ピエロの涙

 今日の神戸は冷たい風が吹き,寒い一日でした。朝,一駅手前の三宮駅で降りて一駅分を約30分歩いたのですが,冷たい風に体温が奪われて・・・職場に着く頃には身体が冷え切ってしまました。

 定時で職場を出て,垂水駅を降りると,頭上の一塊の雲の端が夕日に輝いて神秘的に感じました。カバンからデジカメを取り出して・・・

 しばらくして空を見上げると,上空は風が強いのか,一塊の雲は消えて,幾つかの小さな雲が浮かんでいました。ほんの数分で大きく空の光景が変わってしまました。

 子どもの頃,少年少女文学全集に収録されていたシェークスピアの「リヤ王」を読んだ時の記憶で鮮明に残っているのが,二人の娘に裏切られたリア王が,道化師と共に荒野を彷徨ったということでした。ブリテンの王だったリヤが,何故,2人の娘の裏切りに直面して,何故道化師と二人で嵐が吹き荒れる荒野に彷徨うことになるのか・・・そのストーリーの展開が子ども時代にはわからず謎のままでした。

 中世のヨーロッパでは,宮廷道化師が王や貴族に召し抱えられて,まだら模様の派手な服装を身に着けた宮廷道化師が自由な振る舞いをすることが認められていたそうです。そして主人を楽しませるだけでなく,召し抱えてもらっている主人を批判をすることも道化師の役目だったようです.道化師の口から発せられる「戯言(たわごと)」は神聖なものに触発された結果とみなされていたようで,リア王は召し抱えた道化師に特権的地位を与えて好き勝手を言わせていたようです.そのような背景が「リヤ王」にはあったようです.

 先週の感性をつないでひらく芸術教育を考える会で,いいむろなおき氏のマイム(パントマイム)のワークショップを受けて,その中でマイムの由来等を聞いて,ヨーロッパの文化の伝統におけるマイム(黙劇)やクラウン(ピエロ)に関して興味を持つようになりました。

 「クラウン(道化師)」の歴史は古代エジプトにおけるファラオを愉しませた道化師にさかのぼることが出来るようです。ちなみに道化師は英語で”crown(クラウン)”,”jester”(ジェスター:冗談を言う者)或いは”fool”(フール:愚か者) です.「クラウン(crown)」は,日本ではピエロと呼ばれていますが,サーカスにおいて道化師・おどけ役を演じているのはヨーロッパの伝統からすれば「クラウン」というそうです.中世から近世にかけて,劇場の合い間において,下手に演じて笑いを誘ったり,パロディーをしたのが始まりだそうです。

 「ピエロ(pierrot)」は,イタリアの即興演劇「コンメディア・デッラルテ」のキャラクーのひとつである「ペドロリーノ」が由来で,「コンメディア・デッラルテ」に登場するキャラクターは,性格や服装,演技スタイル等に類型的な特徴を持っているそうです.演じる俳優が,これらの類型的な特徴を持つキャラクターの中から登場人物を選んで,仮面と衣装を付けることでその役になりきって,恋愛や滑稽,嫉妬や不倫を題材とした類型的なシチュエーションのストーリーを即興的に演じるのが即興演劇「コンメディア・デッラルテ」だそうです。

 その中で,「ペドロリーノ」のキャラクターは,繊細な性格を持った夢想家で召使として登場し,ストーリーの流れを引っ掻き回すような役割を担っています.これが・・・現在の「ピエロ」のキャラクターの原型だそうです。

 「ピエロ」は「クラウン」の一種であり,一般のおどけ役の「クラウン」よりも更に馬鹿げた役回りの芸風というイメージがヨーロッパでは一般的だそうです.「クラウン」の中で「ピエロ」の外形的な特徴として,メイクに涙マークが付くとピエロ・・・という線引きがあるようです.

 19世紀のパリでは芝居を通して体制批判をしないように,芝居ができる劇場を絞って監視を強化した時代があったそうです。体制批判をするセリフ(台詞)がある芝居が規制の対象であったので,芝居ができなくなった劇場では「セルフのない芝居」(黙劇)を演じることを思いついたのがマイム(パントマイム)の発祥のようです。

 黙劇・マイムのキャラを,当時の俳優バチスト・ドビュローが独立したキャラとして単独で演じた「クラウン」が,「言葉を発せず身体表現で演じる」という「ピエロ」というキャラクターとして定着したようです。

 バチスト・ドビュローが引退する時の引退公演において,舞台で「ピエロ」を演じるドビュローに対して天井桟敷から心ない罵声が飛んで・・・ドビュローはその心ない罵声を耳にして,でも涙を流しながら「ピエロ」としての道化を舞台で演じ続けて引退公演を終えた・・・そんなエピソードから「ピエロ」の涙のメークがトレードマークになったそうです。ただ,これは実話ではなくて,後世につくられたレジェンドのようです。

 古いフランス映画の「天井桟敷の人々」が,まさに,この19世紀のマイム俳優であるバチスト・ドビュローを扱った作品だそうです。残念ながら映画の名前は知っていましたが見たことがありません。

 涙を流して舞台で道化師を演じる・・・マイムのワークショップで,いいむろなおき氏の「ピエロの涙」に関する伝説を耳にした時に,頭に浮かんだのが松竹新喜劇の夫藤山寛美です。

 大阪の街の下町を舞台にして,悲惨なストーリーの中で道化を演じ続けた寛美に「ピエロの涙」が重なりました。手許に寛美のDVDがあるのですが,しばらく見ていません。久し振りに寛美の舞台を見ようかと思いました。