音楽

 冬の長い夜に、暖房と暖かい紅茶を飲みながら、ゆったりと聴く音楽…

 上は平原綾香の「From To」、左は徳永英明の「VOCALIST VINTAGE」、右は一青窈の「歌窈曲」、3枚ともカバー曲のアルバムです。

 左は由紀さゆりの「1969」、右は鮫島有美子(ソプラノ歌手)の「ともしび」です。「1969」は昭和時代の歌謡曲のカバー曲で「ともしび」はロシア民謡のアルバムです。

 上は小椋佳、左は小野リサ、右は山本潤子のベストアルバムです。小椋佳はフォークソング、小野リサはボサノバ、山本潤子(旧姓新居潤子)は、赤い鳥、ハイ・ファイ・セット、そしてソロとして活躍しているシンガーソングライターです。

 一年の終わりを迎えるこの時期は、掃除や片付け、新年の準備があるのですが、つい音楽を聴きながら、過ぎ去ろうとする1年を想って…

久し振りの再会

 クリスマスの今日、社で1年間、ご一緒に学んだ方と、久し振りにお会いすることになりました。午前中は出勤して、お昼を食べて2時間ほどして勤務校を後にして大阪梅田へ。久し振りに阪神・岩屋駅から乗って御影で特急に乗り換えて梅田へ。頭端式ホームを目にすると、ついレンズを向けてしまいます。

 梅田の地下街にある八百富という中古のカメラを扱っている店でウインドウショッピング。古いカメラやレンズが、結構安価で並んでいると、つい欲しくなります。中判のカメラがものすごく安く出ていましたが、衝動を抑えて店外へ。まだJR大阪駅が珍しくて、ぶらぶらと…

 なんとなく関西国際空港のような雰囲気がします。

大丸の上にある「八かく庵」という豆腐料理の店です。この店では、豆が腐る「豆腐」ではなくて、豆が富む「豆富」という字を用いています。

「花がかり」という豆富会席を予約していたのですが、かなり豪華でした。

 出来立てのおぼろ豆富(写真左)はおかわり自由で、手毬胡麻豆富の敷き味噌仕立と季節の前菜としてかぼちゃの胡麻豆富、蟹と蕪のみぞれ流し、湯葉の八幡巻き、燻製豆富、鰯の紅梅煮、海老芋と海草麺のサラダ、豆富田楽、くわいの唐揚げ、生姜肉添え

 次に蟹身のカナッペ風お造り、黒大豆の生湯葉造り

 そして鰯の紅梅煮 蟹身のカナッペ風お造り、

 湯葉の八幡巻き

 飲み物は、最初は生ビールでしたが、次に頼んだのは大吟醸の冷酒

 写真がありませんが、蟹と合鴨のみぞ鍋を煮えたのを食べて、その後に焼き麩のチーズグラタン

 蓮豆富の湯葉衣揚げ とゆ湯葉添え

そして生麩のとろろ掛けご飯・味噌汁・漬物

 デザートは豆乳アイスと京とうふ藤野の豆乳バームクーヘン 柚子柿添え

 美味しい豆富料理とお酒、そしてアレコレとお話をして約3時間、まだ明るかったガラス窓の向こう側は、梅田の夜景が輝いていました。今日の献立です。

 JR大阪駅です。向こう側が、新しい阪急百貨店…

 今日のクリスマスの午後は、梅田での愉しいひとときでした。

はじまり

 一日のはじまりは、私の感覚からすれば日の出・夜明けがスタートラインという実感がします。日本では明治6年から太陽暦を採用して、時法も西洋式となって夜中の0時に日付が変わりますが、それまでは、日の出から日の出までが一日、つまり日の出のある朝・モーニングが一日のスタートです。昔風に言えば「明け六つの鐘」がはじまりの合図だったのでしょうか?

 でも…ユダヤやイスラム圏では、日没から日没までが一日です。つまり、日没の夕方・イヴニングが一日のスタートです。今でもイスラム歴では日没が一日のスタートです。

 明日・12月25日はクリスマス、イエス・キリストの降誕の日です。イエスが生まれたユダヤの地の暦に習って一日の始まりである「日没後の夕べ」にクリスマスの日のお祝いをするのがクリスマス・イヴニング、つまりクリスマス・イヴです。クリスマスの前夜祭というようなニュアンスでクリスマス・イヴという言葉を使っているような場面が多いように感じますが、でも元来はクリスマスの日のはじまりである夕べ(イヴニング)を祝ったのがクリスマス・イヴです。

 1年の始まりは1月1日、北半球では冬、南半球では夏です。年度の始まりは、日本では学校も会計年度も春の4月で、就職や転勤もこのタイミングが多いですが、アメリカでは秋の9月に学校がはじまり、会計年度は10月にスタートします。私には…寒かった冬が過ぎ去って、一斉に芽吹き、桜の花が咲く4月が、「はじまりの時」という感じがするのは、そういう文化・習慣の中で育った故かもしれません。

 冬至が過ぎて、明日はクリスマス、そして1週間後には新年を迎え、更にその1週間後からは、日の出の時刻が日毎に遅くなります。

 …はじまりの時節です。

 「きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。」新約聖書ルカによる福音書2章11節

Merry Christmas !

and

Happy New Year !

モラル~公共の場

 朝夕の通勤電車は片道30分弱、1週間で5時間は、見知らぬ他人と共に電車の閉じた空間の中でご一緒しています。早朝の通勤電車の中は、どちらかと言えば大人の世界で紳士的な雰囲気なのですが、帰りの夕方の電車では…さまざまな人間模様を垣間見るように感じます。

 今週のはじめ、ロングシートのかなり離れた斜め向かいから咳き込む音が聞こえてきます。その咳き込む音から、どうも手で口を塞がずに咳をしている模様です。何駅か止まって乗客が減って、立っている人が少なくなって…また咳き込む音が聞こえます。その方向に目をやると、年配の男性が、手で口を塞がずに咳をしています。マスクもしていません。空いた座席もあったので、その咳き込む人の隣や前に座っていた方々が、一斉に席を移動して離れていくのですが、そんな雰囲気を察することもなく、その年配の男性は、傍若無人に手で口を塞がずに咳き込み続けていました。

 一昨日、途中の駅で、年配の女性が乗り込んで…そして発車の笛が鳴って、ドアが閉まりかけると、閉まろうとするドアを手で開けようとしながら何か叫んでいます。目を向けると、つれあいでしょうか、後から乗り込んできました。そして、乗り込んだ男性は「車掌が見ているから大丈夫だよ。」と言っていました。無理にドアを開けようとして危ないと思わないのかなあ~とか、駆け込み乗車が危ないと思わないのかなあ~とか、他の乗客や電車の運行にとって迷惑行為だと思わないのかなあ~とか、その光景を見ていて感じました。

 昨日、私の側のロングシートは、6人が、ちょっと窮屈ながら詰めて座っていました。でも向かい側のシートは、5人が微妙な隙間をとって座っています。前に何人か立っているのに互いに詰めようともしません。それぞれ年配の男性や女性です。2人が互いにちょっとお尻を動かせば、もう一人座れるのになあ~と思いながら、微妙な隙間が空いたまま…。

 2,3日前だったと思いますが、これも帰りの電車の中で、電子音が聞こえました。斜め向かいに座っていた年配の男性が、ズボンのポケットに手をいれて携帯電話を取り出し、画面を確認して、何の躊躇もなく通話を始めました。ロングシートの両脇は詰まっていました。朝の通勤電車では、時々、ポケットに手を入れて携帯電話を取り出して画面を見る姿を見ますが、朝の車内で携帯電話の呼び出し音が鳴り響くことは皆無で、マナーモードに設定されている方が多いように思います。携帯電話の画面を見ても、メールの確認だけなのか、着信を確認して、ホームに降りてから掛け直すのか、そのまま通話する姿を見掛けることはありません。

 須磨駅では、快速電車との接続・通過待ちをする普通電車は停車しても自動でドアが開かず、ドア脇のボタンで開閉します。寒くなったこの時期は、開けっ放しのドアからの寒気にさらされることがないのですが、ドアを開けても、閉めない人が少なからずいます。これも年配の方々、特に女性に多いように思います。そして、車内で、開けっ放しのドアを、わざわざ立って開閉ボタンを押して閉めるのも、年配の女性が多いように思います。私は…開けっ放しになっていても、寒いなあ~と思いながらわざわざボタンを押しに行くことはないです。男性は、少々寒くても私のように我慢するのかもしれません。

 寒くなったこの半月ほど、朝の通勤電車では白いマスクをつけた姿が目立ちます。私も電車の中ではインフルエンザや風邪の予防のためにマスクをつけています。3年程前にインフルエンザの猛威が神戸を覆い、朝の電車の中では、ほぼ全員が白いマスクをしていた時期がありました。その光景を「異常」と感じる方々も少なくなく、戦前の全体主義体制と結びつけて批判する声もありましたが、諸外国のような多数の死者を出すパンデミックに至らずに収束したのはマスクのお陰も少なからずあったのではないかと…。

 公共の場における「モラル」の在り方について、時々電車の中で考えさせられる場面に遭遇します。マスク、携帯電話、座席の譲り合い…

 若い高校生や学生よりも、年配の方々の方が、公共の場におけるコモンセンス(常識)を逸している姿が圧倒的に多いように感じます。歳をとってあつかましくなるのか、それとも自分のことで精一杯なのか…?

 冬至とクリスマスの間の連休は雨で始まりました。今日は出掛けるのを止めて、朝はゆっくりしました。「鵯越えの逆落とし」の近くの光景、朝7時過ぎです。

 それから1時間ほど経って、小雨が降ってきて、霧が覆いはじめました。同じ場所の写真ですが、光景がだいぶ変わりました。

 そして明石の大蔵海岸、小雨の海峡は霧で包まれています。明石海峡大橋の主塔は、本州側も、淡路島側も、その頂上が霧の中です。

 海峡越しの墨絵のような淡い光景を、海岸から眺めていると、寒々しい冬を実感します。

神戸~早朝の光景

 12月の下旬から翌1月の中旬までは、朝玄関をでると暗闇が広がっています。通勤電車の車窓から、濃紫から東の空の端が赤味を帯びて、辺りが明るくなるパノラマのような光景を眺めることができます。

 勤務校の最寄駅・JR神戸線の灘駅の一駅手前が、神戸の繁華街・三宮になります。今朝は三宮で降りて30分ほど歩きました。三宮駅の東口に高層のビルが建設中です。

 旧西国街道、神戸の下町の雰囲気が残った町並みが続いています。製鉄業が盛んだった昭和40年代から昭和50年代は、凄く賑やかだった処です。今でも其面影を追うことができる光景を目にすることができます。鉄製の電柱、まだ消えぬ街灯…早朝の独特の雰囲気の中に、下町らしさも…

 神戸製鋼の神戸製鉄所の煙突からの煙が、日の出の太陽を受けて遠く輝いて見えます。

 街の北側には、すぐに六甲山系の山々が迫っています。神戸の市街地は、細長くて、南はすぐに海、そして山手は坂が多いです。

 ちょっと寒さが緩んだ今週は、一駅分歩くようにしました。万歩計は毎日1万歩を超えました。

通過儀礼~受験

 高校生物の勉強…だんだんむつかしくなってきています。参考書に線を引いたり、付箋紙を貼ったり、書き込みをしたり…

 参考書を読み進めていっても、なんとなく「その場限りの納得」で終わってしまっていることも多くて、前に読んだ箇所を読み返すことが多くなってきています。しっかりと理解していないで、次に進んでいるのが原因のようです。今日は本屋さんで問題集を買いました。

 私自身が中学から高等専門学校に進学して、高専5年生から大学の学部3年生に編入したので、いわゆる「受験」や「受験勉強」を経験したことがありません。書店の参考書コーナとも今までご縁がなく、参考書や問題集に、難易度別のランクが存在することも今回初めて知りました。そんな状況ですので参考書や問題集を用いた勉強の勝手がわかりません。通過儀礼として「受験」や「受験勉強」は経験しておくべきなのかもしれません。そして受験浪人というのも良い経験なのかなあ~とも感じています。

 何度か転退職を繰り返して、失業も経験して、採用試験の失敗はいっぱいあるのですが、これは…あまり意味がなかったかもしれません。

高校・生物

 小学校の理科室…試験管やビーカーを使った実験と共に、理科準備室の人体模型の記憶が今も鮮明にあります。化学や物理の実験は大好きでしたが、植物の観察やスケッチが苦手で、「生物」の分野は中学校以来、ご縁がありませんでした。

 先週、人間ドッグで、検査結果に関してアレコレと説明を受けたのですが、「生物」の知識がないので、医師の説明で使われたカタカナの語彙に「?」が多かったです。今まで生物の分野にあまり興味や関心がなかったのですが、これでは「いけない」と思って、足を踏み入れることもない書店のコミック売り場の奥にある参考書コーナーに出向いて、高校・生物の参考書を購入しました。

 昨晩、3時半まで読み耽ったのですが、なかなかむつかしです。まだまだ勉強を始めたばかりですので生物の基礎の「細胞」ですが…。でも、時間を忘れて読み耽るほど面白いです。

 生物の勉強をして、はじめて「iPS細胞」の凄さの意味がわかりました。自分の身体のことを、ある程度理解しようと思うと、基礎的な知識も必要かなあ~と、改めて実感しました。

赤外線写真

 夏の強烈な陽射しの下では、コントラストの高い赤外線写真の撮影を愉しむことが多いですが、今まで冬場は…ほとんど赤外線写真を撮っていませんでした。今朝、カメラをカバンに入れて…

 阪急電車の高架が弧を描いて、神戸の繁華街・三宮に向かいます。阪急電車の高架の北を並行して走る道路の街路樹も、かなり落葉しています。

 黄葉が今が盛り…、赤外線写真を撮ると、白昼夢のような絵になります。

 早朝で、周りは薄暗く、街灯が輝いています。赤外線写真では、街路樹が雪を冠ったように…

 落ち葉が雪にように…早朝の市街地を走る車は、まだヘッドライトを点けているので、雪国のような景色です。

 葉っぱから放射される赤外線を捉える赤外線カメラは、黄葉も落ち葉も白く写って…初冬の早朝の景色を、幻想的な光景に…