踊り

 2~3日前にアメリカ文学の研究者で、かつ詩人の加島祥造の訃報を目にしました。残念ながら加島祥造のことを知らず、ざっと訃報に目を通しただけでしたが、今朝の中日新聞のコラム・中日春秋で加島祥造を取り上げていました。

「愉快だ。私たちは普段、何かの目的のために手を動かす。だが、その目的を捨てて動かしたらどうなるか」

「僕はね、それは踊りになるんじゃないかと思う。踊りというものの美しさは、なんの目的もなく動いていることだ」

「目的のないことが、踊りのすばらしさ」

   加島祥造『アー・ユー・フリー? 自分を自由にする一〇〇の話』、小学館、2014年

中日春秋のコラムニストは、

 「競争に勝つため、いかに効率よく目的を達成するかという声ばかり大きくなる社会に、加島さんはのんびりした語り口で問い掛けた。外から求められる目的を忘れ、自分の内なる声に耳を傾けたらどうなるか?」 ・・・と書いていました。


 
 このコラムを目にして、加島祥造のことが気になって調べてみました。もっとも有名なのは、詩集「求めない」でした。

求めない-
すると
  もっと大切なものが見えてくる
それは
  すでに持っているもののなかにある

      加島祥造『求めない』小学館、2007年

「目的のないことが、踊りのすばらしさ」という加島祥造のフレーズに惹かれました。「為にする」(ある目的に役立てようと、下心をもってことを行う)とは正反対のように思います。踊ること、それ自体が楽しい・・・それが踊りの本質であり、踊りの愉しさかもしれません。

 一生懸命に「型(かた)」を覚えて美しさを醸しだそうとする練習よりも、踊ること自体が楽しく、そのことが仕草や姿勢に顕れれて、それが「形(かたち)」になる・・・見る人が見れば、ほんとうの踊りの美しさは一目瞭然なのかもしれません。