日本二十六聖人

 旧暦の慶長元年12月19日は新暦では1597年2月5日,この日は,当時の最高権力者であった豊臣秀吉の命命令で、カトリック信徒26名が長崎で処刑された日です。処刑された26人は,後にカトリック教会によって聖列(聖人として列せられる)されたので「二十六聖人の殉教の日」とも言われています。

 天正15年(1587年)に,それまで織田信長の政策を継承してキリスト教布教を容認していた豊臣秀吉がバテレン追放令を出し,文禄5年(1596年)には,当時の京都奉行であった石田三成に命じて、京都に住むフランシスコ会員とキリスト教徒全員を捕縛して磔の刑に処するよう命じ24名が捕縛されています。

 翌年の慶長元年(1597年)に長崎で処刑せよとの秀吉の命令で,捕縛された24名は歩いて長崎へ向かうことになり,その世話係として付き添ったキリシタン2名も捕縛されて処刑されることになったそうです。

 イエス・キリストが十字架で処刑されたゴルゴタの丘に似ているという理由から長崎の西坂の丘の上で処刑されることを望み,処刑の当日には長崎には混乱を避けるために外出禁止令が出されたにも関わらず4000人を超える群衆が西坂の丘に集まってきたそうです。

 西坂の丘は,JR長崎駅から北西の方向に200メートルほどの処に位置します。3年前に長崎を訪れた時に,早朝に西坂の日本二十六聖人記念碑を訪れていました。

JR神戸線・灘駅の改札の真正面にあったコンビニのHeart-inが年末に閉店していましたが,「Seven Eleven Hart-in」として新装オープンしていました。店内の配置やレジの位置も変わって ほとんどSeven Elevenです。

 阪急電車の高架が,JR灘駅の北側辺りで,大きく弧を描いています。このアーチ状のトンネルが1929年(昭和4年)までの神戸市境があった処で,当時は阪神電車も阪急電車も神戸市内に入ることが出来ず,阪急電車は上筒井駅(王子動物園の南西)が神戸側のターミナルで,ここで市電に乗り換えていたそうです。その後,三宮駅まで伸長されたために,王子公園駅の西側で,高架が大きく弧を描くようにしてJR神戸線と並行して三宮へと向かっています。

 今日は,午後から半日のお休みをとって,お昼過ぎに電車に乗りました。兵庫駅の西側で,列車線を古いタイプの電車が走っているのを目にしまし。これは和田岬線の電車が西明石の車庫に帰る途中・・・でしょうか?かなり以前,首都圏や関西の電車区間で普通電車として見慣れた車両です。なんとなく懐かしいような気持ちになりました。