高取山,板宿,西舞子

 通勤の電車の車窓から見える高取山・・・車窓から眺めるだけで,小学生以来,登ったことがありません。今日,ほんとうに久し振りに高取山に登りました。

 登りは,長田から表参道を通って高取山山頂へ。

 下りは,高神の滝を経て西代へ・・・の予定が,五位ノ池辺りで道に迷って,結局,板宿に行ってしまいました。

 山陽電車の「垂水・舞子1dayチケット」を購入したので,こちらも久し振りに西舞子の周辺を散策しました。

 新しく,「高取山と山田村」のページを作成しました。
http://itsumi.citykobe.jp/201502takatori/

「学び」から遠ざかっていこうとする子どもたちに対して,どうすればいいか?

今日は午後から,教育授業研究会に参加しました。今年度は,未だ公開授業研究会に参加していませんし,小学校の授業研究は何年も前に行ったきりです。今日の竹の台教育公開授業は,研究討議の後に学習院大学の佐藤学先生の講演もあります。

 参加した研究授業は5年生の国語で,杉みき子作「わらぐつの中の神様」が題材です。本来は13:20~14:05までの45分授業ですが,音読に時間がかかるので,実際の授業は13:00からの実質65分授業でした.「学び」主体で,授業者の教師がアシスト役に徹して,そのさりげない授業の水先案内が絶妙で,「学びの共同体」は授業者のさじ加減も大切なんだなあ~と実感しました。

 佐藤学先生の講演は「子どもの学び,教師の学び ー学びの共同体の学校改革ー」というタイトルがついた内容で,時間をかなりオーバーした講演でした。

 印象に残っているのは,『「学び」から遠ざかっていこうとする子どもたちに対して,どうすればいいか? 』という佐藤先生の言葉です。後期中等教育における,大きな課題を如実に言い表したフレーズかもしれません。

教育授業研究会に関して,新しくページを作成しました。

「学び」から遠ざかっていこうとする子どもたちに対して,どうすればいいか?
http://itsumi.citykobe.jp/201502takenodai/ 

白萩の君・・・2月26日

今日・2月26日は79年前の1936年(昭和11年)に二・二六事件があった日です。青年将校らが昭和維新を訴えて決起したクーデター未遂事件です。高橋是清蔵相,斎藤實内大臣らが襲撃の対象となって命を失い,事件の首謀者は銃殺刑に処されています。

 今朝のラジオで,神戸市垂水区の方から「今年は2月26日がイカナゴ解禁日」というニュースを知りました。

 堺市立文化館の中にある「与謝野晶子文芸館」が今月末で閉館して,来月3月20日からは,与謝野晶子の生家である「駿河屋」があった宿院(阪堺電車の宿院駅近く」にオープンする「さかい利晶の杜」に移転します。「利晶」とは千利休と与謝野晶子のことです。宿院には千利休の屋敷跡があり,与謝野晶子の生家のすぐ近くです。

 若狭の山川登美子記念館は昨年訪れましたが,与謝野晶子の生家跡は訊ねたことはあっても与謝野晶子文芸館には足を運んだことがなかったので,今日は午後から半日休暇をとって堺へ・・・

 JR天王寺駅の阪和線ホームから電車に乗るのは初めてです。阪和線ホームは頭端式ホーム・終着駅の佇まいがあります。

 快速で,次の停車駅がJR堺市駅でした。駅前のベルマージュ堺という超高層マンションの2階から4階が堺市立文化館となっており,3階が「アルフォンス・ミュシャ館」で4階が「与謝野晶子文芸館」でした。3階のミュシャの展示場も立ち寄って4階の与謝野晶子の展示場へ向かいました。

 明星では「白萩の君」と言われた与謝野晶子と「白百合の君」と言われた山川登美子の2人でしたが,堺の旧家で老舗和菓子の「駿河屋」の三女として生まれた与謝野晶子(当時の鳳志よう)は,明星の与謝野鉄幹と結婚して,評論家や記者のような著作もあり,交友も広く,二十代で亡くなった山川登美子とは,大きく生涯が異なることが数々の展示を目にして感じました。

 「与謝野晶子文芸館」閉館に伴い,ギャラリーでは,さまざまな冊子や大型ポスター等が無料で頒布,テーブルの上に積んでいました。幸い,大きなリュックだったので,「ご自由にお取りください」を真に受けて,たくさんいただきました。大きなリュックいっぱいに・・・。

 駅前のベルマージュ堺という超高層マンションの北隣は堺市立斎場となっています。駅前に斎場があることになります。

 神戸市の斎場は鵯越の山あいの処にありますし,斎場は町はずれ・・・というイメージがあったのですが,大阪のように平野にある市町村では「町はずれの山あい」が存在しないので,これが当たり前なのかもしれません。

 帰路,久し振りに日本橋の電気街に立ち寄りました。小雨降る平日の午後なので,閑散としているとの予想を裏切って,ひじょうに賑わっていました。新製品のタブレットを見るのが目的だったですが,ジョーシン電器の店の前には大型観光バスが横付けして,店内はたくさんの外国人(おそらく中国からの観光客)で他国語が飛び交っていました。春節祭の休暇で来日した家族づれのような方々が多かったです。

 バスの横腹のトランクには炊飯器の箱が並んでいました。ニュースでよく報じられているように,中国からの観光客の方々の購買力のものすごさを目の当りに見たような気がしました。免税店の前にも大型バスが横付けして,歩道一杯に人の群れ・・・仕方がないので車道を歩きました。

 夕方,垂水に戻って鮮魚店に立ち寄ると,今日解禁のイカナゴは,もう売り切れて店頭で見ることは出来ませんでした。

 帰路は阪神電車を利用したので,今日はJR天王寺駅の阪和線,阪神電車の梅田駅と三宮駅の3ヶ所で頭端式の終点ホームを見ました。

卒業式

 2月25日・・・今日は国公立大学の(前期日程)の一般入試の日です。朝の電車の中で,それらしい受験生の姿を見掛けました。また保護者と一緒に受験会場に向かう姿もありました。

 勤務校は,本日が卒業式でした。

午前10時からの卒業式は,11時半頃には終了して,「蛍の光」を歌って,3年生の学年の先生方へ育友会(保護者の会)から花束贈呈があって,そしてクラス毎に退場・・・

 退場シーンを保護者の方々が保護者席からスマートフォン等で撮影する姿が目につきました。

 一眼レフやデジカメで撮っている保護者の方々もいらっしゃいましたが,ほとんどはスマートフォンでした。

 撮った写真をプリントしてアルバムに貼るのではなくて,スマートフォンに保存して見ることがメインなのかもしれません。

 卒業式で目にした光景から,記録や記念の在り方が大きく変わったのかなあ~と,改めて感じました。

ヴァイラル

ヴァイラルという語彙を目にして,ちょっと意味がわかりませんでした。

 「ヴァイラル(viral)」は,ウイルス(virus)」の形容詞系でした。英語では”virus”は「ヴァイラス」です。

 ヴァイラルとは,「ウイルスのように・・・」というような意味を持っており,ヴァイラルメディア(viral media)やヴァイラルマーケティング(viral marketing)というような専門用語があるようです。

 ヴァイラルメディアとは,ウイルス性の伝播力を持ったネットメディアを指し示し,ウイルスが広まるような伝播現象を利用するマーケティング手段のことがヴァイラルマーケティングです。

 「ヴァイラル」という言葉は,これまで「ねずみ算式に」というような表現がなされた等比数列的な増加や,指数関数的な増加のことを指し示している言葉として一部では認知されているようです。

 ・・・「ねずみ算式に」と言う表現に古臭さを感じていましたし,等比数列的・指数関数的という言葉では堅苦しいような気がしていたので,ヴァイラルという言葉を用いた表現は,なんとなくしっくりするような気がします。ただ,意味としては「ねずみ算式」と本質的に変わりませんし,カタカナ表現で,またじゅうぶんに普及している言葉ではありませんので,気軽に使えるわけでもありません。またポジティヴなイメージではなくて,なんとなくネガティヴな雰囲気を醸し出す語彙のような気がします。もっとも「ねずみ算式」という言葉も,どちらかというと良いイメージではないような気がします。

赤石郡(あかいしのこおり)

昨日訪れた明石市立文化博物館の常設展示で,古代の明石の航路に関する展示がありました。


「畿内への入口・明石」,展示解説シート・テーマ3,明石市立文化博物館

 古山陽道が地図中の赤い線で描かれていますが,五畿内。摂津国須磨から山陽街道は,鉢伏山の北を廻るルートになっています,この地図からの推定では,塩屋川河口の塩屋村,福田川(旧垂水川)河口の垂水村,山田川河口の山田村(現舞子)を通らず・・・

・須磨から多井畑,(転法輪寺),多聞寺,辺りを通って,狩口台辺りから海岸線沿いの明石川の河口に至ったのか?

・それとも多聞寺辺りから西へ大蔵谷(神戸学院大辺り),伊川谷有瀬から伊川沿いに,枝吉の辺りに至ったのか?

魚住泊が現在の江井ヶ島辺りのようで,航路では魚住泊の次が大和田泊(兵庫)となっています。

古代の赤石郡(あかいしのこおり)は,現在の神戸市垂水区と西区を含んでおり,それは明治中期の明石郡まで続きますが,この辺りの赤石(明石)は陸路でも海路でも,西国から五畿内に入る「入り口」の役目をしていたようです。 

祇園さんと明石城

 祇園信仰は,仏教的な陰陽道の神である牛頭天王を祇園精舎の守護神として,神道の神であるスサノオと習合して本地仏を薬師如来としたものです。

 明治以降,神仏分離によってスサノオを祭神とする神道の信仰となっています。

祇園信仰の総本宮は,姫路の広峰山にある廣峯神社です。京都・祇園の八坂神社は時々訪れるのですが,今日は広峰山を登って廣峯神社を訪れました。

 快晴で,朝は冷え込みましたが,着込んで登山口から登り始めると・・・汗ばんで,途中でセーターを脱いだのですが,それでも汗がひきませんでした。

 廣峯神社の表門です。
 

 廣峯神社の参殿は日本で一番広いそうです。

 帰路,新しくなった姫路城に立ち寄り,そして明石城も久し振りにじっくりと巡りました。受験生の頃,城内にある図書館に通っていたのですが,受験時代以降,始めて図書館にを訪れ,ちょっと懐かしかったです。

 夕方には垂水の焼き鳥屋さん「幸ちゃん」へ。昨年末に訪れて以来3度目です。

 まず馬刺し・・・美味しかったです。

 そして各種焼き鳥,最初はビールでしたが,次は山崎12年をロックで・・・

今日は廣峯山の登山,姫路の市街地の散策,明石城内の彷徨・・・かなり歩きました。

 ・歩数 31400歩
 ・距離 24.2km
 ・早歩 18442歩
 ・階段 1890歩
 ・活動量 1428kcal
 ・総消費 3089kcal
 ・脂肪燃焼 84.5g

 「北野天満宮と廣峰神社」とページを作成しました。前半が昨日訪れた京都・北野の天満宮で,後半が今日訪れた姫路の廣峯神社と明石城です。
http://itsumi.citykobe.jp/201502jinja/

天神様

神戸市内には須磨に綱敷天満宮,北野に北野天満神社があります。

綱敷天満宮は菅原道真が大宰府への左遷の途上で立ち寄り、その際に里人が綱で円座を作ったという伝承を持っており須磨区天神町という地名もあり,また綱敷天満宮の西2キロほどの処には菅公橋があります。

一昨年に太宰府天満宮を訪れましたが,京都の北野天満宮を訪れたことがありませんでしたので,今日,北野天満宮に向かいました。

嵐電の北野線に乗るのははじめてです。終点の北野白梅駅から今出川通りを東に・・・北野天満宮の鳥居が見えました。

太宰府天満宮は,西鉄太宰府線の大宰府駅があり,浅草の観音様のように表参道にずっと店が並んで大変賑やかですが,北野天満宮は,店が並ぶ参道もなく,今出川通りの鳥居をくぐると境内となります。

文道の大祖風月の本主の額が掲げてある楼門です。

絵馬掛所に,夥しい絵馬が掛けてある棚がたくさん並んでいる光景を目にして,その量の多さに圧倒されました。

「北野天満宮と廣峰神社」というページを作成しました。
http://itsumi.citykobe.jp/201502jinja/