Rainy Days and Mondays

今日の神戸は,一日中雨が降り続いて,時折,雨風が強く吹きつけていました。

Rainy Days and Mondays・・・月曜の朝に雨が降ると,「雨の日と月曜日は」という邦題のカーペンターズの曲を思い出します。

   Rainy days and Mondays always get me down
   雨の日と月曜日はいつだって気が滅入ってしまう

 JR神戸線・灘駅を降りると桜の花と若葉が雨に濡れて・・・この時期の桜は見惚れてしまいます。花が散り若葉が萌え出る時の,生命の芽吹きを感じます。

 3月末・昨年度中に,新年度の学会の年会費を払い込むつもりが,遅くなってしまいました。今日,近くの郵便局で4つの学会の年会費・計3万5千円を払い込みました。手数料が290円でした。

 郵便局の帰りに,職場用に抹茶オーレとほうじ茶オーレを買い求めました。抹茶オーレはお気に入りですが,ほうじ茶オーレは初めて目にして,つい買ってしまいました。

 帰路,夕方も雨は降り続いていました。

脈拍から顕れるlife(生活・生命)

「生き方のセンスは脈に出る」と謳っているエプソンの腕時計型の脈拍計・PULSENSEを腕につけるようになって1週間以上が経過しました。

脈拍だけではなくて,歩数も計測して,いろいろなデータをパソコン画面で,データをグラフ化した結果を確認することが出来ます。

「エクササイズ」は,灰色が「平常」,淡い色が「ウォーミングアップ」,少し濃い色が「脂肪燃焼」,かなり濃い色が「有酸素運動と無酸素運動」になります。それに対して,「こころのバランス」は,灰色が「平常」,淡い色が「リラックス」,濃い色が「エクサイト」になります。

昨日・4月11日の(上が)「エクササイズ(運動量)と,(下が)「こころのバランス」です。(上の)

午後,1時頃から4時前まで明石海峡沿いを自転車で走っていました。この時間帯はエクササイズとしては活性状態ですが,こころのバランスとしては平常状態でした。

一昨日の4月10日の(上が)「エクササイズ(運動量)と,(下が)「こころのバランス」です。


 勤務中ですから,こころのバランスがリラックスばかりでは困りますが,勤務時間中は,ほとんど「エクサイト」状態でした。実力テストの試験監督や,来週からの授業準備等々,結構忙しかったです。それに対してエクササイズは,あまり活性化されていません。

 昨日の休日は「身体の負荷」は大きくて,「心の負荷」は小さく,それに対して一昨日の勤務日では,「身体の負荷」は小さくて「心の負荷」は大きい・・・という結果,ともにサンプルが1つですが,データから「なるほど」と思わされます。

 消費カロリーの比較です。上は昨日の4月11日で,下は一昨日の4月10日です。


 昨日は,朝は日帰り温泉で朝湯,午後はサイクリングで,その他は自宅でした。朝と午後にカロリー消費が増えているのは納得できます。それに対して一昨日は,朝夕の通勤と,勤務です。通勤時の消費カロリーは大きいですが,職場での消費カロリー少ないです。ちなみに上と下のグラフは縦軸の目盛が「2倍」近く異なります。

 夜の睡眠時も装着して,睡眠の質も測定していました。濃い色が「深い眠り」で淡い色が「浅い眠い」です。

 上が4月10日の睡眠で,下が4月9日の睡眠です。


上の4月10日では何回か「深い眠り」がありますが,下の4月9日では「浅い眠り」ばかりです。ちなみに睡眠時間は上の4月10日が6時間2分で,下の4月9日が7時間0分でした。睡眠の「量」と「質」とは,相関があるとは言えないかもしれません。

 一週間のデータです。まず歩数です。目標が一日13000歩です。
 

 次は一週間のエクササイズのグラフです。普段はウォーミングアップか脂肪燃焼程度の運動しかしておらず,昨日のように自転車に乗って「意識的な運動」をしないと,有酸素運動や無酸素運動をが出来ていない・・・ようです。

そして一週間の心のバランスです。リラックスの状態が多いのは,4月5日で,これは先週の日曜・休日です。それ以外は心が「エキサイト」していた時間が多いです。

 ライフ(Life)という英語は,日本語では「生活」と「生命」という2つの語彙にまたがった意味を指し示す語彙ですが,健康のため(生命のため)に装着していた脈拍計が,「生活スタイル」をしっかりと記述しているデータを提供しているように感じます。

 生活主観病から健康(生命)を守るには,生活スタイルが大切なんだなあ~とグラフを見ながら感じました。まさにLifeの「質」の問題です

スタート

 今朝の神戸は・・・小雨が降り続いて,そして花冷えの寒い朝でした。朝6時頃に車で30分程の日帰り温泉「華の湯」に向かいました。ゆったりと温泉に浸かって一日のスタートを切りました。

 華の湯に向かう道では,濃い霧に包まれてヘッドライトが必要な区間がありました。温泉を出ても,まだ霧が残って,遠くの山は霧に包まれて見えません。

 帰路,妙法寺のスーパーに立ち寄りました。店の外からガラス越しに店内一面の天井の照明が,色温度の低い蛍光灯の光が独特で,デジカメを取り出して・・・

 午後,今シーズン初めてのサイクリング。まず自転車のチェック,油を注したりタイヤに空気を入れたり,ブレーキのチェックをしたり・・・。

 明石海峡沿いを走る国道2号線まで出て,只管西へ・・・。まず旧・山田村(現・舞子)の港である舞子漁港へ。現在は釣り船を含めて数隻の小さな船が停泊するだけです。

山田川の右岸にある,プライベートビーチのような砂浜の一角があります。私のお気に入りの場所,そして此処からの海峡の風景は大好きで,見惚れてしまいます。

 更に西に向かって,明石・大蔵海岸を通って,明石の街の中にある明石漁港です。

 そして明石川を渡って・・・明石川の右岸には海岸線沿いに自転車専用の県道が続いて走りやすいです。浜風を浴びて,海峡の風景を横目で見ながらのサイクリングが出来ます。

 林崎漁港を越えて,林崎海岸です。此処は夏には海の家が建って,海水浴場としてにぎわいます。この時期は・・・まだ静かです。海面に午後の陽光が照り輝いてキラキラ光る様子を見ていると,もう夏がすぐ其処まで来ているような錯覚に陥ります。

 これが兵庫県道554号姫路明石自転車道線・・・浜のサイクリングロードです。

 行きは通り過ぎた林崎漁港に,帰りは立ち寄って・・・この辺りでもっとも大きな漁港です。羽柴秀吉が天正13年(1585年)にキリシタン大名・高山右近に播磨国明石郡を領地にとして与え,明石は,キリシタン大名が治める地であったことがあります。この林崎漁港に,かつては堺の港へ向かう大きな南蛮船が寄港していたそうです。

 サイクリングのスタートの今日は往復21キロ,久し振りの自転車に太ももが痛くなりました。帰宅して汗をシャワーで流した後に飲んだ麦茶が美味しかったです。

南洋

Good Newsという名にふさわしい天皇皇后両陛下のパラオご訪問

 天皇陛下の海外訪問は,普通は相手国から招待された友好親善のためですが,太平洋戦争終戦60年であった2005年には、戦没者を慰霊するために海外訪問をした初めてのケースになったそうで,今回のパラオ訪問はこれに続く2度目の「慰霊のための海外訪問」となりました。

 パラオは,太平洋戦争の舞台となった島々です。19世紀にスペインの植民地となって,その後,スペイン領ミクロネシアを450万ドルでドイツに売却してドイツの植民地となり,第一次世界大戦において連合国側の日本は,ドイツに対して宣戦を布告してパラオに進軍して占領したのが1914年。パリ講和会議でパラオは日本の委任統治領となり,日本の南洋庁が置かれて,多くの日本人が移住したそようです。

 パラオに海軍の重要な基地があったために,太平洋戦争では連合軍の攻撃対象となって多くの戦死者がでたようです。太平洋戦争後はアメリカの信託統治下となり,1981年に自治政府・パラオ共和国が発足し,1994年に独立国・パラオ共和国が誕生しました。今年で建国20年です。


 
 パラオの名を耳にするたびに一人の芸術家・土方久功(ひじかた ひさかつ)と小説家中島敦の二人を思い浮かべます。土方久功は日本のゴーギャンと呼ばれていた人で,1929年にパラオに赴き,パラオの初等学校で図工教員として子どもたちに彫刻を教えながら,民俗学者としてパラオの島々を調査しています。久功がパラオを書いた絵の中で一番好きな絵です。

そして1942年に小説家の中島敦とともに日本に戻っています。中島敦は「山月記」や「名人伝」等の秀でた短編が残っています。

東京帝大の大学院で森鴎外の研究をして,その後,私立横浜高等女学校で教師をした後に,パラオ南洋庁へ教科書編纂掛として赴いています。戦争の激化で,土方久功と共に帰国していますが,パラオで二人がどのような交流があったのか・・・まだ調べていません。

 7年前に世田谷美術館で「バラオーふたつの人生 鬼才中島敦と日本のゴーギャン土方久功展」があったそうで,天皇皇后両陛下のパラオご訪問を切っ掛けに,このような企画展があれば,是非行きたいと思っています。ちなみに世田谷美術館では,私が埼玉に住んでいた時の1991年に「土方久功展: 南太平洋の光と夢」が催されましたが,残念ながら私は行くことが出来ませんでした。土方久功展の会期にあわせてNHK日曜美術館を録画したビデオテープは,私の宝物のひとつです。

 

入学式の日

 今日は,午前が始業式で,午後から入学式,ちょっと忙しいスケジュールです。

 いつもより早目に本務校に到着すると・・・通用門も正門も閉まっていました。

 グラウンドに通じる南門から入ると,すでに3人の先生が校舎が開くのを待っていました。管理員さんの勤務時間もあるので,フライング出勤です。

 管理員さんがセキュリティーシステムを解除して,職員室のカギを開けて・・・今日は久し振りの職員室一番乗りでした。百人超の教職員がいるマンモス職員室です。

 茶華道部が,今日の入学式のために花を活けていました。
 

 今年はゆっくりと桜の花を愛でることがなかったので,茶華道部が活けた花を愉しみました。

 入学式前のホームルーム登校で,クラス担任の先生からの初めての話・・・廊下から窺いました。生徒も教師も緊張の趣きでした。

さくら,サクラ,桜,櫻・・・そして選挙

昨晩,激しい雨音をガラス越しに耳にしました。今朝の神戸は,雨は上がっていましたが花冷えの朝でした。昨夜の雨で,アスファルトの上に桜の花絨毯・・・

 JR神戸線の灘駅の北口には桜の木が何本かあるのですが,木の下は,此処も桜の花絨毯でした。

さくら,サクラ,桜,櫻・・・ひらがな,カタカナ,漢字,旧字と,それぞれにちょっとニュアンスを感じます。今朝,目にした桜の花絨毯は・・・「さくら」ではなくて「桜」のように思えます。

 統一地方選,今回は神戸市議会議員選挙と兵庫県議会議員選挙です。仕事帰りに区役所に立ち寄って期日前投票をしました。昨年末の国政選挙の時は,区役所の入り口に大きな立て看板がありましたが,今回は,ちょっと貧相な「垂れ幕」のような案内でした。 

 期日前投票に,待ち行列に並んだこともありましたが,今晩は閑散としていました。選選挙に行った証明の「投票済証」です。

 投票済証の上のマークは,神戸市の市章・神戸市のシンボルマークです。

「まれ」

「まれ」・・・先週からはじまった朝ドラです。

 石川県の能登半島にある輪島市にある外浦村(そとらむら)・・・架空の村ですが,輪島市に隣接して輪島市に合併した村がモデルなのかもしれません。

 今朝の放送で,輪島の朝市が舞台となっていました。懐かしくその場面を見てしまいました。能登を訪れたのは・・10年前の2005年の8月です。テレビで映し出された映像を目にして懐かしくなって,パソコンのハードディスクに保存していたデジカメのデータを探して・・・

 金沢を早朝に出て,輪島の朝市を散策して,そのまま神戸に向かったので,輪島の思い出は,この朝市しかありません。

 結構大きな朝市で,デジカメの写真が約50枚撮っていました。

 能登半島の思い出は「輪島の朝市」と,もう一つは能登半島西岸の砂浜を走る「千里浜なぎさドライブウェイ」です。波打ち際をドライブできるのは日本で唯一で,砂浜に道路標識が立っています。

 テレビドラマを見ていて,訪れたことがある処や,歩いたことがある道が映し出されると,真剣に見てしまいます。

船場

船場・・・大坂の町人の町を指し示す地名で,江戸期から明治期まで,大阪の町人文化や商業の中心地であった処です。

 船場の起源は秀吉が石山本願寺跡に大坂城を築城した折に、秀吉の家臣や多くの武士が大阪城周辺に集まって、彼らが使う武器や武具,それに日用の食料や生活用品などを調達するために堺や京都などから町人を強制的にこの周辺に移住させて城下町を整備したのが船場の起源のようです。

 船場とは,

・東端 – 東横堀川
・西端 – 西横堀川 (ほぼ現在の四ツ橋筋)
・南端 – 長堀川 (埋め立てた後が長堀通り)
・北端 – 土佐堀川(土佐堀川左岸の土佐堀通り)

 この範囲のようです。

心斎橋で開催された5日間の集中講義形式の教員免許更新講習の受講のために,大阪梅田から,御堂筋,四ツ橋筋,堺筋を歩いたり,帰路に難波駅から阪神なんば線経由で帰る途中に道頓堀に立ち寄ったりした時に目にした光景を,新しくページに起こしました。

大坂の町
http://itsumi.citykobe.jp/201503osaka/