小僧の神様

 2月20日,今日は「鮨の日」・・・と言っても,全国すし商環境衛生同業組合連合会が1961(昭和36)年に制定した「すしの日」は11月1日です。

 2月20日は,志賀直哉が生まれた日(1883年2月20日)です。志賀直哉の短編小説に『小僧の神様』という作品があって,私の大好きな小説のひとつです。手許の岩波文庫の「小僧の神様」は何度かの引っ越しに失われることがなく,今も手元にあって愛読しています。

十数年前に久し振りに岩波から志賀直哉全集が新編集で刊行されたのが手許にありますが,第3巻に『小僧の神様』が収録されています。

 クラシックに「珠玉の名曲」というフレーズで呼ばれている幾つかの名曲がありますが,私にとっての「珠玉の短編」は,志賀直哉の『小僧の神様』,O・ヘンリーの『最後の一葉』,夏目漱石の『夢十夜』,そして旧約聖書の『ルツ記』です。「ルツ記」を短編(a short story)と分類して良いのか・・・「短編小説」ではなくて「短編」だったらOKのように思います。

旧暦の元日とイースター

 今日は旧暦の正月です。二十四節季の雨水・・・明治5年12月2日(1872年12月31日)まで,太陰太陽暦の天保暦が使われていました。西洋天文学の成果を取り入れて,太陽の位置を計算し、天球上の太陽の軌道を24等分(空間分割)して二十四節気を求める定気法を採用しています。天保暦のひとつ前の暦は寛政暦で,寛政暦までの歴代の暦(旧暦)は二十四節気を1年間を等分(時間分割)して計算する平気法を使っていたそうです。

 雨水(黄経330度)を含む月を一月(正月)として、以下各中気を含む月を二月、三月・・・としています。そして中気を含まない月が閏月となります。昨年は9月に閏月がありました。そして今年は年内立春で,雨水が1月1日となる最も遅い元日でした。

 初日の出の時刻・・・6時41分は電車の中で,元町駅あたりだったと思います。

 神戸・南京町(中華街)の春節祭は,旧暦の正月となるので,1月下旬の時もあれば,今年のように2月の中旬になることもあります。この春節祭のように年によって変わるものにイースター(復活祭)があります。

 現在多くの国で用いられて太陽暦(新暦)はグレゴリオ暦です。ユリウス暦の1582年10月4日(木曜日)の翌日がグレゴリオ暦の1582年10月15日(金曜日)という移行をしたそうです。

 ユリウス暦からグレオリオ暦に移行した理由は,「イースターを忠実な日に守る」ということになります。ユリウス暦では春分の日が3月21日と決まっており,イースターは「春分の日の後の最初の満月の次の日曜日」となっています。聖書を根拠としたイースターは,当時が太陰暦であったこともあり,またユリウス暦では1年が365.25日となって,実際の約365.2422日よりも約11分15秒長くなるので,暦上では4年毎に約0.0312日(0.0078日×4)ずつ早まって行き、約128年で1日分だけ早まることになるので,16世紀末にはイースターの日が,実際よりも10日ズレていたことになります。

 このような宗教的な理由から,現在の太陽暦であるグレオリオ暦が導入されました。ちなみに今年のイースターは4月5日になります。春分が3月21日で,前日が新月,「春分の日の後の最初の満月」が4月4日の土曜日で,翌日の日曜日がイースターです。
 

神戸の街中の小山巡り

 休日出勤の代休として,今日の午後は振替休暇をとりました。

 神戸の街の中には,会下山や大倉山のように街中に小山が点在しています。地図で調べると・・・

・布引山( 砂山[いさごやま] )・・・旧生田神社や滝山城址
・諏訪山・・・諏訪神社,金星台,ヴィーナスブリッジ
・宇治野山・・・旧・神戸海洋気象台
・大倉山・・・大倉山公園
・会下山・・・会下山公園
・観音山・・・観音山公園

 まだ訪れたことがない布引山,宇治野山,大倉山,観音山を午後に巡りました。勤務校から筒井八幡神社,熊内八幡神社を経て,まず布引山・・・

 「神戸の街中の小山」のページを作成しました。
http://itsumi.citykobe.jp/201502yama/

 

雨水

 朝,自宅を出て駅に向かう途中で,東の空に月齢27日の細い月が輝いていました。写真の右上です。

 デジカメを望遠にズームして,しっかり構えてタイマーも併用して・・・

 今日は旧暦では,12月28日です。明後日が大晦日です。そして今年は旧暦の正月が二十四節気の「雨水」となります。

 旧暦で,閏月(うるうつき)を入れるルールとして『「雨水」は1月に入る。』ことが原則です。元日が雨水ということは,もっとも太陽暦と太陰暦とがズレて「もっとも遅い正月」ということになります。そして旧暦の小正月・1月16日が「啓蟄」となって,今年は藪入りが春・・・です。

 帰路,垂水駅のバスターミナルで,見慣れぬ小さなバスが停まっていました。

 行先表示が「西舞子交番 止」となっています。垂水駅と舞子駅を,星陵台経由で結ぶバスの利用率が高いようで,新たに垂水と西舞子を結ぶ路線も開設されたようです。

神戸の神社・教会巡り

 今日・日曜日は,は午後から休日出勤でした。

 職場の先輩から「神戸八社巡り」の話を聞いていて,午後からの出勤前に巡れるかなあ~と,早目に自宅を出て挑戦しました。

 最初は,湊川神社,八宮神社/六宮神社,五宮神社,四宮神社,一宮神社,二宮神社そして生田神社・・・を考えていたのですが,実際には生田裔神八社(えいしんはちしゃ)以外に湊川神社と諏訪神社,生田神社。

 途中で,キリスト教の教会等を加えて,

・神戸八社 一,二,三,四,五,六,八宮
・湊川神社,諏訪神社,生田神社
・聖公会(イギリス国教会)の聖ミカエル教会
・プロテスタントの神戸教会,神戸栄光教会,神戸バプテスト教会
・カトリックの神戸中央教会
・東方教会の神戸ハリストス正教会
・イスラム教の神戸ムスリムモスク

歩数:24754歩,歩行距離;19.1kmで,仕事より巡礼で疲れました。

新しく「神社・教会巡り in 神戸」のページを作成しました。
http://itsumi.citykobe.jp/201502kobe/  

櫻正宗

 2月14日・・・今日は土曜日ですが休日出勤です。

 半月ほど前に櫻正宗の「しぼりたて」を買いましたが,今回は櫻正宗の大吟醸を買いました。

 しぼりたての生酒も美味しいですが,大吟醸が飲みやすくて,あっさりした料理にはあいます。

荒野の40年

昨日の2月11日にドイツの元大統領のヴァイツゼッカーの国葬がベルリン大聖堂で執り行われました。

今日の朝日新聞と毎日新聞は,ウクライナ情勢やイスラム国関連の記事が大きく取り上げられて,ヴァイツゼッカーの国葬に関する記事がなく,地元の神戸新聞には次のような記事が掲載されていました。

「荒野の40年」・・・1945年5月7日に,第2次世界大戦においてドイツが降伏文書に調印し,翌日の5月8日はヨーロッパの西部戦線で停戦・・・ヨーロッパ戦勝記念日と言われています。

それから40年が経った1985年5月8日に連邦議会におけるヴァイツゼッカーの演説が「荒野の40年」と言われる名演説です。

手元にその演説を収めた岩波書店の岩波ブックレット『荒れ野の40年』があります。

5月8日は心に刻むための日であります。心に刻むというのは、ある出来事が自らの内面の一部となるよう、これを信誠かつ純粋に思い浮かべることであります。そのためには、われわれが真実を求めることが大いに必要とされます。・・・

このような言葉で始まった演説です。

・・・われわれは今日、戦いと暴力支配とのなかで斃れたすべての人びとを哀しみのうちに思い浮かべております。 ことにドイツの強制収容所で命を奪われた 600万のユダヤ人を思い浮かべます。 戦いに苦しんだすべての民族、なかんずくソ連・ポーランドの無数の死者を思い浮かべます。 ドイツ人としては、兵士として斃れた同胞、そして故郷の空襲で捕われの最中に、あるいは故郷を追われる途中で命を失った同胞を哀しみのうちに思い浮かべます。 虐殺されたジィンティ・ロマ(ジプシー)・・・

・・・ 人間の罪には、露見したものもあれば隠しおおせたものもあります。告白した罪もあれば否認し通した罪もあります。充分に自覚してあの時代を生きてきた方がた、その人たちは今日、一人ひとり自分がどう関り合っていたかを静かに自問していただきたいのであります。・・・

そして有名なフレーズ・・・

・・・問題は過去を克服することではありません。さようなことができるわけはありません。後になって過去を変えたり、起こらなかったことにするわけにはまいりません。しかし『過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。』非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです。・・・

 紀元前12世紀頃に,モーセの率いるイスラエルの民族が,奴隷として暮らしていたエジプトを出て紅海を渡って,先祖が神様から賜ったという「約束の地」であるパレスチナに至るまで,本来ならばわずか11日のシナイ半島の横断でした。しかし,神へ信仰が揺らぎ,疑いや不安を抱いたイスラエルの人々に対して,神は,荒野のシナイ半島を40年の間,彷徨するという試練を与えました。

 ・・・40年の年月は世代の交代を意味します。エジプトから脱出したイスラエルに人々を率いたモーセも,約束の地・パレスチナに入ることはできませんでした。

ヴァイツゼッカーは演説の中で,40年の歳月を次のように表現しています。

・・・ 人間の一生、民族の運命にあって、40年という歳月は大きな役割を果たしております。当時責任ある立場にいた父たちの世代が完全に交替するまでに40年が必要だったのです。

 われわれのもとでは新しい世代が政治の責任をとれるだけに成長してまいりました。若い人たちにかつて起ったことの責任はありません。しかし、(その後の)歴史のなかでそうした出来事から生じてきたことに対しては責任があります。

 われわれ年長者は若者に対し、夢を実現する義務は負っておりません。われわれの義務は率直さであります。心に刻みつづけるということがきわめて重要なのはなぜか、このことを若い人びとが理解できるよう手助けせねばならないのです。ユートピア的な救済論に逃避したり、道徳的に傲慢不遜になったりすることなく、歴史の真実を冷静かつ公平に見つめることができるよう、若い人びとの助力をしたいと考えるのであります。・・・

 旧約聖書の「モーセ五書」の最後は「申命記」です。「申」という字は,「繰り返す」と言う意味があり,英語では”Deuteronomy”・・・言葉を重ねるというようなニュアンスの言葉でしょうか?モーセが,自分では渡ることが出来ないヨルダン川の向こうの約束の地・パレスチナを目の前にして,繰り返し繰り返しイスラエルの人々に訴えるように神の言葉を解き明かしています。

旧約聖書・申命記の冒頭は,次のような言葉で始まっています。

これはヨルダンの向こうの荒野、パランと、トペル、ラバン、ハゼロテ、デザハブとの間の、スフの前にあるアラバにおいて、モーセがイスラエルのすべての人に告げた言葉である。ホレブからセイル山の道を経て、カデシ・バルネアに達するには、十一日の道のりである。第四十年の十一月となり、その月の一日に、モーセはイスラエルの人々にむかって、主が彼らのため彼に授けられた命令を、ことごとく告げた。
         申命記1章1節~3節

申命記の最後は,モーセの死を扱っています。

 そして主は彼に言われた、「わたしがアブラハム、イサク、ヤコブに、これをあなたの子孫に与えると言って誓った地はこれである。わたしはこれをあなたの目に見せるが、あなたはそこへ渡って行くことはできない」。こうして主のしもべモーセは主の言葉のとおりにモアブの地で死んだ。
        申命記34章4節~5節

 一世代に相当する40年の歳月・・・「荒野の40年」の時の流れの中での経験が,まさに「艱難は忍耐を生じ、忍耐は練達を生じ、練達は希望を生ず」へとつながったのかもしれません。

山田洋次監督の映画『十五才 学校Ⅳ』は,学校を扱う映画ですが,舞台は学校ではありません。不登校の主人公・大介が屋久島の縄文杉を目指して家出をして,数々の体験をするストーリーですが,その中で女性トラック運転者・大庭すみれの家に泊まることとなって,自室に閉じこもっている息子・登との出逢いがあります。大介が翌朝,屋久島へ向かう時に登は自作の詩・『浪人の詩』を大介に贈ります。

草原のど真ん中の一本道を
あてもなく浪人が歩いている

ほとんどの奴が馬に乗っても
浪人は歩いて草原を突っ切る

早く着くことなんか目的じゃないんだ
雲より遅くてじゅうぶんさ
この星が浪人にくれるものを見落としたくないんだ

葉っぱに残る朝露
流れる雲
小鳥の小さなつぶやきを聞きのがしたくない

だから浪人は立ち止まる
そしてまた歩きはじめる

 

    

 

伏見稲荷

 赤い鳥居が,どこまでもどこまでも続く京都・伏見の「伏見稲荷」をしばらく訪れていないので,今日,久し振りに出掛けました。

 前回は,途中の四ッ辻辺りで引き返してしまいましたが,今回は稲荷山の頂上の「稲荷上之社」まで行って稲荷山を一巡しました。途中で写真を撮りながら3時間余り伏見稲荷を巡っていたことになります。

 「伏見稲荷」のページを新しく作成しました。
http://itsumi.citykobe.jp/201502inari/