京都大仏

 8月に京都の国立博物館を訪れた時に、隣接する方広寺を翌週にも訪れようと思いながら・・・遅くなってしまいました。週末の「歴史秘話ヒストリア」で京都大仏を取り上げていたので、今日、京都に向かいました。

 阪急河原町で降りて、高瀬川沿いを南に下って・・・賀茂川に架かる「正面橋」です。正面とは、大仏さんの正面という意味だそうです。この橋を渡って、正面通りを東に向かいと方広寺と豊国神社となります。

豊国神社には秀吉の千成瓢箪がありました。

 豊国神社に隣接する方広寺、そして巨大な鐘「国家安康の梵鐘」です。

 梵鐘の銘文には「国家安康」「君臣豊楽」の句があり、徳川家康の「家」と「康」を分断し「豊臣を君主」とし、家康及び徳川家を冒瀆するものと捉えられて、これがトリガーとなって大坂の陣による豊臣家滅亡を招いた・・・あの鐘です(方広寺鐘銘事件)。

 方広寺の裏には、秀吉が建立した大仏が納められた大仏殿の跡地が公園となっています。

 この囲いの中に大仏が鎮座していたそうです。

 正面通りに「甘春堂」という京菓子の店があり、ここに昔からの製法で作られた「大仏餅」が販売されています。

 お土産に買って帰りました。

 秀吉のお墓、豊国廟に向かいました。東山七条の交差点を東へ、知積院と妙法院の間の坂を上って京都女子大の横を通って・・・

 参殿料の100円を払って、313段の階段を・・・

門の奥の172段の階段の上が阿弥陀ヶ峰(標高196m)の山頂となり秀吉のお墓があります。

総合計523段の階段を上ってたどり着きました。

阿弥陀ヶ峰は清水寺の南に位置します。木立の隙間から清水さんの舞台が見えました。 

 階段を下りると、これから階段を登ろうとするグループとすれ違いました。階段を見上げて・・・全員足が止まって、なかなか上ろうとしませんでした。

 五条坂を上って、産念坂と二年坂を下って、八坂神社へ。ちょうど結婚式が終わって、花婿と花嫁が出てきました。

 知恩院の三門の階段を上って、神宮道を北へ、白川の流れに近い「明智光秀の塚」に立ち寄って、仁王門通りを東へ向かって南禅寺。そして哲学の道

 今日は、先週買ったコンパクトな標準ズームを一眼レフに付けて写真を撮っているので、コンパクトカメラでは撮れないような写真を・・・

 このボケ具合もコンパクトカメラではむつかしいです。

 銀閣前から今出川通りを西へ、百万遍を経由して出町柳へ。京阪で祇園四条まで、河原町から阪急に乗って神戸に戻りました。

 帰りに数年ぶりに、フルボディーの赤ワインを買いました。スペインのワインで売れているそうです。以前は数千円のワインを惜しげもなく買っていたこともありましたが、一本1500円は、最近買うワインの値段としては高目です。

今日の活動量計・・・

・最大強度運動 4分
・無酸素運動 8分
・有酸素運動 38分
・脂肪燃焼5時間9分
(エクササイズ時間 6時間8分)

歩数計では・・・

・歩数 38094歩 (階段1090歩、早歩き 288341歩)
・歩行距離 28.2km
・活動エネルギー 1834kcal
・総消費カロリー 3309kcal
・燃焼脂肪量 113.9g

帰宅後の体脂肪計・・・

・体重 62.7kg
・体脂肪率 13.8%
・内臓脂肪スコア 7.5

波音 & 虫の音

日の出の時刻が日毎に遅くなって、午前6時頃は、まだ薄暗い状態です。今朝は6時15分ぐらいに自宅を出発して、舞子公園を経て明石海峡を左手に眺めながら国道2号線沿いを西へ、国道28号線に入って大蔵海岸、そして明石の街中を通り抜けて、県道554号姫路明石自転車道線を只管西へ・・・

 播磨灘の沖では昼網の漁船が漁をしていました。

 魚住の住吉公園の境内です。ここで虫の音の生録をしました。ICレコーダにワンポイントステレオマイクをつないで、草叢近くで・・・

 今朝は東二見まで、片道21キロあまりの地点まで行きました。そこでUターンして江井ヶ島海岸で小休止

 帰路は向かい風、疲れも相まって自転車をこぐ負荷が大きく、脈拍を見ながらスピードを調整しました。

 松江海岸の砂浜で、打ち寄せる波音を生録・・・

 そして大蔵海岸で「朝ラ・ムー」しました。冷凍庫のホテルパンが残り少なくなっていたので買い足しです。

 今朝の活動量計は・・・

・最大強度運動 23分
・無酸素運動 74分
・有酸素運動 38分
・脂肪燃焼運動 49分
・消費カロリー 2735kcal
・歩数換算 17658歩

CyclingLoad

 今朝も自転車で播磨灘沿いの往復32キロを自転車で走りました。

 舞子海岸からは、明石海峡を朝日が照り輝かせる光景、でも明石海峡や淡路の上空は低い雲に覆われています。

 JR神戸線の朝霧駅付近、神戸市と明石市との市境付近の「狩口」の交差点で、国道2号線と国道28号線との分岐点があります。

 国道28号線は神戸駅の北側のガード下が始点で、その後国道2号線との重複区間が続いて、此処から分岐して、淡路・岩屋とを結ぶフェリー乗り場まで・・・。でも明石海峡大橋が開通して、そのフェリーは休止、そして廃止となってしまったので、この分岐点から西へ向かっても淡路・徳島へ行くことが出来なくなってしまいました。国道28号線の標識自体も古くなったままです。

 大観橋で明石川を渡って、自転車専用県道を走って・・・松江海岸から撮った写真です。手前が松江海岸、背景が淡路島という構図です。

 時折、小雨がパラパラと・・・自宅から約16キロの地点の江井ヶ島海岸です。雲が低く垂れさがって・・・・

 江井ヶ島海岸で折り返して、向かい風だったのが帰りは追い風になりました。大蔵海岸まで戻ると、東の空に雲の合間から青空がのぞいていました。

 大蔵海岸のディスカウントショップ「ラ・ムー」に立ち寄りました。

 往復32.5キロを約2時間で走りました。

・最大強度運動 33分
・無酸素運動 47分
・有酸素運動 21分
・脂肪燃焼運動 33分
・消費カロリー 1470kcal
・歩数換算 13055歩

 涼しくなったとは言え、携行した1リットルの麦茶は飲み干して、自宅に戻ると汗だく、シャワーを浴びると汗が噴き出して・・・でも真夏と違って、数分で汗が引きました。台風一過で、昨晩は久し振りにエアコンなしで就寝、気温が一気に下がって、秋風を実感します。

レンズ

 昨日は台風が神戸の南を横断して、今日は台風一過の晴れ間・・・は現れず、どんよりとした低い雲が垂れ下がっていました。

 一眼レフ・カメラのコンパクトな標準ズームが故障してオートフォーカスが機能しなくなっていました。ネットで調べるとレンズ内部の配線の断線が原因のようで、修理には1万円以上掛かるようです。このレンズは大阪の八百富写真機店で中古で5000円ほどで買ったものです。修理は躊躇して、広角ズームや単焦点レンズ、高倍率ズームをカメラに付けて使っていました。

 単焦点レンズは写りが良いのですが、コンパクトな標準ズームは使い勝手が良くて便利です。ネットでカメラのキタムラ福島店で、良い中古品を見つけて予約しました。カメラのキタムラは最寄りの店舗に取り寄せて確認して購入できるので、玉津店に届いた旨の連絡をもらって、カメラを持って店舗に行きました。美品でAランク、未使用品だそうです。購入しました。

 左側が八百富で買ったIS(手振れ補正)付きのレンズ、右側が今回キタムラで買ったIS STM(手振れ補正 ステッピングモータ)です。

浜の散歩道

 昨晩は、睡魔に襲われて、10時過ぎに就寝、活動量計を腕に装着して寝ました。約8時間の睡眠で、深い眠りが約5時間でした。

 夏の間は、毎日のように自転車で走っていましたが、今朝は半月ぶりに朝のサイクリングです。舞子海岸から望む海峡越しの淡路の島影と架け橋、台風接近の影響かなのか淡路島の上空には低い雲が垂れ下がっていました。

 明石川の最も河口側にある大観橋の西詰から江井島海岸まで「明石浜の散歩道」が整備されています。県道554号姫路明石自転車道線の一部です。

 明石川の河口、うっすらと海峡越しに明石の島影、そして行き交う漁船・・・

 林崎漁港を過ぎて、松江海岸から江井島海岸までは砂浜沿いの自転車県道部分です。この辺りは「ウミガメが産卵する砂浜」です。

 浜の散歩道の終点・江井島海岸です。自宅から約16キロの距離で、時速20キロ程度で走るとちょうど1時間かかります。

 ここで休憩して折り返し、砂浜沿いの自転車専用県道を走ります。正面には明石海峡大橋の主塔がかすかに見えます。

 曇天だったのが、大蔵海岸に着いた頃には、雲の合間から陽射しが明石海峡の海面を輝かせていました、

今朝は往復32キロを2時間余り走りました。

活動量計では・・・

・最大強度運動 34分
・無酸素運動 57分
・有酸素運動 26分
・脂肪燃焼運動 32分
・消費カロリー 1535kcal
・歩数換算 12445歩
 

就職試験解禁日

 ニュースで大卒の就活に関する情報が流れることがありますが、高卒に関しての情報がニュースとなることはかなり稀です。

 高卒(新卒)の就職活動の解禁日は毎年7月1日です。この日以降、各事業所はハローワークを通して高校への求人票を出すことがOKとなり、高校と事業所との間で就職に関しての情報のやり取りが可能になります。また高校生も求人票を見て、応募前見学ができるようになり、実際の事業所の様子を見ることができます。

 そして9月5日が、高校から事業所に対して応募書類の送付、応募の解禁日となります。そして9月16日が就職試験の解禁日・・・今日が、その解禁日でした。

 実際に働く事業所で試験を受ける者、神戸や大阪の本社やオフィスで受験する者、そして東京の本社に行って試験を受ける者もいます。試験の内容もさまざまで、面接だけのケースもあれば、何科目も筆記試験があったり、集団面接があったりします。

 午前中で試験が終わって、終わった旨の報告の電話が入り、そして学校に戻って受験報告書を書く生徒も、午後まで試験があって、夕方に戻ってくる生徒も多かったです。

 ・・・慌ただしく一日が過ぎ去りました。

 勤務校近くのコンビニ跡、時々利用していましたが、久し振りにこの近くを歩くと閉店していました。店の前にキュービクルが残されていました。コンビニには大きな冷蔵庫があり、自家用変電設備を備えているケースも多いそうです。

 今日一日の活動量は・・・

・有酸素運動 2分
・脂肪燃焼運動 1時間28分
・消費カロリー 2179kcal

歩数計タイプの活動量計では、

・活動エネルギー 1046kcal
・総消費カロリー 2707kcal
・燃焼脂肪量 51.9g
・歩数 16190歩(階段300歩、早歩き 9209歩)
・歩行距離 12.0km

 帰宅してシャワーを浴びた後の体組織計で、

・体重 63.1kg
・体脂肪率 13.9%
・内臓脂肪スコアー 7.5

BlueLightYokohama

再放送されている朝ドラの「てるてる家族」は、歌手・いしだあゆみの家族をメインにしたドラマです。ドラマの最初の方では、いしだあゆみの妹が日清食品を興した安藤百福が自宅でチキンラーメンの開発をするのを手伝うシーンがあり、また少女期のいしだあゆみが、グルノーブルオリンピック代表となった姉の石田治子と共にスケートの練習をするシーン、また末の妹・石田ゆりが宝塚音楽学校に入学してタカラジェンヌを目指すシーンがあります。

 今週は、いしだあゆみが「ブルーライトヨコハマ」のレコードを出してヒットするというストーリです。その中で、地方のキャバレーで歌う中年の歌手役として、いしだあゆみが出演しました。

 このシーンを見てブルーライトヨコハマの唄を聞いていると、横浜に行きたくなりました。

今朝、三ノ宮駅で降りて、一駅分歩く途中、新生田川を渡る付近で目にした東の空に浮かぶ雲を見上げて・・・カバンからカメラを取り出しました。

乃木希典と漱石

 今日、9月13日は、明治天皇の大葬があった日(大正元年1912年)です。そして、この日は、乃木希典(乃木大将)が、妻・静子と共に殉死した日でもあります。漱石は、小説「こころ」を通して、乃木大将の死を「明治の精神に殉死」として語っています。

「私は殉死という言葉をほとんど忘れていました。
平生使う必要のない字だから、記憶の底に沈んだまま、
腐れかけていたものと見えます。妻の笑談を聞いて
始めてそれを思い出した時、私は妻に向ってもし自分が
殉死するならば、明治の精神に殉死するつもりだと
答えました。私の答えも無論笑談に過ぎなかったの
ですが、私はその時何だか古い不要な言葉に新しい
意義を盛り得たような心持がしたのです。

 それから約一カ月ほど経ちました。御大葬の夜
私はいつもの通り書斎に坐って、相図の号砲を聞き
ました。私にはそれが明治が永久に去った報知のごとく
聞こえました。後で考えると、それが乃木大将の永久に
去った報知にもなっていたのです。私は号外を手に
して、思わず妻に殉死だ殉死だといいました。

 私は新聞で乃木大将の死ぬ前に書き残して行った
ものを読みました。西南戦争の時敵に旗をられて以来、
申し訳のために死のう死のうと思って、つい今日まで
生きていたという意味の句を見た時、私は思わず指を
折って、乃木さんが死ぬ覚悟をしながら生きながらえ
て来た年月を勘定して見ました。西南戦争は明治十年
ですから、明治四十五年までには三十五年の距離が
あります。乃木さんはこの三十五年の間死のう死のうと
思って、死ぬ機会を待っていたらしいのです。私は
そういう人に取って、生きていた三十五年が苦しいか、
また刀を腹へ突き立てた一刹那が苦しいか、どっちが
苦しいだろうと考えました。

 それから二、三日して、私はとうとう自殺する
決心をしたのです。私に乃木さんの死んだ理由が
よく解らないように、あなたにも私の自殺する訳が
明らかに呑み込めないかも知れませんが、もしそうだと
すると、それは時勢の推移から来る人間の相違だから
仕方がありません。あるいは箇人のもって生れた
性格の相違といった方が確かかも知れません。私は
私のできる限りこの不可思議な私というものを、
あなたに解らせるように、今までの叙述で己れを
尽したつもりです。

 私は妻を残して行きます。私がいなくなっても
妻に衣食住の心配がないのは仕合せです。私は妻に
残酷な驚怖を与える事を好みません。私は妻に
血の色を見せないで死ぬつもりです。妻の知らない
間に、こっそりこの世からいなくなるようにします。
私は死んだ後で、妻から頓死したと思われたいの
です。気が狂ったと思われても満足なのです。

      「こころ」夏目漱石 青空文庫より