和解の象徴

 今朝、テレビを観ながら朝食を摂っていると、ハワイから中継画面に切り替わりました。今日、安倍首相とオバマ大統領が共にハワイの真珠湾で慰霊することは知っていましたが、日本時間で、このような早朝になるとは思いませんでした。朝食を摂り終わってからもテレビの中継映像を見ていました。

 真珠湾の「アリゾナ記念館」でオバマ大統領と共に安倍首相が「慰霊の間」の戦没者の名前が壁一面に刻まれた壁の前で花輪に触れて慰霊の意を表し、そして二人で黙祷・・・

 その後、デッキから花びらを海に撒いて、そして安倍首相とオバマ大統領が、それぞれ15分あまりの所感をスピーチしました。

・・・オバマ大統領、アメリカ国民の皆さん、世界の、様々な国の皆さん。私は日本国総理大臣として、この地で命を落とした人々の御霊に、ここから始まった戦いが奪った、全ての勇者たちの命に、戦争の犠牲となった、数知れぬ、無辜(むこ)の民の魂に、永劫の、哀悼の誠を捧げます。

 戦争の惨禍は、二度と、繰り返してはならない。私たちは、そう誓いました。そして戦後、自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら、不戦の誓いを貫いてまいりました。

 戦後70年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たち日本人は、静かな誇りを感じながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。この場で、戦艦アリゾナに眠る兵士たちに、アメリカ国民の皆様に、世界の人々に、固い、その決意を、日本国総理大臣として、表明いたします。・・・

安倍首相のスピーチ、平成28年12月27日 日米両首脳によるステートメント
http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/statement/2016/1227usa.html

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Here at Pearl Harbor, America’s first battle of the Second World War roused a nation. Here, in so many ways, America came of age. A generation of Americans — including my grandparents — the Greatest Generation — they did not seek war, but they refused to shrink from it. And they all did their part on fronts and in factories. And while, 75 years later, the proud ranks of Pearl Harbor survivors have thinned with time, the bravery we recall here is forever etched in our national heart.

I would ask all our Pearl Harbor and World War II veterans who are able to, to please stand or raise your hands — because a grateful nation thanks you.

The character of nations is tested in war, but it is defined in peace. After one of the most horrific chapters in human history — one that took not tens of thousands, but tens of millions of lives — with ferocious fighting across this ocean — the United States and Japan chose friendship and peace.

Over the decades, our alliance has made both of our nations more successful. It has helped underwrite an international order that has prevented another World War and that has lifted more than a billion people out of extreme poverty.

And today, the alliance between the United States and Japan — bound not only by shared interests, but also rooted in common values — stands as the cornerstone of peace and stability in the Asia Pacific and a force for progress around the globe. Our alliance has never been stronger.

オバマ大統領 The Japan Times
 http://www.japantimes.co.jp/news/2016/12/28/national/politics-diplomacy/full-text-president-obamas-speech-pearl-harbor/#.WGOh7OS7pjo

ここ真珠湾での、第2次世界大戦のアメリカの最初の戦いが、国民を目覚めさせました。ここで、多くの点で、アメリカは成熟しました。私の祖父母を含む多くの世代のアメリカ人は、戦争を求めませんでした。しかし、戦争に背を向けることをせず、それぞれの持ち場で役割を果たしました。そして75年後、真珠湾攻撃の生存者は、時間の経過とともに少なくなっています。この場で私たちが思い出す勇者は、私たち国民の心に永遠に刻まれています。

真珠湾と第2次世界大戦の退役軍人のみなさん、可能な方は、立ち上がるか、手を上げてください。みなさんの功績に感謝しています。

国の本質は、戦争において試されますが、平時において定義されます。
先の大戦は、数万ではなく、数千万の命が失われた人類史上、最も恐ろしい出来事の1つです。大平洋で展開された悲惨な戦闘が終わり、アメリカと日本は友情と平和を選びました。過去、数十年にわたり、私たちの同盟は、両国をより繁栄させました。

同盟は、国際秩序を構築し、それによって新たな世界大戦を防ぎ、多くの人々を極度の貧困から救うことができました。

今日、アメリカと日本の同盟は、共通の国益のみならず、共通の価値に基づいて結ばれ、アジア太平洋の平和と安定の礎となっており、世界が前進していく力となっています。

米オバマ大統領 NHK日本語訳
 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161228/k10010822691000.html

 今日は一日お休みをとりました。お昼前に駅前に・・・垂水商店街はたくさんの人出でした。

 やっと野菜の値段が下がって、それでもキャベツ一玉200円、白菜一束300円と、まだ割高ですので、今朝は買いませんでした。

 昨日は朝夕の通勤時に雨が降って、時折雨脚が強まっていましたが、今日は穏やかな冬の好日、でも気温は昨日より下がって寒かったです。

合理的配慮(reasonable accommodation)

 2006年12月13日の第61回国連総会において採択された障害者の権利に関する条約の中に合理的配慮(reasonable accommodation)という言葉が使われています。アメリカでは19世紀の判例にも見られる言葉で、一定の理にかなった措置・調整を意味する熟語と捉えられているようです。

障害者の権利に関する条約(Convention on the Rights of Persons with Disabilities)の第2条「定義」において、

「障害に基づく差別」とは、障害に基づくあらゆる区別、排除又は制限であって、政治的、経済的、社会的、文化的、市民的その他のあらゆる分野において、他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を認識し、享有し、又は行使することを害し、又は妨げる目的又は効果を有するものをいう。障害に基づく差別には、あらゆる形態の差別(合理的配慮の否定を含む。)を含む。
“Discrimination on the basis of disability” means any distinction, exclusion or restriction on the basis of disability which has the purpose or effect of impairing or nullifying the recognition, enjoyment or exercise, on an equal basis with others, of all human rights and fundamental freedoms in the political, economic, social, cultural, civil or any other field. It includes all forms of discrimination, including denial of reasonable accommodation;

「合理的配慮」とは、障害者が他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう。
“Reasonable accommodation” means necessary and appropriate modification and adjustments not imposing a disproportionate or undue burden, where needed in a particular case, to ensure to persons with disabilities the enjoyment or exercise on an equal basis with others of all human rights and fundamental freedoms;

「ユニバーサルデザイン」とは、調整又は特別な設計を必要とすることなく、最大限可能な範囲で全ての人が使用することのできる製品、環境、計画及びサービスの設計をいう。ユニバーサルデザインは、特定の障害者の集団のための補装具が必要な場合には、これを排除するものではない。
“Universal design” means the design of products, environments, programmes and services to be usable by all people, to the greatest extent possible, without the need for adaptation or specialized design. “Universal design” shall not exclude assistive devices for particular groups of persons with disabilities where this is needed.

「合理的配慮」の「accommodationとしての配慮」とは、 辞書によれば「融通」や「貸し付け」或いは「和解」や「調停」というニュアンスを持った言葉で、それを踏まえて「住む(宿泊する)ための下宿・アパート・ホテル」を指し示す言葉でもあり、「便宜」や「助け」という意味があります。基本的には『相互の合意や契約に基づく「便宜」や「助け」』というような意味を持つ言葉が「配慮(accommodation)」です。

 それに対して同じような言葉として「modificationとしての配慮」があります。これは「緩和」や「手加減」というニュアンスがある言葉で「変更」や「修正」の意味で使われたり、或いは「適応」や「特別扱い」と訳される言葉です。

 
「accommodationとしての配慮」と「modificationとしての配慮」との意味の差異を考えると、「合理的配慮(reasonable accommodation)」とは、あくまでも「障害(disability)」に対して、特別扱いするのではなくて、障害による障壁を取り除いて、或いは双方の合意の下に合理的な融通や助けを行うこと・・・これが合理的配慮の意味です。

 「合理的配慮(reasonable accommodation)」と似て非なるものとしての「不合理的な配慮(unreasonable modification)」とは、合理性がない感情論または責任回避として、一方的に特別扱いをすること、そもそものルールを無理矢理に修正或いは拡大解釈して手加減をすることです。

 あくまでも「合理的配慮」は「契約」であり「権利」であり、必要性と適切性を合理的に説明できる責任(accountability)の上で双方の合意・契約の下で行われる融通や助け(help)であって、一方的な特別扱いでは決してないということです。

「授業の評価」に関して検討する中で、滋慶医療大学院大学の岡耕平先生の「工業系高校における合理的配慮」の講演(平成28年日本工業技術教育学会近畿支部研究大会、Dec10,2016)の趣旨が思い出されます。岡先生は、進路多様校で実際にフィードワークされる中で、ごく普通の無気力な生徒に対する「合理的配慮(reasonable accommodation)」を装う「不合理的な配慮(unreasonable modification)」が横行していることを経験されたようです。ノート点、出席点の名の下で嵩上げされた成績、観点別評価を隠れ蓑にして、教室に座っているだけ、ただただ黒板をノートに書き写すだけの「作業」、プリント類の提出するだけで、主観的に「興味や関心がある」、「学ぶ姿勢が見られた」と加点を重ねることによって、ほんとうの生徒の「わかる」とは乖離したハリボテの成績が一人歩きして単位修得・卒業の根拠となってしまう・・・。ほんとうの生徒の実力を測っていない成績は、生徒の学力の尺度として不適切とも言えます。

 基礎学力を考える時に、「不合理的な配慮(unreasonable modification)」が『学びの場』を破壊しているのかもしれません。

ライティング

 今朝も元町駅から職場まで歩きました.夜明け前の大丸神戸店

 元町商店街のライティングは三ノ宮センター街とは違って色温度が低い照明を使っているので,落ち着いた感じがします.

 三ノ宮神社近くの旧西国街道沿いの店舗照明です

 そして路地裏・・・色温度の高いLEDが多用されている表通りと違って,路地裏は照度も低く,良い雰囲気を醸し出しています.

 路地裏を彷徨って,良い感じの光景にレンズを向けました.

 早朝の三ノ宮の街では、ゴミの収集車をよく見掛けました.

 三ノ宮の街を離れて・・・生田川を渡って大安亭商店街,早朝から何軒かは店開きしていました.三ノ宮とは違った早朝の光景です。

千種川

 西播を流れる千種川沿いの,軽便鉄道の赤穂鉄道が走っていた辺りの光景が急に見たくなって,夜明け前に自宅を出ました.

 第二神明から加古川バイパス,車も少なく快適に西に向かっていましたが,加古川の手前で急に渋滞・・・前の車が一斉にハザードランプを点滅して次々に停車,早朝から急に西向きが渋滞というのも変なのでラジオの道路情報を聞くと,加古川で西向きの車線で事故があったようです.

 結局,十数分間ノロノロ運転して加古川東ランプで降りることになりました.

 国道250号線経由で高砂西ランプから姫路バイパスと太子竜野バイパス経由で龍野まで,国道2号線で有年まで行って,県道90号線を千種川右岸を下流に向かって・・・赤穂鉄道の周世駅があった辺りへ・・・此処からの眺めがお気に入りです.千種川を渡る山陽新幹線の高架が見えます.

 千種川の河川敷・・・セイタカアワダチソウが朝日に輝いていました.

 川沿いに靄が立ち込めて,幻想的な光景でした.

 坂越浦まで行って,大避神社の沖目に浮かぶ生島(いきしま),畿内から坂越に逃れ、坂越で没した秦河勝の墓がこの島にあるそうです.生島樹林として国の天然記念物に指定されているために島に上陸することができません.

秦河勝は世阿弥の「風姿花伝」にも登場する古代日本の人物です。大避神社の主神は大避大神・・・秦河勝です。

 帰路は国道250号線そして旧浜国道経由でお昼前に舞子に辿り着きました.明石海峡の海面が、冬のやさしい日射しで照り輝いていました。

初冬の播磨

 朝,野菜の直販所での買い出しもあったので,朝の播磨路をドライブしました.青野ヶ原には現在も自衛隊の演習場がありますが,元々は明治22年に旧陸軍の軍馬育成場として開設され,その後陸軍省が830ヘクタールの面積を買収して演習場を開設した経緯があります.

 三島由紀夫は本籍地の志方村で検査を受けて,青野ヶ原で入隊したようです,小説「仮面の告白」の中で,入隊の日のことを

「・・・風邪で立っていることもできないほどだった。青野ヶ原の検査会場で、獣のように丸裸にさせられウロウロしているうちに何度かくしゃみをした。風邪のために熱が高く血沈を示したので肺浸潤といわれ、即日帰郷を命じられた・・・」

 三島が,加古川から列車で青野ヶ原駅に降り立ったのか・・・わかりません.

 青野ヶ原駅ではICCOCAの簡易改札機が設置されていました.

 加古川線は単線で,彼方に見える山並みが志方村の辺りとなります.

 小野市の畑,冬場のこの時期はお休みのようです.

ドッグ・検査

 2週間前に受けた脳ドックの再検査を受けました.此処のクリニックは、大きな病院にもなかなか設置されていない超高磁場3.0テスラのMRIがあります.此処でMRIの検査を受けるのは7年ぶりです.待合室には人型ロボットが置いていました.

 MRI検査後のドクターの説明では,7年前に此処でMRIの検査を受けた時の画像と変化はなく、何の問題も心配もないとのこと,脳ドッグの時に見せられたぼんやりした画像とは解像度が格段に違う画像で丁寧な説明を受けました。3.0テスラのMRIで検査した画像は、語弊があるかもしれませんが、脳ドッグの画像が小さな天文台の望遠鏡で撮った大気の影響でぼんやりした画像とすれば、3.0テスラのMRIの画像は、まるでハッブル望遠鏡の画像のようにハッキリクッキリしており,更に3次元処理した画像は,大変わかりやすかったです.

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 午後から出勤,ディーラーに連絡して車の定期点検を急遽お願いすることになりました.下沢通のディーラで車を預けて仕事帰りに乗って帰ることにしました.車を預けて兵庫駅からJRに乗りました.

 明治21年に当時の山陽鉄道が,兵庫駅と明石駅間で開通した時に開業した駅で,翌明治23年には官設鉄道の神戸駅まで延長されて明治22年に新橋ー神戸間が開通していたので,兵庫駅を経由して明石と新橋が結ばれたことになります.さらに明治23年には和田岬線が開通しています.

 職場の先輩が利用している大日商店街の弁当屋さんに立ち寄りました.ここで弁当を買うのは久し振りです.

 500円の弁当の隣に350円の弁当があり,こちらを選びました.

 仕事帰りにディーラに立ち寄って・・・半年後には7年目の車検になるので、そろそろ買い替えを・・・と担当者から商談を仕掛けてきます。こんど買い替える時には自動ブレーキが搭載された車を選ぼうかと考えています。

朝の光景(三ノ宮から・・・)

普段は,三ノ宮駅から職場までの一駅分をJR高架の南側を歩くのですが,今朝はJRと並行する阪急の高架の北側のルートを歩きました.三ノ宮駅の東側すぐの高架下に「トレイン」という名前の喫茶店がありました.外からガラス越しに覗くと,座席がなんとなく列車の座席を模しているようです.

新・生田川の右岸にある「神戸一中の蹟」,明治29年に兵庫県で2番目の中学校として開校した神戸尋常中学校。明治40年に兵庫県立第二神戸中学校が新設されて、兵庫県立第一神戸中学校に改称し、昭和13年に現在地に移転した神戸高校の発祥の地の石碑です。開校当時は、神戸の東の端だった処です。

 春日野道駅の近くの高架下に50円の自動販売機が置いていました.

 この辺りはJR神戸線の複々線と阪急神戸線の複線が並行しており,高架下の空間が幅広くなっています.

朝の光景(元町から・・・)

本務校の最寄り駅・JR神戸線の灘駅の一駅手前の三ノ宮駅で降りて,普段は一駅分の約30分を歩いているのですが,今朝は二駅手前の元町駅で降りて職場まで歩きました.大丸神戸店前のスクランブル交差点の辺りは,年末の夜は華やかで人通りも多いのですが,夜明け前は人通りも車の通行量も少なく静かです.

三ノ宮センター街,早朝は人通りも稀で,年末商戦の荷物の運び込みのトラックが列をなしていました.

三ノ宮駅東口のスクランブル交差点,バスターミナルが隣接しているので,早朝から多くのバスが行き来していました.

旧西国街道沿いの歩道に,格安チケットの自動販売機が2台並んでいます.結構需要が多いようです.