横浜行き

 久し振りに「海を見ていた午後」という唄を耳にして…横浜を訪れたくなりました。荒井由実(松任谷由実)の「MISSLIM」というアルバムに収められていた曲で、耳にしたのは山本潤子(赤い鳥・ハイファイセットの新井潤子)のソロでした。さっそくアルバムを購入して、横浜の海が見える丘から三浦岬を望みたいなあ~と…。2月の連休(2/9~2/11)はホテルの予約がとれませんでした。旧暦では昨年は閏年で旧正月が2月10日、連休で中華街の春節祭、そして受験シーズンが重なったためだったかもしれません。

 今朝、新大阪駅に向かいました。朝7時台の新幹線ホームは、たくさんの人が行き交い、東京行きの新幹線が次々と発車します。私も千葉で働いていた頃、月1回ぐらいの割合で大阪の工場の日帰り出張をしていたこともありました。

 のぞみになって、窓が小さくなり、食堂車もなくなりましたが、品川まで2時間半あまりで時間も短縮されて座席にはコンセントもあり、本を一冊読むつもりが、音楽を聴いたり、車窓の景色を眺めて…。座席が14Eで窓側だったので、春霞の向こうに富士山を望むことができました。

 1年間通っていた蕨(わらび)です。当時、埼玉県の三郷に住んでいたので、武蔵野線で南浦和で乗り換えて、蕨駅で降りていました。駅前に降り立ちましたが、街が大きく変化したのか、それとも私の記憶が薄らいでしまったのか、ちょっと戸惑いました。少し歩くと、見覚えのある駅前の本屋さん、商店街の入り口、電柱等々、記憶が蘇ってきました。

 かつての勤務校です。はじめての高校で勤務した職場でもありました。ここは蕨市ではなくてキュポラのある街・川口市です。全日制課程と定時制課程が併設した高校で、昭和30年代や40年代には、東北地方から川口の鋳物工場に就職して昼間働き4年間夜学んで、東京の大学に進学する生徒も少なくなかったそうです。

 丸の内線の方南町駅です。中野坂上駅からの方南町支線の終点です。神戸で就職が決まった直前の3ヶ月ほど、毎週、通っていました。

 堀の内のお祖師様・妙法寺です。江戸時代には浅草よりも賑わっていたと聞いたことがあります。落語に「堀の内」という演目があります。杉並区の住宅地の中ですが、大きな木々も残っており、境内は静かな佇まいでした。

 秋葉原に立ち寄って、秋月電子で「パラメトリックスピーカー」のキットを購入しました。超音波を使った超指向性を持ったスピーカだそうです。秋葉原のパーツ屋巡りもしたかったのですが、秋葉原駅から秋月電子まで往復しただけでした。

 寄り道ばかりでしたが、やっと目的地の横浜へ。伊勢佐木町を歩くのは久し振りです。街の貌を愉しみながら馬車道まで…

 今日の活動両計は歩数が22879歩、15.0㎞、消費カロリーは2683kcal、燃焼脂肪量は56.3gでした。