荒野の40年

昨日の2月11日にドイツの元大統領のヴァイツゼッカーの国葬がベルリン大聖堂で執り行われました。

今日の朝日新聞と毎日新聞は,ウクライナ情勢やイスラム国関連の記事が大きく取り上げられて,ヴァイツゼッカーの国葬に関する記事がなく,地元の神戸新聞には次のような記事が掲載されていました。

「荒野の40年」・・・1945年5月7日に,第2次世界大戦においてドイツが降伏文書に調印し,翌日の5月8日はヨーロッパの西部戦線で停戦・・・ヨーロッパ戦勝記念日と言われています。

それから40年が経った1985年5月8日に連邦議会におけるヴァイツゼッカーの演説が「荒野の40年」と言われる名演説です。

手元にその演説を収めた岩波書店の岩波ブックレット『荒れ野の40年』があります。

5月8日は心に刻むための日であります。心に刻むというのは、ある出来事が自らの内面の一部となるよう、これを信誠かつ純粋に思い浮かべることであります。そのためには、われわれが真実を求めることが大いに必要とされます。・・・

このような言葉で始まった演説です。

・・・われわれは今日、戦いと暴力支配とのなかで斃れたすべての人びとを哀しみのうちに思い浮かべております。 ことにドイツの強制収容所で命を奪われた 600万のユダヤ人を思い浮かべます。 戦いに苦しんだすべての民族、なかんずくソ連・ポーランドの無数の死者を思い浮かべます。 ドイツ人としては、兵士として斃れた同胞、そして故郷の空襲で捕われの最中に、あるいは故郷を追われる途中で命を失った同胞を哀しみのうちに思い浮かべます。 虐殺されたジィンティ・ロマ(ジプシー)・・・

・・・ 人間の罪には、露見したものもあれば隠しおおせたものもあります。告白した罪もあれば否認し通した罪もあります。充分に自覚してあの時代を生きてきた方がた、その人たちは今日、一人ひとり自分がどう関り合っていたかを静かに自問していただきたいのであります。・・・

そして有名なフレーズ・・・

・・・問題は過去を克服することではありません。さようなことができるわけはありません。後になって過去を変えたり、起こらなかったことにするわけにはまいりません。しかし『過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。』非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです。・・・

 紀元前12世紀頃に,モーセの率いるイスラエルの民族が,奴隷として暮らしていたエジプトを出て紅海を渡って,先祖が神様から賜ったという「約束の地」であるパレスチナに至るまで,本来ならばわずか11日のシナイ半島の横断でした。しかし,神へ信仰が揺らぎ,疑いや不安を抱いたイスラエルの人々に対して,神は,荒野のシナイ半島を40年の間,彷徨するという試練を与えました。

 ・・・40年の年月は世代の交代を意味します。エジプトから脱出したイスラエルに人々を率いたモーセも,約束の地・パレスチナに入ることはできませんでした。

ヴァイツゼッカーは演説の中で,40年の歳月を次のように表現しています。

・・・ 人間の一生、民族の運命にあって、40年という歳月は大きな役割を果たしております。当時責任ある立場にいた父たちの世代が完全に交替するまでに40年が必要だったのです。

 われわれのもとでは新しい世代が政治の責任をとれるだけに成長してまいりました。若い人たちにかつて起ったことの責任はありません。しかし、(その後の)歴史のなかでそうした出来事から生じてきたことに対しては責任があります。

 われわれ年長者は若者に対し、夢を実現する義務は負っておりません。われわれの義務は率直さであります。心に刻みつづけるということがきわめて重要なのはなぜか、このことを若い人びとが理解できるよう手助けせねばならないのです。ユートピア的な救済論に逃避したり、道徳的に傲慢不遜になったりすることなく、歴史の真実を冷静かつ公平に見つめることができるよう、若い人びとの助力をしたいと考えるのであります。・・・

 旧約聖書の「モーセ五書」の最後は「申命記」です。「申」という字は,「繰り返す」と言う意味があり,英語では”Deuteronomy”・・・言葉を重ねるというようなニュアンスの言葉でしょうか?モーセが,自分では渡ることが出来ないヨルダン川の向こうの約束の地・パレスチナを目の前にして,繰り返し繰り返しイスラエルの人々に訴えるように神の言葉を解き明かしています。

旧約聖書・申命記の冒頭は,次のような言葉で始まっています。

これはヨルダンの向こうの荒野、パランと、トペル、ラバン、ハゼロテ、デザハブとの間の、スフの前にあるアラバにおいて、モーセがイスラエルのすべての人に告げた言葉である。ホレブからセイル山の道を経て、カデシ・バルネアに達するには、十一日の道のりである。第四十年の十一月となり、その月の一日に、モーセはイスラエルの人々にむかって、主が彼らのため彼に授けられた命令を、ことごとく告げた。
         申命記1章1節~3節

申命記の最後は,モーセの死を扱っています。

 そして主は彼に言われた、「わたしがアブラハム、イサク、ヤコブに、これをあなたの子孫に与えると言って誓った地はこれである。わたしはこれをあなたの目に見せるが、あなたはそこへ渡って行くことはできない」。こうして主のしもべモーセは主の言葉のとおりにモアブの地で死んだ。
        申命記34章4節~5節

 一世代に相当する40年の歳月・・・「荒野の40年」の時の流れの中での経験が,まさに「艱難は忍耐を生じ、忍耐は練達を生じ、練達は希望を生ず」へとつながったのかもしれません。

山田洋次監督の映画『十五才 学校Ⅳ』は,学校を扱う映画ですが,舞台は学校ではありません。不登校の主人公・大介が屋久島の縄文杉を目指して家出をして,数々の体験をするストーリーですが,その中で女性トラック運転者・大庭すみれの家に泊まることとなって,自室に閉じこもっている息子・登との出逢いがあります。大介が翌朝,屋久島へ向かう時に登は自作の詩・『浪人の詩』を大介に贈ります。

草原のど真ん中の一本道を
あてもなく浪人が歩いている

ほとんどの奴が馬に乗っても
浪人は歩いて草原を突っ切る

早く着くことなんか目的じゃないんだ
雲より遅くてじゅうぶんさ
この星が浪人にくれるものを見落としたくないんだ

葉っぱに残る朝露
流れる雲
小鳥の小さなつぶやきを聞きのがしたくない

だから浪人は立ち止まる
そしてまた歩きはじめる