都道府県庁所在地

国には「首都」があります。そして日本の各都道府県には「都道府県庁所在地」があります。

 江戸末期の慶応3年から明治元年にかけて幕府領・旗本領・寺社領が「府・県」になり,各大名の所領が「藩」となり,その後「県」になりました。その時に,府県庁の所在地が「府県名」となったことから,現在も県名と県庁所在地の町の名前とが一致するケースが多いのですが,一致しないケースも少なからずあります。

 ふと,その由来を調べたくなりました。

まず,東京の都庁所在地は…答は「東京」のようですが,その場合の東京って「東京23区」のことなのかなあ~と,まず東京から…

 東京都の都庁所在地は…東京府の頃は「東京市」に府庁がありましたが,現在は,東京都となって,特別23区となってしまいました。特別23区をひとまとめにする「郡」のようなモノは存在しませんので…

 東京都の都庁所在地は,昭和時代は千代田区で,平成3年以降の東京都の都庁所在地は新宿区となります。実は東京の都庁所在地は「東京」と漠然と思っていたのが,今回初めて「新宿」と知りました。

山梨県の県庁所在地は甲府市です。山梨県には山梨市がありますが,こちらは昭和29年に町村が合併して誕生した市です。

 山梨県のルーツを辿ると…甲斐の国の幕府領管轄のために明治元年に府中県(主に山梨郡と巨摩郡)が設置されて、甲府に県庁が置かれたのが最初のようです。その後隣接する市川県(主に八代郡)と石和県(主に都留郡)との3県が統合して甲斐府となったそうですが、「府」を京都、東京、大阪に限定することにしたので甲府県と改称した経緯があるようです。

 廃藩置県後に、韮山代官所を引き継いだ韮山県のうち,甲斐の国の管轄区域を統合して、甲斐の国全域を県域とする山梨県が発足したようです。

 宮城県の県庁所在地は仙台市です。

 仙台藩を前身とした仙台県が廃藩置県後も存続して、その後、戊辰戦争の敗戦の責任として仙台藩から分離した現・登米市周辺(仙台県の北)の登米県と白石市・角田市周辺(仙台県の南)の角田県を編入して宮城県と改称された経緯があるようです。

 県名の宮城は、陸前国宮城郡が由来です。

 埼玉県の県庁所在地は,現在はさいたま市ですが,浦和市と大宮市を中核として合併の結果として政令指定都市・さいたま市が誕生した結果であり,浦和市時代が長かったです。

 埼玉県の県名の由来の経緯は複雑です。江戸開城後に江戸の町を掌握した明治新政府は、「江戸府」を設置して、江戸町奉行所の管轄区域を引き継いだようですが、江戸の町を取り巻く武蔵国の旧幕府領だった地域に関しては、地方長官として「武蔵知県事(むさしちけんじ)」を3名任じて、3つの区域に分けてそれぞれ管轄したそうです。

 そのうちの1区域が武蔵国内の豊島郡と足立郡、埼玉郡の3郡(現在の埼玉県の東側3分の1ぐらい)となり、この区域に大宮県が設置されたそうです。県名の由来は、県庁の設置予定だった足立郡大宮宿に由来するようですが、実際には、暫定的に江戸府馬喰町に置かれたままだったそうです。その後県庁を足立郡浦和宿に移転したため浦和県と改称したそうです。

 廃藩置県の後に、岩槻県(旧岩槻藩・現埼玉県の中央部)および忍県(旧忍藩・現埼玉県の南部)を編入して、県庁を埼玉郡岩槻町に設置する予定で、郡名の埼玉を県名として埼玉県が発足しました。実際には、また暫定的に浦和県の旧県庁庁舎が使われ続けたようです。

 現在の埼玉県の西側3分の2は川越藩の領地だっ地域で、廃藩置県の後に川越県となった。県庁は川越城の本丸だったそうです。その後品川県(現在の東京23区の西部)の一部を編入して入間県が発足したが、県庁は引き続き入間郡川越町の川越城の本丸です。

 入間県は、明治6年に群馬県と合併して熊谷県となり、県庁は熊谷に設置されるが、明治9年に熊谷県は合併されて旧・入間県の地域は埼玉県に編入されることになり、県庁は旧浦和県庁がそのまま使われたため、埼玉郡岩槻町に県庁が置かれることなく、明治23年には勅令によって浦和町が埼玉県の正式な県庁所在地となりました。

三重県の県庁所在地は津市です。三重県の県名の由来も複雑です。

 幕末に明治政府は、伊勢の幕府領・旗本領および伊勢神宮領を管轄していた山田奉行所(度会郡小林村[現在の伊勢市])に度会府(わたらいふ)を設置して、これらの地域を管轄することになり、その後度会県となりました。

 幕府領・旗本領・伊勢神宮領以外の伊勢国と志摩国の諸藩の領地は、版籍奉還によって8藩が設置され、廃藩置県によってそれぞれ桑名県・亀山県・長島県・神戸県・菰野県・津県・久居県・鳥羽県の8県が設置されました。その後、安濃津県(桑名県・亀山県・長島県・神戸県・菰野県・津県)と度会県(久居県・鳥羽県・度会県)に統合され、安濃津県の県庁所在地は安濃郡津大門町(現在の津市)で、度会県の県庁所在地は度会郡山田岩淵町(現在の伊勢市)でした。

 安濃津県は、その後三重郡四日市(現在の四日市市)に県庁を移して、郡名より三重県と改称されます。三重県は、その後、度会県との合併を見越して、手狭になった四日市の県庁から安濃郡津大門町に県庁を移し、明治9年に三重県と度会県が合併して現在の三重県となりました。その後、津が市制を施行して、県庁所在地が津市になりました。

 よく似た経緯を辿ったのが地元の兵庫県(神戸市)と神奈川県(横浜市)です。

 兵庫県の県名の由来は、慶応4年に明治政府が兵庫の町に兵庫鎮台を設置し、その後兵庫裁判所と改め、そして兵庫県となりました。摂津と播磨の幕府領と旗本領を管轄していました。県庁所在地は八部郡兵庫村(現在の神戸市)です。

 隣接する寒村だった神戸村に国際貿易の港が出来て、その後神戸村と兵庫村が合併して神戸区が発足して、県庁所在地が神戸区となってしまい県庁所在地は「神戸区」でした。その後市制施行で神戸市となって、県庁所在地が「神戸市」となりました。

 神奈川県も同様で,東海道の重要な宿場町で湊町でもあった神奈川の町を県庁所在地とする神奈川県ができましたが,その当時の横浜村は,神奈川の宿場町に近い海岸沿いの寒村でした。そこに国際貿易の港が出来て,横浜村が栄えて神奈川の町を飲み込んで「横浜市」として市制を施行した結果,神奈川県の県庁所在地は「横浜市」となりました。

 …各県に,それぞれ県名にまつわる歴史があるんだなあ~と思いました。