白萩の君・・・2月26日

今日・2月26日は79年前の1936年(昭和11年)に二・二六事件があった日です。青年将校らが昭和維新を訴えて決起したクーデター未遂事件です。高橋是清蔵相,斎藤實内大臣らが襲撃の対象となって命を失い,事件の首謀者は銃殺刑に処されています。

 今朝のラジオで,神戸市垂水区の方から「今年は2月26日がイカナゴ解禁日」というニュースを知りました。

 堺市立文化館の中にある「与謝野晶子文芸館」が今月末で閉館して,来月3月20日からは,与謝野晶子の生家である「駿河屋」があった宿院(阪堺電車の宿院駅近く」にオープンする「さかい利晶の杜」に移転します。「利晶」とは千利休と与謝野晶子のことです。宿院には千利休の屋敷跡があり,与謝野晶子の生家のすぐ近くです。

 若狭の山川登美子記念館は昨年訪れましたが,与謝野晶子の生家跡は訊ねたことはあっても与謝野晶子文芸館には足を運んだことがなかったので,今日は午後から半日休暇をとって堺へ・・・

 JR天王寺駅の阪和線ホームから電車に乗るのは初めてです。阪和線ホームは頭端式ホーム・終着駅の佇まいがあります。

 快速で,次の停車駅がJR堺市駅でした。駅前のベルマージュ堺という超高層マンションの2階から4階が堺市立文化館となっており,3階が「アルフォンス・ミュシャ館」で4階が「与謝野晶子文芸館」でした。3階のミュシャの展示場も立ち寄って4階の与謝野晶子の展示場へ向かいました。

 明星では「白萩の君」と言われた与謝野晶子と「白百合の君」と言われた山川登美子の2人でしたが,堺の旧家で老舗和菓子の「駿河屋」の三女として生まれた与謝野晶子(当時の鳳志よう)は,明星の与謝野鉄幹と結婚して,評論家や記者のような著作もあり,交友も広く,二十代で亡くなった山川登美子とは,大きく生涯が異なることが数々の展示を目にして感じました。

 「与謝野晶子文芸館」閉館に伴い,ギャラリーでは,さまざまな冊子や大型ポスター等が無料で頒布,テーブルの上に積んでいました。幸い,大きなリュックだったので,「ご自由にお取りください」を真に受けて,たくさんいただきました。大きなリュックいっぱいに・・・。

 駅前のベルマージュ堺という超高層マンションの北隣は堺市立斎場となっています。駅前に斎場があることになります。

 神戸市の斎場は鵯越の山あいの処にありますし,斎場は町はずれ・・・というイメージがあったのですが,大阪のように平野にある市町村では「町はずれの山あい」が存在しないので,これが当たり前なのかもしれません。

 帰路,久し振りに日本橋の電気街に立ち寄りました。小雨降る平日の午後なので,閑散としているとの予想を裏切って,ひじょうに賑わっていました。新製品のタブレットを見るのが目的だったですが,ジョーシン電器の店の前には大型観光バスが横付けして,店内はたくさんの外国人(おそらく中国からの観光客)で他国語が飛び交っていました。春節祭の休暇で来日した家族づれのような方々が多かったです。

 バスの横腹のトランクには炊飯器の箱が並んでいました。ニュースでよく報じられているように,中国からの観光客の方々の購買力のものすごさを目の当りに見たような気がしました。免税店の前にも大型バスが横付けして,歩道一杯に人の群れ・・・仕方がないので車道を歩きました。

 夕方,垂水に戻って鮮魚店に立ち寄ると,今日解禁のイカナゴは,もう売り切れて店頭で見ることは出来ませんでした。

 帰路は阪神電車を利用したので,今日はJR天王寺駅の阪和線,阪神電車の梅田駅と三宮駅の3ヶ所で頭端式の終点ホームを見ました。