卒業式

 今日は勤務校の卒業式でした。今日の私の仕事は、会場入り口での受付ですので、卒業式を見ることはできません。

 1時間余りの卒業式が終わって…退場風景です。

 その後、各クラスでの最後のホームルームです。

 7~8割ぐらいの保護者の方々が来られていたので、教室に入りきれない教室もありました。

担任のキャラクターやクラスの貌もあって、最後のホームルームはクラスによって、かなり雰囲気も内容も異なっていました。

 最後に記念写真、保護者の方々がデジカメやスマートフォン、携帯電話を取り出して、一斉に…

 推薦入試が終わって、先週末から一般入試の願書受付で、昨日は3学期の授業の最終日。そして今日が卒業式で、明日から1年生の2年生は期末試験…年度末と来年度の準備が入り混じる時節です。

大局観

 私の問題意識である、教育における「センスという捉え」に関して、いろいろな文献等を読み漁っていた頃がありました。

 「アフォーダンス」もその中の一つですし、「鑑識眼」という言葉も参考にしました。また日本の芸道における「型と形」も大きなトリガーになりました。「セレンディピティ」という言葉との出逢いにも影響を受けました。

 文献ではないのですが、NHKラジオで聴いた将棋の羽生善治名人の「大局観」という言葉に共鳴して、この大局観というようなあやふやで曖昧な言葉が、でも大きな流れをしっかりと見誤らず捉えることが、まさに「センス」かなあ~との思いがセンス研究を支えてくれていたように思います。

 今日、仕事帰りに立ち寄ったジュンク堂で、羽生善治の「大局観」というタイトルの新書が目に入り購入しました。2年前の出版で、その間、「大局観」という言葉を気にしながら、この本の存在を知りませんでした。ほんとうにリサーチ不足だったなあ~と反省です。

 羽生善治の「直観力」という新書もあったので、こちらは勢いで買ってしまいました。未読の本が手許に2冊あり、また2冊増えてしまいました。

春告魚

古今集巻第一春上に

-12 源まさずみ
谷風に とくる氷の ひまごとに
打ち出づるなみや 春のはつ花

-13 紀とものり
花の香を 風のたよりに たぐへてぞ
鶯さそふ しるべには遣る

-14 大江千里
鶯の 谷よりいづる こゑなくは
春のくることを たれか知らまし

-15 在原棟梁(業平朝臣)
春たてど 花もにほはぬ 山ざとは
ものうかるねに 鶯ぞなく

 これらの歌は、「寛平の御時きさいの宮の歌合のうた」となっています。春を告げるウグイスや花を待ち望む気持ちが歌に顕れているように感じます。

 今日、電車を降りて垂水駅の駅前の商店の店先に「2月23日(土)イカナゴ解禁」と書かれた紙が貼っていました。明石海峡が目の前に広がる垂水や明石の街にとって、春を呼ぶ「春告魚」がイカナゴです。それが明日から解禁…

 そういえば、何日か前から、フルセが店頭に並んでいたのを見掛けました。イカナゴはフルセの新子です。朝、播磨灘東部や明石海峡で獲ったイカナゴが、垂水や明石の昼網として近隣の魚屋やスーパーに並びます。垂水の駅前の商店街の鮮魚店にはイカナゴ入荷までに行列が出来ますし、スーパーの鮮魚売り場にも行列を見掛けます。

 解禁日の頃は、まだ小さくて、それを買って、各家庭で釘煮にする時に醤油と砂糖の甘辛い匂いが街の中に満ち溢れます。それがこの時期の垂水や明石の風物詩であり、イカナゴが明石海峡の春告魚と言われる所以です。

 私は…、イカナゴの風物詩は好きですが、口にはしません。

漱石と電灯

2月21日は、漱石の愛読者にとっては特別の日だそうで、今朝のラジオでの「今日は何の日?」でも取り上げられていました。

 明治44年2月21日(44歳)、この日は、漱石が文学博士号辞退した日です。文部省が勅令の定める学位令にもとづいて、漱石に文学博士の学位記の授与を決めたことに対して、漱石が辞退して受けなかったという当時の事件です。この時、露伴や鴎外は学位記を受けており、漱石だけが辞退…。

 漱石は、明治41年(41歳)の秋に「三四郎」を発表して、翌年明治42年(42歳)の夏に「それから」を、そして明治43年(43歳)の春に「門」を書き上げています。この三作が「前期3部作」と言われています。そしてこの明治43年の春に末娘のヒナ子が生まれています。

 この明治43年の6月に胃潰瘍で入院して、8月には伊豆の修禅寺で転地療養をしますが、修禅寺で大量の吐血えをして(修禅寺の大患)危篤状態に陥ってしまいます。10月には東京に戻って入院生活を送り、そして年を越します。

 そして翌年・明治44年(44歳)の2月21日に文学博士号を辞退。そして退院します。家に戻ると…家の照明が電灯に切り替わっていたことに漱石は驚いたそうです。それまで漱石は贅沢を理由に電灯を引こうとしなかったそうですが、入院中に。電灯線の工事がなされていたようです。

 この明治44年の8月には、関西に講演旅行に出掛けています。漱石日記を読むと、大阪に着いて、箕面の滝に立ち寄って、それから明石に向かったようです。当時の明石郡明石町に、郡立の「中崎公会堂」が完成して、そのこけら落としに漱石の講演会が持たれたそうです。その中崎公会堂は、今も、そのままの姿で建っています。

 その折の講演内容については知りませんでしたが、手許の漱石全集に収められていることを知り、はじめて第二十一巻の「評論・雑編」を目にしました。この巻の冒頭に、明石・中崎公会堂での講演「道楽と職業」が収められていました。奇しくも漱石の日とも言われている「文学博士号辞退の日」に、この講演の速記に目を通しました。

 この中で漱石は、大学での「職業」という授業が必要だと述べています。2年前の2011年から大学の設置基準が改正されて、文科省は、教育課程に職業指導(キャリアガイダンス)を盛り込むことを義務化したています。漱石が明石・中崎公会堂で明治44年に講演した内容が、今、実現したことになります。明治44年は1911年です。そして大学の教育課程に職業指導が盛り込まれたのが2011年…ちょうど100年後でした。

 明石の後は、堺、和歌の浦(和歌山)、そして大阪で講演を続けます。そして大阪での講演の後に胃潰瘍が再発して大阪で入院します。この入院先が湯川病院。ここは日本初のノーベル物理学者湯川秀樹の奥さんの実家だったそうです。

 帰京して、秋・11月29日に、昨年授かった末娘のヒナ子が突然死します。

 翌年の明治45年の正月から「彼岸過迄」を連載。そして9月には明治天皇大喪で13日には乃木希典大将と夫人静子殉死です。小説「こころ」は2年後の大正3年の春から夏に連載されて、そして11月には学習院で「私の個人主義」の講演です。                                          
明治44年2月21日というのは、漱石にとって、大きな転機(ターニングポイント)の日だったのかもしれません。文学博士辞退、長い入院生活からの退院、そして自宅に輝く電灯の光…

SSH課題研究発表会

 今日は、勤務校から徒歩圏内にある神戸高校の課題研究発表会に参加しました。神戸高校の総合理学部がSSH(スーパーサイエンスハイスクール)の指定を受けて2年生で課題研究をしています。

 阪急電車王子公園駅のすぐ北から、延々と続く坂道を上がると、六甲山系の摩耶山の麓に校舎が建っています。朝寒かったので、厚手のコートを着ていたのですが、お昼前から快晴で、20分坂道を上ると汗ばみました。

 2年生40人が9つのグループに分かれて、それぞれの研究成果を発表しました。ポスターセッションで説明と質疑応答、あれこれ訊いても、しっかりと答えてくれました。

その後は発表12分、質疑応答3分で、持ち時間15分のオーラルのプレゼンテーションです。

 研究連携の大学の教員や、参加している他校の高校の教員、そして保護者、更には生徒からも突っ込んだ質問があり、しっかりと答える場面や、「今後の課題です」と答える場面もありました。

 勤務校でも3年生で課題研究があり、発表会は既に終わりましたが、他校の先駆的な課題研究のやり方や内容に触れて刺激を受けました。

 グランドからは、眼下に神戸の街、港、大阪湾、その向こうに大阪と展望が開けたロケーションが羨ましかったです。

 課題研究発表会については下記URLに詳細のページをつくりました。
http://itsumi.citykobe.jp/201302ssh/

参考までに、3年前の21年度課題研究発表会の模様です。
11月の中間発表会
http://sense.citykobe.jp/2009kobe_hs/index.html
そして2月の課題研究発表会
http://sense.citykobe.jp/2010_ssh/index.html

丹波の冬景色

 今朝の神戸は快晴でした。加古川の中流域に附近にある北播磨の加東に向けて国道175号線を北進すると…小野辺りで空に雲が広がって、加東の空は曇天でした。

 その後、ちょっとドライブして、更に加古川を北上すると、西脇辺りで小雪が舞い始めて、旧・黒田庄(現西脇市)辺りで、かなり雪が降り続いて、遠くの丹波の山々の頂が白くなっているのを目にしました。旧・山南町(現・丹波市)辺りまで来ると、雪が降りしきっている状態で、褐色の蘖(ひこばえ)が広がる田んぼの向こうの山は雪化粧…

 おそらく、昨年の晩秋の頃までは、青々としてヒコバエが広がっていたと思われる田園風景も、今は、立ち枯れたヒコバエが続く寒々しい光景です。

 畦道の向こうは…降りしきる雪で白く霞んでいます。墨絵のような灰色の淡い丹波路の光景です。

 灰色の風景を見ていると身体も心も冷え切ってしまって…山南の薬草風呂が楽しめる「丹波の湯」に立ち寄って暖まりました。

news

 今日の朝刊各紙の1面は、北朝鮮の核実験に関する記事が取り上げられていましたが、地元の山陽電車の踏切事故の扱いが各紙とも思ったよりも大きく、またオリンピックの競技からレスリングを外すという国際オリンピック委員会の理事会の決定に関する記事も大きく取り上げられていました。

 それに対して、Japan Timesの一面は、北朝鮮の核実験に関する記事と共に、ローマ法王ベネディクト16世が高齢を理由に退位を表明したことを大きく取り上げていました。

 ニュースの取り上げ方…ネットのニュースでは、ニュースを提供しているサイトのトップに芸能関係に関する見出しが出てくるのに違和感を感じることがあります。ニュースは、もちろん需要(知りたいというニーズ)があるからこそ提供される部分も大きいですが、記者の目から「知らせたい、大切なこと」という視点に立った記事を書いたりニュースを構成することも、大切ではないかなあと思うことが多いです。

共生

 共生という言葉があります。相互関係を持ちながら、複数種の生物が「共に生きること」です。

  ヒトの腸内に生息する常在性細菌を腸内細菌と言います。宿主であるヒトが摂取した栄養分の一部を利用して生活し、他の種類の腸内細菌との間で数のバランスを保ちながら腸内に生態系を形成し、腸内細菌は互いに共生しているだけでなく、宿主であるヒトとも共生関係にあります。

 ただ、宿主であるヒトの健康維持に貢献する善玉菌と、害を及ぼす悪玉菌とがあります。善玉菌の代表にビフィズス菌があり、ビフィズス菌の栄養がオリゴ糖です。…自分の為というよりも、腸内に常在している善玉菌を増やすために、ビフィズス菌入りのヨーグルトにオリゴ糖を混ぜて食後のデザートの食べています。