白河夜船

今朝の通勤途上の東の空です。

昨日よりも10~15分ぐらい遅く自宅を出ると,玄関を出た時の,外の雰囲気はだいぶ違って感じます。ちょうど出勤時間が夜と朝との狭間になって,2つの世界の境界付近・・・なのかもしれません。

「白河夜船」という四字熟語を知りませんでした。何かの喩(たとえ)かと思っていました。何も気づかないいほどに、ぐっすり寝こむことを指し示すそうで,京都を見てきたふりをする者が、京の白河のことを聞かれて、白川という川の名だと思い、夜、船で通ったから知らないと答えたという話に由来するようです。そのことが転じて,「よく眠っていて何も気づかないこと。」の意となったようですが,言葉の「由来と意味」の関係がわかりません。言葉に対する感性が鈍いのかもしれません。
 
白河夜船・・・吉本隆明の娘で作家の吉本ばななの作品に『白河夜船』という小説があります。「いつから私はひとりでいる時、こんなに眠るようになったのだろう」というフレーズに,眠りがどんどん深く長くなることを込めている小説です。

職場まで・・・

 日毎に日の出の時刻が遅くなって,自宅を出る時間帯は「かわたれどき(彼は誰時)」になってしまいました。街灯が明るく感じられます。

台風が過ぎて・・・玄関を出ると肌寒さを感じるようになりました。朝の住宅地は・・・虫の音が静かに響いています。そして自分の靴音が街中に響くような静けさです。

 空を見上げると・・・東の空は,深い紫青が白んで,空の端に赤味の兆しが感じられる程度です。

 職場の最寄駅・JR神戸線の灘駅の一駅手前の三宮駅で降りて30分ほど歩くようになって一ヶ月ぐらいになりました。暑い時期は,職場に着く頃には汗まみれになってしまいますが,今の時期は,職場に着いて汗ばむ程度です。

 三ノ宮の東口から続く,真っ直ぐ伸びた旧・西国街道を歩くことが多いのですが,十字路で北に向かう路地に目を向けると・・・新幹線の新神戸駅前の高層ビルが見えます。

 まだ,街の中には陽は射し込みませんが,高層ビルや背後の六甲山系は朝日に輝いています。

 仕事帰りに立ち寄ったスーパーのレジ横にあったお菓子。いつもは目を向けることもありませんが,今日はなぜ手に取って・・・買ってしまいました。「夏きなこ」なかなか美味しかったです。

辰巳

 この連休に城郭巡りをされた職場の先輩から「艮」(丑寅)という漢字の話を伺いました。丑と寅との中間の方角で,北東を指し示し,陰陽道では鬼門となって,本丸(天主閣)から艮(丑寅)の方向に櫓を置くそうです。

 同様に,未申(ひつじさる)は一字で「坤」となって,未(ひつじ)と申(さる)との中間の方角で南西を指し示すようです。そして戌亥(いぬい)は一時で「乾」となって,戌(いぬ)と亥(い)との中間の方角で北西を指し示します。

 最後が辰巳(たつみ),一字で「巽」となって,辰(たつ)と巳(み)との中間の方向で南東を指し示します。

 ・・・ふと,東京の地名の辰巳は,江戸城から見て南東の方向から来ているのかなあ~と思って地図を見ると,確かに皇居の南東に辰巳があります。辰巳は,本所・深川辺りの地名で,隅田川の左岸(東側)になります。この辺りは湿地帯でしたが,明暦の大火ののちに木場が置かれて,その後は岡場所も設置されて花街として栄えます。深川芸者のことを辰巳芸者というのは,この方角が起源のようです。京都の舞妓・芸妓が京の「華」なのに対して,辰巳芸者は江戸の「粋」の象徴だったようで,落語にも登場します。

 江戸城の辰巳(たつみ)の方角には,深川の永代寺があります。門前仲町という地名は永代寺の門前が由来だそうです。

 そして江戸城の丑寅(うしとら)の方向は鬼門となって,上野の寛永寺があります。鬼の出入りを鎮める鬼門除けとなっています。

 また江戸城の未申(ひつじさる)の方向は裏鬼門となって,此処には芝の増上寺を建て、裏鬼門除けとしています。

 最後に江戸城の戌亥(いぬい)の方向は天門(てんもん)と呼ばれて怨霊や魑魅魍魎などの災いが出入りする方角だそうです。此処には小石川の伝通院が置かれています。

 鬼門の上野・寛永寺、裏鬼門の芝・増上寺,そして天門の小石川・伝通院は江戸城下を守護する徳川将軍家菩提寺として江戸三霊山と言われています。ちなみに江戸城の辰巳(たつみ)の方角には平将門を祀っている神田明神もあります。

 風水で守られた町・江戸,これは家康の意向だったのか・・・ちょっとわかりません。

嵐の中の音楽

 今日は,夕方に台風19号が関西を直撃する予報で,JR西日本は昨日のお昼頃の檀家で,本日の午後4時以降の京阪神の主要な路線の全面運休をアナウンスしていました。

 朝から強い風が吹き抜けていますが,それほど強い雨は降っていません。でも風が強いので,雨戸を閉めました。

 お昼過ぎから風と共に次第に雨も強くなって・・・午後3時過ぎには結構風雨が強くなってきました。そして6時過ぎには,雷を伴う激しい風雨となりました。

 嵐が訪れると,川端康成の小説「山の音」を思い出します。この作品の中に,嵐の中で大音量で音楽を掛けて興奮気味になっている息子の嫁の描写があります。それが印象的で・・・嵐が訪れると,私も大音量で音楽を聴くようにしています。

 風雨がもっとも激しかった6~8時頃に,フルボリュームでベートベンの第7交響曲と第5交響曲「運命」を聴いていました。昨日神戸駅の構内の成城石井で買ったブリーチーズと赤ワインを味わいながら・・・。

 風雨が弱まる頃には,ボリュームを普段聴くBGM風に下げて,閉め切っていた窓も少し開けました。

日本教科教育学会

 日本教科教育学会の全国大会が,今年は神戸で開催されます。日本教科教育学会の論文誌には論文が掲載されたことがあるのですが,この学会の会員になってから一度も学会の発表をしたことも参加したこともありませんでした。地元の神戸で開催なので,参加と口頭発表の申し込みをしていました。

 台風が神戸を直撃するかもしれないと思っていたのですが,一日ズレたようで,傘も持たずに出掛けました。でも風は朝から結構強いです。

 場所は,何年か仕事帰りに通学した兵庫教育大学の旧・神戸サテライトです。当時はマスターコースの夜間コース専用のサテライト教室で日曜は閉まっていましたが,今はドクターコースの大阪サテライトが此処に移行して,現在は「神戸ハーバーランドキャンパス」となっており,大きなホールも併設されています。

 神戸駅の東(浜側)のハーバーランド一角にある神戸情報文化ビルの3階です。

 今回の全国大会の論文集です。表紙がハーバーランドの夜景となっています。

 幾つかの教室に分かれて発表があるのですが,私はC会場で発表です。此処は講義室5で,何度かこの教室での授業を受けた記憶があります。港が一望出来て,夜間の授業では,窓ガラス越しに夜景が綺麗です。

 スクリーンにプロジェクタで投影するタイプではなくて,大型ディスプレイを用いてのプレゼンテーションです。レーザーポインターが使えないので,ちょっと説明しズラそうです。また講壇とディスプレイの位置関係も微妙です。座長はディスプレイが見にくそうな位置です。

 C会場は,小学校・生活科,中学校・理科の後は,ずっと音楽科の発表が続きました。その後に高校・化学,そして私の高校・工業で午前が終わりです。

 日本教科教育学会での発表は,パソコンを用いたプレゼンテーションを使わずに,数ページのハンドアウトを配布して,それを読み上げるタイプの発表が多かったです。学会によって文化が違うんだなあ~と実感しました,

 電気学会や照明学会,産業技術教育学会での学会発表の経験しかないので,日本教科教育学会の発表の仕方に新鮮さを感じました。

 私の発表ですが,イマイチでした。持参したパソコンをディスプレイに接続したのですが,なかなか表示されず,やっと表示されたと思ったら,手元のパソコンの画面が真っ暗です。時間が掛かってしまったので,手元で画面が確認できないままに座長に「お願いします。」と言ってしまいました。

 マウスをクリックして,身を乗り出すようにして画面を見ながらの説明,レーザーポインターが使えないので,なんとなくギクシャクしたプレゼンテーションになってしまいました。

 理科専攻の大学の先生から厳しいコメント・・・ある程度予想していた指摘でしたが,特にコメントを用意しておえず,「ご指摘ごもっともです。研究を継続中で,次の機会に明らかにしたい。」というような返答しかできませんでした。

 いろいろな意味で,地元開催の学会の参加でしたがアウェイ感をたっぷり感じました。

野分

夏目漱石の作品に「野分」という小説があります。明治40年に雑誌『ホトトギス』に1掲載されており,この年に漱石は,東京帝国大学と第一高等学校の教職を辞して,朝日新聞社に入社して作家として歩み始めることになります。

 野分・・・台風が近づいています。台風19号は2~3日前には中心気圧900ヘクトパスカル、中心付近の最大風速60メートル、最大瞬間風速85メートルまで成長して,現在沖縄に近づきつつあります。その台風の影響なのか・・・今朝の通期途上に見あげた日の出前の空の雲が,いつもと違うように感じました。

 今日はカバンに一眼のデジカメに単焦点レンズをつけて街角スナップを撮りながらの出勤です。JR垂水駅の高架のホームです。ホームの南には海神社の杜がすぐそこに隣接しています。この光景が結構好きで,毎朝目にしているシーンです。

 仕事帰り,駅の西口のバスターミナルから,綺麗な夕焼け・・・何枚かシャッターを押しました。

台風が近づいていますが,「夕焼けの翌日は晴れ」という諺(ことわざ)もありますが,明日はまだ天気は崩れないのかもしれません。

秋祭り

 毎年,この時期になると,「西垂水」という幟(のぼり)が垂水駅周辺の街角にあふれます

 明治22年4月の町村制で,明石郡の垂水郷の各村が合併して,現在の神戸市垂水区とほぼ同じ「垂水村」が誕生するまでは,垂水は「東垂水村」と「西垂水村」の2つの村が存在していたようです。JR垂水駅の南に位置する海神社を境にして東西の2つの村が垂水にあったようです。

 垂水神社の秋祭り(10月12日)では,東垂水布団太鼓と西垂水布団太鼓(おみこし)の練り合わせが行われています。この日は,垂水近隣は交通規制で,団太鼓(おみこし)が街中を練り歩きます。

・・・この幟(のぼり)を目にすると,いよいよ秋も深まるのかなあ~と感じます。

青と赤

今朝の新聞各紙のトップを飾ったのは,日本人のノーベル賞の受賞のニュースでした。

日刊工業新聞と朝日新聞は「青色LEDノーベル賞」というタイトルで中村修二の青色LEDの功績を強調したようなタイトルだったのに対して,毎日新聞と神戸新聞は「赤崎,天野,中村3氏にノーベル賞」,「日本人3人のノーベル賞」というタイトルとなっており,取り上げ方が2分されているように感じました。
 

 白熱電球は,ガラス球内のフィラメントのジュール熱による輻射を利用した光源です。蛍光灯はガラス管内の熱陰極を用いた放電で発生する紫外線を蛍光体に当てて可視光線に変換する光源となります。

 LED(発光ダイオード)は,半導体(pn接合)で,電子の持つエネルギーを直接,光エネルギーに変換する光源です。発光原理は,pn接合に注入された電子と正孔が異なったエネルギー帯(伝導帯と価電子帯)を流れ、pn接合部付近にて禁制帯を越えて再結合する。この再結合の時に、バンドギャップ(禁制帯幅)に相当するエネルギーが光として放出されことを利用した光源です。

 半導体の材料のバンドギャップによって光の波長が決まりますが,青色LEDが出現するまでは,1.43 eV のバンドギャップを持つガリウム砒素がLEDの材料として用いられていました。1.43 eV のバンドギャップだと赤色の発色となります。

 赤,緑,青の3原色の発光が可能となれば,白色を含めて様々な色の発光を実現することが出来るのですが,青色を発光させるためには3eV以上のバンドギャップを持つ半導体材料が必要ですが,結晶化に成功することが出来ませんでした。

3.4 eV のバンドギャップを持つ窒化ガリウムの結晶化に成功したのが赤崎勇と天野浩の2人であり,この窒化ガリウムの結晶を用いて青色LEDの開発に成功したのが中村修二です。

 今日は旧暦の9月15日で満月です。そして・・・3年ぶりの皆既月食です。

 夕食後,ベランダから東の空を望むと・・・(2014年10月8日19:05)

 三脚を使わずに撮ったので,思うように写真が撮れません。
・・・そして(2014年10月8日19:17)

 だんだん暗くなって撮影がむつかしくなってきました。

・・・もうすぐ皆既月食です。(2014年10月8日19:34)

そして皆既月食・・・(2014年10月8日20:12)

月の左端から白い月光の輝きが戻って・・・皆既月食が終わりました。(2014年10月8日20:47)

そして,ほぼ食がなくなって,かすかに右端が暗くなった状態・・・もうすぐ十五夜の満月です。 

今日は青色LEDで脚光を浴びた日本人ノーベル賞の受賞と,東の空に赤黒く光る皆既日食と・・・「青と赤」の日でした。