電気学会

 10月号の電気学会誌が送られてきました。創立125周年ということで,特集は「この25年を振り返って」と題しています。

 電気学会が創立された1888年(明治21年)は,市制・町村制が公布されてそれまでの「旧村」の解体が目指された年であり,香川県が愛媛県より独立した年です。まだまだ江戸の名残が根強く残っていた時期でもあります。

 黎明期の電気学会では,「電灯負荷を対象とする送配電系統」や「電信」が活動の中心だったようで,初代会長はに榎本武揚だったそうです。

 榎本武揚は戊辰戦争で幕府艦隊を率いた人物で,維新後は蝦夷地に旧幕臣を移住させて,北方の防備と開拓にあたらせようと画策して,箱館で「蝦夷共和国」を樹立した箱館戦争の首謀者です。しかし,その後は新政府に登用され,明治18年の内閣制度の成立後は6つの内閣で逓信大臣、文部大臣、外務大臣、農商務大臣を歴任しています。

 特集の「この25年を振り返って」では,「パワーエレクトロニクスの25年」や「超電導の25年」等,この20年余りで大きく進歩した分野に関する興味深い記事が掲載されていました。

秋の貌

 神戸の近郊の田んぼは刈り入れが進み,豊穣の稲穂で深く垂れた田んぼを見掛けることが少なくなってきました。

 野原では淡い秋桜の花が,秋の陽射しを受けて優しく輝いています。

 淡い彩が美しくて,見惚れてしまいます。

 土手には真っ赤な曼珠沙華が…

 マンジュシャカ,マンジュシャゲ、或いはヒガンバナ(彼岸花)とも呼ばれる赤い花が,秋色の景色の中で映えます。

 刈り入れの終わった田んぼでは,稲の刈り株からの蘖(ひこばえ)が陽光に若芽が青々と輝いています。

 空には夏のような雲,秋と夏が入り混じりながら,日々,朝夕から先に秋が深まっていくのを感じます。

 35mm/F2.0という単焦点レンズをカメラにつけて,秋の貌を追ってみました。

反転授業

先週の朝日新聞で,佐賀県武雄氏が「反転授業」を試行するという記事を目にして,はじめて「反転授業」という語彙に触れました。

 flip teaching (或いは flipped classroom)の訳語のようで,ブレンド型学習に分類されるような授業形態のようです。

 ブレンド型学習は,あらかじめ教材や指示によって,生徒自身が「いつ・どこで・どのように」に関して自由度を持った状態で生徒が学んでいく学習形態のことを指し示します。教材や指示は,eラーニングやオンライン配信を用いることが多いようです。

 反転授業では,授業前に自宅でビデオ授業を受けて予習し、教室では講義形式の授業を行わずに,他の生徒と協働しながら取り組むような課題を取り組んだり,教師が個々の生徒に合わせた指導を与えたりするようです。

 授業時間内では講義形式の授業を行って,宿題として課題を与える従来型の授業とは,まさに「反転」している状態の授業形式のようです。

 大学では,「授業から”講義”をなくす」というフレーズの下に東京大学の一部の講義でが試行しているようですが,でも,通学制の公立学校でどのように実施されるのか…ほんとうに試験的な取り組みだと感じました。

 「わかる」ことを目標にするのではなくて,「わかる」ことが前提で「考える」そして「応用する」ことを目指すのならば,かなり効果的かもしれません。でも授業を受ける前提として「わかる」ということがある程度達成されていなければ,反転授業の効果は望めないような気もします。

銀の匙

 半月前の訃報…「伝説の国語教師・橋本武 氏が死去」を目にした時には,橋本武という人物のことは知りませんでした。

 東京高等師範学校(後の東京教育大学,現・筑波大学)卒業後の1934年に当時の旧制・灘中学校に赴任したそうで,当時の教え子に作家の遠藤周作の名もあります。

 新制・灘中学校となってから「銀の匙授業」を始めたそうです。教科書を使わずに,中学の3年間を掛けて中勘助の「銀の匙」を読み上げるという授業を行ったそうです。灘中・灘高は1教科1担当の待ち上がりだそうで,6年ごとに「銀の匙授業」を受けた生徒の進学の実績が良くて,灘中・灘高が全国区の進学校となったトリガーになったようです。

 授業に対する情熱と信念,もちろんそれらを遺憾なく発揮する担保としての実力によって,「名物教師」「名物授業」と呼ばれるようになったようで,教師としての本望とも言えます。

 残念ながら中勘助の「銀の匙」を読んだことがなかったので,「読もうかなあ~」というような話を職場でしたのですが,先輩の先生が岩波ワイド判の「銀の匙」を持って来ていただき,ありがたくお借りすることになりました。

 ただ…もう1週間以上経つのですが,まだ読み始めていません。カバンの中に入れているので,お借りした本が痛むのではないかと心配になってきました。借りたのに読まないだけではなくて,本がボロボロになってしまったのでは大変申し訳ないので,自分で買おうと…本屋さんに寄ると,「中勘助×橋本武」という帯のついた小学館文庫の「橋本武 案内・銀の匙」を見つけました。

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 昨日訪れた芦屋の虚子記念文学館に河東碧梧桐の額がありました。展示室は撮影禁止でしたが,碧梧桐の額が飾っていたのは談話室でしたので撮影しました。

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 河東碧梧桐の扁額 「千客萬福 碧題」

高浜虚子

 この夏に伊予・松山を訪れた時に,虚子に所縁のある処を巡ろうと思ったのですが,見つけることが出来ませんでした。そして虚子記念館が,孫で現ホトトギスの主宰者の所縁で芦屋にあることがわかり,今日の午後に半日の有給休暇で訪れました。

 阪神電車の芦屋駅は,芦屋川を跨ぐようにプラットホームがあります。

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 芦屋川の右岸を下流に向かって,平田町という住宅地の中で目にした光景…思わずレンズを向けました。

 虚子記念文学館です。私設で,住宅地の中にひっそりと…

2階の展示室の入口です。展示室は撮影不可なので,ここまでです。

 松山時代から小諸での疎開時代,そして戦後…文化勲章も飾っていました。

 資料室には,俳句の書籍がたくさん並んでいました。最新のホトトギスも…

 「選は創作なり」という虚子の姿勢は,私の「センス」研究にとって,大きなトリガーとなったフレーズです。

 世有伯楽、然後有千里馬。

 千里馬常有。而伯楽不常有。

 故雖有名馬、祇辱於奴隷人之手、

 駢死於槽櫪之間、不以千里称也。

   韓愈・雑説より

 世の中に伯楽がいて、初めて千里を走れる名馬というものが見出されるのである。千里の馬はいつでもが、伯楽はいつもいるわけではない。よって名馬がいたとしても(それを見抜ける人がいないために)ただの奴隷人の手によって粗末に扱われ、ほかの駄馬と一緒に首を並べて死んでいき、千里を走る名馬と誉められることがなく終わってしまう。

 館内のショップでホトトギス社の「虚子俳話」を購入しました。

 阪神芦屋駅の南側・芦屋川の左岸は,芦屋市精道町…旧・精道村だった処です。生田川(現神戸市中央区)の左岸の葺合村,御影村,住吉村,魚崎村,本山村等々が旧・菟原(うはら)郡であり,かつては精道村を中心に菟原市,或いは甲南市という構想もありましたが,御影や魚崎,本庄等が神戸市に編入されて,結局,精道村周辺で芦屋市になった経緯があります。

 阪神芦屋駅の南,市役所の隣に精道小学校がありました。

 帰路,須磨止まりの普通電車で,須磨駅のホームで後続の快速待ちです。五畿内・摂津国の西の果てで,畿内の隅(スミ)が訛って須磨(スマ)となったそうで,国境の山・鉢伏山の稜線の向こうは,西国・摂津国になります。

mathematics

 「数学」とは,数に関する学問というようなニュアンスを持っていますが,数学には代数学,幾何学,解析学,集合論,論理学,確率論,そして統計学…情報科学も数学の範疇に入るのではないかと思います。

 代数学は,確かに「数学」ですが,幾何学や集合論,論理学は,「数の学問」と言うには,ちょっと違うように感じます。

 英語の「mathematics」を辞書で調べると「数学」という訳語が出てきます。でも「mathematics」という言葉には「数の学問」という意味があるのか…ちょっと調べてみました。

 ギリシャ語の「mathema」は「学ぶべきもの」というニュアンスの言葉だそうです。そして「mathesis」は「学ぶ動作」というような意味があるようです。

 「mathema」はピタゴラスが“大自然のすべてのものは「mathema」(学ぶべきもの)によって理解できると考えて,算術,幾何学,音楽そして天文学の4つの学問を大切なものとしたことが起源のようです。

 「mathematics」の本意は,“学ぶことができる学問”をすべて指し示していたようです。それが長い年月を経て,「理路整然としていてだれでも学ぶことができる」というような学問…,幾何学や集合論,論理学を含む数学になったようです。

 Wikipedia日本語版の「数学」には割愛されている説明がWikipedia英語版の「Mathematics」には記述されています。

 The word “mathematics” comes from the Greek μάθημα (máthema) meaning “science, knowledge, or learning” and μαθηματικός (mathematikós) meaning “fond of learning”. It is often abbreviated maths in Commonwealth English and math in American English.

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 日本語の「哲学」は,英語では「philosophy」で,これはギリシャ語の「Φιλοσοφία・philosophia(フィロソフィア)」が由来です。日本語では「啓く学問」というようなニュアンスですが,元々の「philosophia(フィロソフィア)」は,philein(愛する)と sophia(知恵、知、智)からなる言葉で,「知を愛する」或いは「智を愛する」という意味です。2字の熟語にすれば「愛知」です。

 Wikipedia英語版の「philosophy」には,次のように簡素に記述されています。

 The word “philosophy” comes from the Ancient Greek φιλοσοφία (philosophia), which literally means “love of wisdom”.

 哲学は「love of wisdom」(愛知)であり,数学は「fond of learning」(哲学…「学ぶ」を見出す)が本来の意味を正確に顕わしているように思います。

Blowin’ in the Wind

 1963年にリリースされたボブ・ディランの「 The Freewheelin’ Bob Dylan 」のLPは,埼玉に住んでいた頃に,ふと立ち寄った有楽町のレコード屋さんで輸入盤を購入してよく聴いていた時期がありました。このLPに収められた「Blowin’ in the Wind」(邦題:風に吹かれて)の曲と共にジャケットの写真は,今でも耳にしたり目にすると懐かしいです。LPは手放してしまって,その後CDを購入することはありませんでした。

  How many roads must a man walk down
  Before you call him a man?
     ・
     ・
  The answer, my friend, is blowin’ in the wind,
  The answer is blowin’ in the wind.

  一人前の男と呼ばれるために,
 どれほどの道を歩かねばならないのか…
     ・
     ・
  その答えは,風に吹かれて…
  ただただ,風に吹かれて…

 「風に吹かれて」と似たフレーズが日本にもあります。
映画「男はつらいよ」で寅さんが口にする

  「風の吹くまま気の向くまま」

 第31作の「旅と女と寅次郎」では,マドンナの都はるみが,寅さんのこの言葉に魅せられて漁船で佐渡に渡ります。第29作の「寅次郎あじさいの恋」では,丹後の伊根で,マドンナのいしだあゆみが寅さんとの別れ際に「もう逢えないのね」との言葉に「また風が丹後に吹くこともあらあな」と一言…

 今日は,風の吹くまま気の向くままにドライブを愉しみました。

 まず国道175号線を只管北に・・・。先週の台風で,闘龍灘の濁流がニュースの映像で目にしたことを思い出して,滝野町の闘龍灘に立ち寄りました。普段と変わらぬ光景がありました。

 でも川の中の岩場に至る橋にはロープで入られないようになっていました。

 播磨路を加古川沿いに更に遡って,西脇を通り越して黒田庄町や山南町の辺りでは,川沿いの木々の上の方にゴミが纏わりついています。おそらく台風の時に,普段より2~3m水位が高くなった痕跡だと思います。

 山南町から氷上町を経て春日町から,今度は日本海側に注ぐ竹田川沿い・丹波路を走ると,台風の増水の痕跡が認められます。士師川となって福知山に近づいても,普段より1~2m水位が上がった痕跡がありました。

 福知山に入って,福知山城前の駐車場で休憩です。

 此処から,今度は牧川沿いを遡ることにしました。牧川には増水の痕跡が…私にはわかりませんでした。それほど増水しなかったのかもしれません。

 丹波の西の端・夜久野から,今度は北に向かいました。天谷峠の辺りはヘアピンカーブが何箇所かあり,カーブを攻めたようなタイヤ痕がありました。天谷峠の北は但東町で兵庫県,但馬となります。

 出石川沿いの出合市場を,今度は出石川沿いに西に向かうと,懐かしい店を目にして車を停めました。

 「壱学」という魚のスープのラーメン屋さんです。わざわざ食べに来たこともあるのですが,もう数年前に閉店したと聞いていますが,まだ営業しているような雰囲気でした。

 出石川を下流の向かうと…古い町並みがある出石の町があります。ちょっと立ち寄りました。

 出石川も増水の痕跡がわかりませんでした。

 出石から県道2号線で円山川沿いの八鹿に出ました。円山川も増水の痕跡を目にすることがありませんでした。
北近畿豊岡自動車道の八鹿・氷ノ山ICから入って,播但道と中国道経由で滝野社ICまで高速道路…

 風の吹くまま気の向くまま…播磨路から丹波路に入って但馬路を出石まで…川を廻るドライブでした。

但馬~滝と高原植物園

 この夏には出雲の国で古の神社を巡ったのですが,その後訪れた伊予の松江城を訪れてから城に魅せられて伊予の松山城,大洲城,今治城と巡って・・・

 先週は,若狭から近江の彦根城と安土城を尋ねる予定が,台風で近江を巡るのは断念しましたが,若狭・上中の「瓜割りの滝」を訪れてから,滝に魅せられてしまいました。

 今日は但馬の「猿尾滝」と「天滝」を巡りました。この2つの滝は「日本の滝百選」に選ばれている兵庫県内の4つの滝のうちの2つです。大屋町の天滝は2度目ですが,香美町の猿尾滝は初めてです。ついでに猿尾滝の近くにある但馬高原植物園にも立ち寄りました。

 本日の「但馬行き」は新しくページを起こしました。

・ 但馬行き2