ぞうさん

 今日,パソコンのニュースサイトで,ひとつの訃報に接しました。詩人の まど・みちお が本日(2月28日)にお亡くなりになったとのこと。童謡の『ぞうさん』を作詞したのは まど・みちお です。

「ぞうさん ぞうさん
おはながながいのね」

 誰かが小象に鼻が長いこと,ひょっとしたら身体的な特徴をズケズケと指摘したのかもしれません。杜の中で,或いは水辺で,たくさんの動物に囲まれて,鼻が長いという身体的な異質さを,みんなであざ笑うようにはやし立てたのかもしれません。

 それに対して小象は,

「そうよ
かあさんも ながいのよ」

 胸を張って,このように象としてのアイデンティティーを誇らしげに,そして自己主張するように応えた…

 異質であることを恥る。世間様の中で目立たないように,出る杭が打たれることがないように,そのように同質の中にで右に倣えをするのではなくて,自分のキャラクター,持って生まれた特徴を,たとえ悪口を言われても,しょげたり腹を立てたりするのではなくて,自らのアイデンティティーとして,しっかりと主張する唄・・・童謡『ぞうさん』は,まど・みちお から子ども達への,そのようなメッセージかもしれません。

 通勤の行き帰りに,タイマーで録音したラジオ番組を聴いています。今は,2年前の2012年7月から9月に放送されたNHKのカルチャーラジオという番組で,書店・童話屋の田中和夫さんの『詩のトビラ ひらけごま!』を聴いているのですが,ちょうど昨日,まど・みちお の『ぞうさん』を取り上げたばかりで,その中で,哲学者・谷川徹三の「童謡『ぞうさん』はアイデンティティーの唄」という解説を耳にしたばかりでした。

 旧約聖書の中にある「出エジプト記」の中で,神がモーセに対して

エヘイェ・アシェル・エヘイェ(ヘブル語)

と言います。これは,

I am who I am. 「わたしは、『わたしはある。』という者である。」

 神にとってのアイデンティティーは,キャラクターに依存することなく,その存在自体がアイデンティティーです。童謡『ぞうさん』においては鼻の長さ・・・。私にとってのアイデンティティーは・・・?と,訃報を目にして,考えさせられました。

 まど・みちお は,「1年生になった~ら♪」や,「ポケットの 中にはビスケットが ひとつ♪」,「白やぎさんからお手紙着いた♪」等々,耳慣れた童話の作詞も多いことも,昨日になって知ったばかりです。

 今日は2月28日,2月の晦日です。,そして旧暦でも1月の晦日・・・明日・3月1日は旧暦でも2月1日の朔日となります。

 そして今日は,地元の明石海峡沿岸で,イカナゴ漁の解禁日でした。垂水駅を降りて,商店街に近づくと,イカナゴの釘煮の独特の匂いが漂っていました。でも夕方には,すでにイカナゴは売り切れでした。

教育工学

今日は午後からの尼崎工高での教育工学委員の会合に出席するために,お昼前に本務校を出ました。雨まじりのあいにくの天候ですが,でも寒さがかなりゆるんで,手袋もマフラーも不要です。

 JR尼崎駅は拡張情事中でした。10年程前には,駅の北側には工場跡地が空き地のままだったのが,今では新しい街が出来ています。駅自体も,JR神戸線,JR京都線,JR宝塚線,JR東西線が相互に乗り入れ,1番線から8番線まで4つのホームがある大規模な駅で,現在,更に拡張工事をしていました。

駅の北側に,近松門左衛門の「冥土の飛脚」にでてくる遊女「梅川」の像があります。

 本日の教育工学委員の会合は,講習としてレゴのマインドストームというロボティスクが一人一台ずつ用意されて,パソコンのソフト上で作成したプログラムで,実際に制御を体験することができました。

 センサーとして,タッチセンサー(接触),ジャイロセンサー((水平面の角度),カラーセンサー(光の検出),超音波センサー(距離の計測)があり,そしてアクチュエータとして2つのモータがあり,パソコン上でレゴを組み立てるような感覚で制御プログラムを作成することができます。

 ライントレーサのプログラムを組みました。カラーセンサで白黒を弁別して,左右のモータを制御します。更に,超音波センサーで,前に障害物があると,速度を落とすようにすると,互いに車間距離をとって,レゴの車がラインを周回します。

 超音波センサーでを試験しました。壁に近づけると,距離が液晶画面に表示されますした。

 講習の後は,今年度の教育工学委員会の反省と,来年度の計画等の話があって,5時過ぎに閉会,まだ雨は降っていました。

 JRはダイヤがかなり乱れていて,遅れて来た普通電車に乗ったのですが,途中で座れたので,このまま垂水駅まで普通電車で座って帰る覚悟をしたのですが,三ノ宮駅でまで来たところで,この電車は神戸駅止まりに急遽変更された旨のアナウンスがありました。上りのダイヤがかなり乱れているようで,途中の上りホームにはたくさんの人がいました。阪神間の上りの乗客を裁くために,神戸駅行きとなって,上りの補強をするようです。

 仕方がないので,三ノ宮駅で降りて後続の快速電車に乗り換えました。須磨駅では,普通電車との接続はありませんでした。本来,須磨駅で接続する普通電車が神戸駅でUターンしたので・・・

朝の元町・三宮

 朝,一駅手前の三ノ宮駅から30分ほど歩いて本務校に向かうことが多いですが,定期考査となって,実習室の準備や授業資料の作成が必要なくなり,2駅手前の元町駅で降りて2駅分を歩きました。元町駅と三ノ宮駅の間は,駅間の距離が短いので,40分あまりほど歩くことになります。

 神戸の繁華街である元町・三宮の街の中では,美観のために地中ケーブル化されて,電柱を見掛けることはないのですが,元町駅に近い路地には電柱が残っています。

雑居ビルが多い路地で,電線がクモの糸のように張り巡らされています。

 朝のアーケード商店街の光景が好きです。休日の賑やかな雑踏とのコントラストを感じながら静かな商店街を通り抜けました。

旧居留地から,北野にあったという外国人向けのトアホテルにつながる通りから名付けられたというトアロードという通りです。其処に,道幅に比べて,異様に横幅の広い横断歩道があります。休日には,この広い横断歩道でもはみ出すぐらいの人出があります。写真右奥に大丸のまるい建物が見えます。写真奥の突き当りが三宮神社となり,その向こうに旧居留地が広がり,そして港・・・

 三宮センター街の朝の光景です。商品運搬用のカゴが並んでいます。

 フラワーロード,北は新幹線の新神戸駅,三宮の繁華街を通り抜けて市役所前・東遊園地を通って港の入口税関所前に至る「日本一短い国道」につながります。

 三宮東口のスクランブル交差点です。バスターミナルやミント神戸,ダイエー等々,結構人通りが多いです。

 旧西国街道を東に向かって歩いていると,ほぼ真横から赤い陽光~朝日が射し込んで,マンション横の植え込みの影が,まるで影絵ののように壁にクッキリと・・・

 朝の神戸の街,元町・三宮を歩くと,普段見掛ける昼間や夜の街の貌とは違った光景を目にすることが出来ます。

ばかものよ

今日,一人の詩人に出逢いました。恥ずかしながら,戦後の詩の第一人者といわれる茨木のり子のことを知りませんでした。

 「ばかものよ」と言われている『自分の感性くらい』という詩,衝撃を受けました。

「自分の感受性くらい」 茨木のり子

ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志しにすぎなかった

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ

 今日の一日は,この「ばかものよ」の詩との出逢いがすべてだったように思います。

しばらく,スポーツジムは,軽くスイミングをする程度でしたが,今日は久し振りにしっかりと汗を流しました。ランニングマシンで40分で6キロと筋トレのメニューをこなしました。

 今日・2月25日の活動量計は・・・

活動カロリー 1540kcal
総消費カロリー 3204kcal
燃焼脂肪量 88.6g
歩数 27246歩 歩行距離 21.0km
階段 430歩, 早歩き 19454歩

masquerade

 マスカレード(masquerade)…仮面舞踏会や仮装行列を表わす語彙ですが、マスカレードの語源を調べると、化粧のマスカラ(mascara)と同じくイタリ ア語のマスケラ(maschera)にたどり着きます。

 マスケラ(maschera)はイタリア語で『仮面』を意味する言葉です。この『仮面』という言葉が指し示 すものは、顔の一部、或いは全体に被るもの、または覆うもので、頭部までを覆うものも含むようです。

マスカレード・仮面舞踏会は、中世の宮廷におけるモリスコ・仮装舞踏会 (morisco) が起源のようで、ルネッサンス期のイタリア・ヴェネツィアにおけ る仮面をかぶったカーニバル・『ヴェネツィアのカーニバル』の伝統と結びついて、17~18世紀にはヨーロッパ全土の宮廷で仮面舞踏会が催されていた ようです。

 今、街中でマスクをする姿をよく見かけます。私も昨年の晩秋以降、外出時にはマスクをしています。数年前に新型インフルエンザが神戸の街を襲った時には、行き帰りの電車の車内は、ほぼマスク姿でした。それ以降は、冬場にはマスクをつける習慣が身についています。不織布(ふしょくふ)素材 で使い捨てのマスクで、毎朝新しいマスクをつけています。

 花粉症対策、風邪予防、冬場の乾燥から咽喉を守るため、そして微小粒子状物質PM2.5対策…、これらの衛生以外の目的のためにマスクをつける理由として、『伊達マスク』があるそうです。寒さ対策、ファッション感覚のマスク、スッピン隠し・・・、そして「顔を隠すため」、「声を掛けられない雰囲気づくり」など、これらは正に『仮面』としてのマスクです。

 マスクをして両耳にはイヤホンで、視線はスマートホンや書籍という姿は、たくさんの人が行き来する街中や朝夕の混雑した電車の車内で、『孤』をアピールしているように感じます。仮面舞踏会(masquerade)における仮面の下の貌とのアナロジーを感じます。

IPマスカレード、これはネットの専門用語で、インターネットで使う世界共通のグローバルアドレスを、閉じたネットの世界であるLANの中だけで有効な ローカルアドレスに変換する技術のことです。IPマスカレードによって、LANの外側のインターネットの世界からは、LANの中からの情報は、LANの中の誰 からの発信なのか、特定することができません。LANの外側からは、仮面化されて、『個』が隠匿されることになります。IPマスカレードによって、仮面 の下に貌を隠すことになるわけです。

*

 仮面舞踏会における仮面に隠れた『貌』、IPマスカレードによって、インターネットから隠匿された『個』、そして賑やかな街中でマスクをして『孤』の中に 閉じこもる貌・・・。

 今日は、今年度の最後の授業があって、1年生の情報系の授業で情報セキュリティーの話をする中で、masqueradeという言葉で、身近な3つのことが 、ふと、つながりました。

・・・明日は卒業式,入試の受付の最終日,そして明後日からは学年末試験です。

電球の灯り

 今日は,教育に関して,今現在,ご一緒に研究させていただいている大阪の教員の方のご自宅を訪れました。天満宮のお近くとのことで,JR東西線の大阪天満宮駅をはじめて利用しました。

 天満宮の北側に隣接して天満天神繁盛亭という上方落語の寄席があります。東京の寄席と違って,昼席のみが十日間公演の「寄席プログラム」で,夜席は独演会等の日替わりプログラムとなっています。まだ入ったことがありません。東京の寄席のように,ふらりと入って愉しむ・・・というよりも,あらかじめプログラムを見て前売り券を買って落語を聴くような雰囲気なのかもしれません。

 天満宮の正面にほど近い処に,「川端康成生誕の地」の碑がありました。川端は,明治32年6月14日に大阪市北区此花町一丁目で生まれたそうで,現在は大阪市北区天神橋一丁目で,相生楼という料亭の玄関先に石碑がありました。十代の頃には,かなり川端の小説を読み耽っていたのですが,何処で生まれたのか・・・初めて知りました。川端は2歳の時に父が亡くなって,すぐに母の実家があった大阪府西成郡豊里村(現在の茨木市)に転居したようで,川端自身,天萬宮の鳥居の前での記憶がなかったかもしれません。

象印の本社が,この近くにありました。そして「まほうびん記念館」というのが併設されていました。事前予約制で,平日のみだそうです。

 訪問先のご自宅は,寝屋川が淀川に合流する辺りで,大阪城,天満橋,八軒屋の船着場,天満宮,造幣局が徒歩圏内にある大阪の街のど真ん中というロケーションです。確かこの辺りに,舎密局(せいみきょく)があったのではないかと思います。舎密とは科学・理化学,とりわけ化学を指し示す言葉で,明治政府は東京において工部省に工学寮を明治3年に設置しますが,それに先立って明治2年に舎密局を大阪に設置しています。これは,東京の開成所に理化学校を併設する予定が,維新期の混乱で実現できずに大阪に設置された経緯があるようです。その後,理学校,そして大阪開成所となって,第三高等学校の源流のひとつで,現在の京都大学の源となります。

 話が逸れましたが・・・時計のご趣味があるようで,錘式の振り子時計が玄関にありました。写真を撮らせていただきました。

 情報交換とファイルの受け渡しをして3時間余りお邪魔しました。白熱電灯がメインの照明で,落ち着いた良い感じを醸し出していたのが羨ましかったです。オーディオ機器も高級品をお持ちで,低く趣味の良いジャスを流していました。これも羨ましかったです。

 自宅に戻ると・・・照明は蛍光灯ばかりです。電球色を使っているのですが,白熱電灯とは雰囲気が違います。埼玉の三郷に住んでいた頃は,照明に凝って電球を基調としていたのが,今は電球色の蛍光灯でごまかしていますが,電球に変えたいなあ~と・・・。

station ~ 駅

 朝,真っ暗の中を自宅の玄関から駅までの道を歩いていたのが,雨水の頃となって,駅へ向かう道から,東の空の端が赤味を帯びた光景を目にするようになりました。明けの明星は,明るくなっても輝いています。

 本務校の最寄駅であるJR神戸線の灘駅・・・最近はカードの利用が増えたためか,或いは節電のためか,自動券売機がずらっと並んでいたスペースの一部の券売機が撤去されています。そこに・・・

 灘駅には,ディスプレイが好きな駅員の方がいらっしゃるようで,手作りのディスプレイを見掛けます。券売機が撤去された空きスペースに,関西の電車区間を手作りの紙工作で描いていました。

 パソコンを使った,見栄えの良いモノが多いですが,手作りの紙工作が目新しく,新鮮に感じました。

abduction

 conductorという言葉は,一般には,指揮者や車掌さん,或いは,ツアーコンダクターというような意味を持っていますが,電気の専門分野でconductorというのは,導電率・電気の流れやすさを表わす尺度で,電気抵抗[Ω・オーム]の逆数です。

 そしてinductionという言葉は,研修や就任,数学の世界では帰納法を指し示す語彙ですが,これも電気の専門分野ではInduction Motor(IM・インダクションモータ ~ 交流の誘導電動機)を連想します。

inductionが,帰納・一般化や普遍化を表わす言葉に対して,deductionが演繹・個別化や特殊化を表わす言葉です。そしてabduction・・・誘拐や拉致を表わすことになります。

 接頭辞のin-は,概ね「中へ」というようなニュアンスを持っており,それに対してde-は,「分離」というようなニュアンスを持っています。そしてab-は,「離れる・遠ざかる」というような意味内容の接頭辞です。

 このabductionという語彙に『与えられたデータから飛躍して,データを統一的に説明する仮説を導き出す思考の過程』という意味を与えたのが,C.S.Perce(パース)です。

 平凡社の哲学辞典によれば,abductionは・・・

『不可解な事実Yが観察された場合,これを,その結論として説明しうるような仮説Xを構想し,提起する推理であり,一般に「ある事象Yは不可解である。 しかし,もしXならばYなりとすれば,Yは不可解ではない。したがって,Xは真であろう」という形式をとるもの』

 ネットで,アブダクション研究会という存在を知りました。アブダクション研究会が定義したアブダクションとは・・・

『アブダクションとは,既存の領域的な知では説明できない不可思議な事物・事象に当面する一方で,別の事物・事象との遭遇をトリガーとして,新た な領域的な知を探索し積み重ね,既存の領域的な知との間に広域的な知を発見し,より高次の領域的な知を創造することによって,不可思議な事物・事 象を説明可能なものにするところの蓋然的な推論である。

 それは,不可思議な事物・事象とは異なる別の事物・事象を仲介者として,新たな広域的な知を発見すると共に,その広域的な知という帰納的なパタ ーンの表象を高次の領域的な知という言葉や記号のシンボルの表象に展開して,新たな認知と行動の基準を確立しようとする,人間の環境への適応行為 である。』

 私のセンス研究の先行研究で,このabductionに関して,関連分野としてのリサーチ不足だったなあ~と感じました。

 abductionに関して,いろいろリサーチする中で,一冊の本にいきつきました。

 E.S.Ferguson, “Engineering and Mind’s Eye”

邦訳がありました,平凡社ライブラリーから出版されている『技術者(エンジニア)の心眼』です。今日,仕事帰りに三宮に立ち寄って,ジュンク堂書店で探しました。

 残念ながら在庫なしです。店員に問い合わせ下さいと書いていましたので,問い合わせると,ジュンク堂三宮店にはありませんでしたが,三宮駅前店には在庫があることのこと,取り置いてもらって,三宮駅前店に向かいました。

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 私にとって,センス研究を始めた直後に。指導教員の先生から紹介していただいたのが,”Expertice Eye” ~ 『鑑識眼』に関する論文でした。この論文に触発されて,その後センス研究を続けています。

 ”Expertice Eye”に関する研究は,その後一冊の本として出版されたので,出版直後に購入しています。

時津裕子,『鑑識眼の科学』(The Science of the “Expertice Eye”)です。

 『技術者(エンジニア)の心眼』は,私にとって2冊目のエポックな本になるかもしれません。