の泊(兵庫の港)となり、更に遡ると阪神電車岩屋駅の南側にあった敏馬(みぬめ)の泊となるようです。

 今は埋め立てられていますが、国道2号線の南側すぐに海岸線があったそうで、敏馬神社は、国道2号線沿いにあり、境内に段差があるのは、古代には、この岩屋の一帯が、海に突き出した岬のような感じだったのではないかと想像できます。

 明治に入って、外国人居留地在住のボートハウスが出来て、その後は神戸高商や御影師範(現神戸大)や関西学院のボート部がこの浜で練習をしていたようです。その後は工業化の影響で製鉄所がこの辺りに出来て、工場のために浜は埋め立てられて…。

 震災後に新しく製鉄所跡にHAT神戸という住宅地が整備されて、岩屋はそのHAT神戸の玄関となっています。リストランテ・ビッビが入居しているビルは、HAT神戸の整備と前後して建設された高層ビルです。
  
 私はワインでしたが、御一人の方がイタリアビールを頼みましたので、記念に…。

 前菜です。

 そしてパスタ

 私のメインディッシュはワインの柔らか煮です。

 最後のデザートと紅茶

 職場の方とご一緒する時には呑むのがメインになるのでご遠慮申し上げることが少なくないですが、食事をご一緒にしてアレコレと四方山話をするのは愉しいです。

布引の滝、ハーブ園

 神戸のメインストリート・フラワーロードは、明治3年(1871年)に、現在の新生田川に付け替えられるまでは、生田川が流れていました。旧生田川は天井川で、水害が発生していたそうで、神戸港が開港して外国人居留地の整備に併せて、加納宗七が生田川の付け替え工事をし、旧生田川の河川敷が加納宗七に払い下げられので、「加納町」という地名として残っています。

 加納町3丁目の交差点に「旧生田川」の石碑が建っています。この辺りに、外国人向けの競馬場があったそうですが、その跡を示す石碑は見つけられませんでした。

 フラワーロードを更に北に向かうと…新幹線の新神戸駅となります。この裏山に、生田川の上流となる布引の滝があります。

 新神戸駅…神戸港、神戸空港と並んで神戸の表玄関です。「のぞみ」、「ひかり」、「こだま」に、九州新幹線の「みずほ」と「さくら」を併せると、上下それぞれの1時間に8本前後が発着します。朝から、駅構内は、大きなケースを持った方々が足早に改札へ向かったり、改札から出てきたり…

 その新神戸駅から数十メートル離れた裏側の坂道は、もう自然豊かな登山道になっています。

 整備された登山道に木漏れ日が…。この辺りは明治期から拓かれた観光地でもあります。

 布引の滝まで十数分で辿りつくことが出来ます。滝音だけが響く静かな空間です。

 布引の滝の前には、結構たくさんの人が、滝を眺めていました。

 ちょっと高い処から滝を愉しめる茶店があり、結構賑わっています。

 布引の滝から、更に山路を上ると…布引貯水池があります。

 そこから更に北上して市ヶ原に向かう途中の山道で、また茶店がありました。古い「でんぽう・でんわ」の看板がそのまま…

 久し振りに訪れた市ヶ原です。もっと広大な川原をイメージしていましたが、思ったより狭かったです。

 更に山路を上って…、整備されている処は、このように山道に階段があります。

メインのコースから外れた尾根づたいの道に入ると、ケモノ道のような感じになります。

 もう紅葉でしょうか?山の木々の木漏れ日に透かされて輝いていました。

 人が踏み固めただけの山路で、結構歩きにくいです。普通のスニーカーなので、ちょっと足の負担が大きかったです。

 …そして布引ハーブ園へ出ました。山上にある別世界のような空間です。ほとんどの人は、新神戸駅からロープウェイで往復します。

 山頂に上るロープウェイには人が乗っていますが、まだ朝早いので、街へ下るロープウェイは空っぽです。

 ハーブ園内は、コスモスが咲き乱れて綺麗でした。

 園内には香りの館があり、その中は、結構レトロな感じです。

山頂の展望台は…凄く賑やかでした。

 山頂の展望台から、神戸の市街地、港、人工島のポートアイランド、そしてその更に沖に神戸空港をかすかに望むことが出来ます。

ハーブの写真は地味なので、またコスモスの写真です。

 帰路もロープウェイに乗らず、歩いて…。布引の滝は、上流側の「雄滝」と、その下流に「雌滝」があります。上りと違ったコースを通って、その雌滝に帰りは立ち寄りました。

 そして、その十数分後に新神戸駅に到着です。自然豊かな六甲山系の山の中を歩き回った後に、登山口に戻ると、神戸の表玄関・新神戸駅となって、そのコントラストが面白いなあ~と感じました。

竹田城址~但馬路

 日曜日に、山城の竹田城址に行ってきました。5~6年ぶりぐらいです。但馬国の朝来にある全国一の山城遺跡…室町時代の嘉吉年間(15世紀中頃)に築城されたそうで、播磨国守護赤松氏と但馬国守護山名氏との間が臨戦状態で、将軍・足利義教が播磨国守護・赤松満祐によって暗殺された嘉吉の乱もこの嘉吉年間です。当時の竹田城は播磨国と但馬国の国境を守る拠点だったようです。

 天正5年(1577年)に竹田城の戦いがあり、織田信長が播磨国に派遣した羽柴(豊臣)秀吉が、但馬の制圧と生野銀山の確保のために、毛利氏側の但馬諸侯が守る竹田城を攻城したそうです。その後慶長5年(1600年)に竹田城は廃城となって、400年以上の時が流れて…

 姫路から生野街道を北上すると、「銀の馬車道」という宣伝文句が道沿いに目立ちました。銀とは…生野銀山のことです。国道312号を走るのも久し振りです。朝来市の多々良川沿いの風景です。山から鳥の囀りが聞こえ、川のせせらぎの音を耳にしているとゆったりとした気分となります。

久し振りの竹田城、今まで竹田駅からすぐの処にある山腹の駐車場まで行って、そこから歩いていたのですが、「竹田城址」の案内板に沿って車を走らせると…どんどん竹田城のある古城山から離れていきます。後で知ったのですが、最近は観光客が増えて、一方通行の規制をしているそうです。

 以前、気軽に車を停めていた竹田城のある古城山山腹の駐車場まで車で行こうとすると、駐車場待ちの車の列に並ばねばならず、あきらめて、もっとも遠い駐車場に車を停めました。古城山山腹の駐車場まで2キロぐらい歩かねばなりません。向こうに見える山の頂上に竹田城址があります。

 30分あまり歩いて、やっと古城山山腹の駐車場へ

 いつも登っていた山道が通行止めになっていました。細い山道は、たくさんの観光客が押し寄せると、危険と判断したのかなあ~と。

 大手門コースのなだらかな道を通って山頂へ。城壁がかなり近くに見えてきました。

本丸の虎口跡から見下ろす光景です。

 北千畳曲輪、北側の眺めです。円山川の下流には豊岡や城崎があり、その先は日本海です。

 東側の立雲峡方面の眺め…

 そして円山川上流の南側…南千畳曲輪です。生野銀山が、生野峠の向こうになり、その向こう側が播磨国で、そして瀬戸内海となります。

 山頂にある切り立った城壁からの眺めは絶景です。

 東側の立雲峡の向こうが丹波国で、その向こうが京の都となります。

 人があまり写真に入らないように撮りましたが、物凄いたくさんの人が山頂に…。でも景色を見ていると、いつまでも見飽きません。まさに絶景…

 竹田城を後にして…播磨屋本店に向かいました。

ここは…落ち着きます。

 質素な藁ぶき屋根のある光景…藁と草と木々と背景の山々に囲まれた空間です

 そして水車小屋…

 最後に… 竹田城の山腹の駐車場待ちの車の列が、延々と…。駐車場から車が出ると警備員が1台車を通していました。これで朝10時前です。この車の列の手前にある遠い駐車場に車を止めて歩きました。

 帰りは、私が車を駐車していた一番遠い駐車場でさえ待ち行列が出来て乱駐車の車もあって、駐車場からでるのも一苦労でした。足立ナンバー等々、結構遠くのナンバーをつけた車も少なくなかったです。

港・大学・鮨

昨日の土曜日は、久し振りにJR神戸線・神戸駅で降りて、久し振りに神戸ハーバーランドへ。MOSAICへ向かう西村珈琲の処は、私の好きな光景で、いつも写真を撮ってしまいます。

 MOSAICからの港風景です。

 

 兵庫県の特産展をやっていました。仏壇を彫る実演…

 JRで六甲道駅まで行って、バスに乗って…神戸大学のキャンパスへ。

そして淡路の瓦つくりの実演です。

 六甲の麓の高台にあり、此処からは神戸の港や市街地を見下ろすことができます。

 神戸大学のシンボル・経済学部の建物の外壁改修の工事中でした。

 でも建物の中は工事とは無関係で、電球色のレトロな雰囲気がそのまま…

 経済学部から、馬場へ抜ける急な階段を下りると、学生会館の階段でホルンの練習をしている姿を見掛けました。

そして馬場…

 工学部の食堂でお昼、中華丼を食べました。

元・教養部の国際文化学部には、立て看板が並んでいました。

 国際文化学部が開催する公開講座「記憶と文化」が今日の目的です。結構、年齢層が高いです。

 受付で「神戸大学創立110周年の記念品を貰いました。中身はボールペンでした。

 講座が終わると…足早にバス停に向かってJR神戸線・垂水駅へ。垂水に着いた頃には、すっかり夕闇に包まれていました。

 玉子焼き…といってもダシで食べる柔らかい明石焼き(たこ焼き)のことです。小さい店ですが、なかなか繁盛しています。この店の前を通り過ぎて…

 今日は、職場の先輩と、増田屋で鮨を食べることになっていました。約束の時間ギリギリに着くと、もう先輩方は到着していました。

 荒磯盛…お造りの盛り合わせです。

 鮨屋ですが、でも此処の牛スジ煮は私のお気に入りで、いつも注文してしまいます。

 そしてサザエの壺焼きも、いつもちゅうもんしてしまいます。

 これが言うに言えない味…強いて言えば堪らない食感と味わいです。

 ビールの後に、久し振りに日本酒を頼みました。「白鹿」の徳利に「沢の鶴」のお猪口です。

 〆の鮨です。ハマチとマグロとタコです。

 今日は、先輩方にご馳走になりました。ビール2杯と日本酒1合、そして海産物と鮨で満腹の夜でした。

秋の好日

今朝、鵯越方面へ…。「義経の逆落とし」として、此処「鵯越」と、そして同じ神戸市内の「一ノ谷」との2つの説があります。

 お昼頃の霞ヶ丘の細い道です。明石のお殿様・松平日向守が拓いた丘の上の垂水新田で、その開拓当時の道で400年の歴史を持つ道です。

 商大筋沿いに、はためく「西垂水」の幟です。年に一度、海神社のお祭りの時だけ、西垂水と東垂水の幟が街の中至る処で、はためきます。垂水村が、海神社を境に東垂水村と西垂水村に分かれたのは江戸期以前なのか、それとも江戸期のいつぐらいなのか~いつか調べたいと思っています。

 垂水駅前…明石海峡大橋の主塔が道の向こう側に見えます。

 そして垂水漁港です。神戸市内にある塩屋、舞子、そして垂水漁港と3つの漁港がありますが、最大規模です。でも…隣町明石市の明石浦や林崎の漁港に比べると、規模は小さいです。

背後に見える山並みは、淡路島の島影です。垂水漁港の目の前が明石海峡となっています。

 渡船か釣り船の乗り場でしょうか?港の一角にバイクが整然と並んでいます。

 海神社の大鳥居です。その向こうに見える鳥居が、海神社の境内の南側になります。2つの鳥居の間には国道2号線が東西に走っています。そして昔は、この大鳥居は、砂浜の面して立っていましたが、今は駐車場が出来て、砂浜が埋め立てられて、アウトレットモール・マリンピア神戸へのバイパス道路も横切っています。

 漁船に、つ~と留まった鳥…鳥の名前はわかりません。港に何羽も飛び交っています。

 朝、目の前の明石海峡や播磨灘で漁をした船が昼前に戻って、お昼にセリをする昼網です。

 明石浦漁港の昼網のセリは何度か目にしたことがありますが、垂水漁港のセリは初めてです。垂水駅前の商店街の魚屋さんの軽トラックが停まっていました。セリ落とされた魚が、すぐに魚屋さんの店頭に並ぶんだろうなあ~と。

港近くのステーキハウスでランチ、この店は久しぶりです。

 昼からビールを飲んでステーキ…。秋の好日も、もう夕方です。

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