ヴィスタ

3年ほど前に大阪の天満宮を通った時に,天満宮の正面近くに「川端康成生誕の地」の碑があるのを偶然見つけました.

 川端は,明治32年6月14日に大阪市北区此花町一丁目で生まれたそうで,現在は大阪市北区天神橋一丁となります.そこには現在,相生楼という料亭があり,玄関先にこの石碑がありました。川端の小説を読み耽っていたのは十代後半から二十代の前半だったと思います.何度かの引っ越しで残念ながら文庫本で揃えていた小説は全て手元には残っていません.今手元にある川端の小説は,この十年ほどで買ったものばかりです.

 京都の北山が舞台の「姉妹」という小説,国境の長いトンネルを・・・で始まる「雪国」,鎌倉が舞台の「山の音」,掌編小説の作品集である「掌の小説」と,久し振りに読み返したいと思う小説は手元にはありません.

 職場の先輩からBSで放送された「山の音」の映画をブルーレイに録画してもらいました.この小説の中で,嵐の夜に音量を上げて音楽を聴いて興奮気味になっている息子の嫁の描写が記憶に残っており,夜に雨風が激しいと「山の音」を思い出して,音量を上げて音楽を聴く習慣がついています.

嵐の中の音楽 2014年10月13日
http://web.citykobe.jp/2014/10/13/
 印象的な小説のシーンとして,息子の嫁・菊子に慈童の能面をつけさせる場面があったはずですが,映画ではありませんでした.代わりに会社の部屋付きの女性社員に能面をつけさせていました.

 ・・・映画「山の音」を見ていて脳の奥底に沈みかけていた記憶がよみがえるような気がしました.最後のシーンを見ていて,此処は小石川の植物園かとも思いましたが,あそこには広い空間がありません.ネットでリサーチすると新宿御苑だそうです.

 2年前の8月に新宿御苑を訪れた時の写真を探しました.

 菊子が,息子と離婚する決心を義父に打ち明けるシーン,最後に義父が「東京の真ん中にこんな広い空間があるなんて・・・」と見渡したのに対して菊子が「ヴィスタを考えて設計されたそうです」と応えています.それに対して義父が「ヴィスタって何だい?」と訊いたのに対して「ヴィスタ・・・見通し線のことです」と応えています.

 小説では,菊子が離婚する決心を義父に打ち明けるシーンは,能面をつけた菊子との会話の中だったように思うのですが,記憶が曖昧なのか,それとも映画化の時に視覚に訴える脚色をしたのかもしれません.

 

格安チケット券売機

毎朝通勤で利用しているJR神戸線垂水駅の自動改札機,その真向いにチケットショップの格安チケットの券売機があります.主にバラ売りの回数券が揃っています.

 JRの改札口の目と鼻の先・・・確かに便利ですが,ちょっと「?」を感じる位置関係です.

一つの決心

三好達治の詩に「百舌(もず)」という作品があります.

槻(つき)の梢に 
ひとつ時默つてゐた
分別顏な春の百舌

曇り空を高だかと
やがて斜めに川を越えた

紺屋の前の榛(はん)の木へ・・・

ああその

今の私に欲しいのは
小鳥の愛らしい 一つの決心

三好達治,『閒花集』1934年

 記憶の奥底に忘れかけていた達治の詩が,ふと思い出されました.忘れかけていた思い,大切なもの,初心・・・

犀川と浅野川

 桜の季節が過ぎて5月のゴールデンウイークを目前とする季節となると躑躅(つつじ)の花が咲き乱れる光景が眩しく感じるようになります.

 躑躅の花が咲くのを目にすると、泉鏡花の「竜潭譚(りゅうたんだん)」を思い起こします。鏡花の作品の中で,私にとって義血侠血(滝の白糸)とともに最も鏡花らしい作品で,特に幻想的な竜潭譚はお気に入りです.

竜潭譚の冒頭の「躑躅が丘」・・・

「谷には菜の花は残りたり。路の右左、躑躅の花の紅なるが、見渡す方、見返る方、いまを盛なりき。ありくにつれて汗少しいでぬ。」

 姉より、一人では行ってはいけないとの言葉に背いて、丘の方に向かって…

「行く方も躑躅なり。来し方も躑躅なり。山土のいろもあかく見えたる。あまりうつくしさに恐しくなりて、家路に帰らむと思ふ時、わがゐたる一株の躑躅のなかより、羽音たかく、虫のつと立ちて頬を掠めしが、かなたに飛びて、およそ五、六尺隔へだてたる処に礫のありたるそのわきにとどまりぬ。」

 いつしか道に迷って、丘の反対側へ迷い込んでしまったようで、

「心着ば旧来し方にはあらじと思ふ坂道の異なる方にわれはいつかおりかけゐたり。丘ひとつ越えたりけむ、戻る路はまたさきとおなじのぼりになりぬ。見渡せば、見まはせば、赤土の道幅せまく、うねりうねり果はてしなきに、両側つづきの躑躅の花、遠き方は前後を塞て、日かげあかく咲込たる空のいろの真蒼き下に、彳むはわれのみなり。」

・・・青空文庫より

 今日職場で,金沢の話題となりました.最後に金沢を訪れたのは・・・2005年8月で12年前になります.金沢は女川の「浅野川」と男川の「犀川」に挟まれた町です.詩人の室井犀星の名前は犀川から名付けられたそうです.犀川の畔に犀星の文学館が建っています.犀星の詩で有名なのは「「ふるさとは遠きにありて思ふもの/そして悲しくうたふもの・・・」です.

 浅野川の畔には鏡花の文学館があります.そして浅野川の河畔には滝の白糸の石像があったのを探して見に行った記憶があります.浅野川と犀川に挟まれた金沢で,鏡花が異界の世界を描く竜潭譚をどのような体験やイメージから生み出したのか・・・探ってみたいと思っています.金沢の町を久し振りに訪れたくなりました.

minerals

 今年は久し振りに3年生で開講している「課題研究」を担当することになりました.週1回で3時間連続の授業です.

 「課題研究」のタイトルは工業技術英語です.「Basic Circuit Analysis」という英文の電気の入門書を輪講形式で進めようと計画を立てました.

 それにイントロダクションとして,工業技術英語検定の演習問題を用いることにしました.実際に生徒の反応を見ていると「Basic Circuit Analysis」の輪講は生徒には負荷が大きいようで,今日は前ふりの教材として用意した工業技術英語検定の演習問題に3分の2ぐらいの時間が掛かってしまいました.

 工業技術英語検定の演習問題で答に窮した問題文です,

A diverse group of organic molecules that are required for metabolic reactions and generally cannot be synthesized in the body.

 対応する単語として「minerals」と「vitamins」のどちらかで正解は「vitamins」なのですが,この文が当たった生徒は「minerals」と答えていました.

 問題文は「新陳代謝に必要とされ、一般に体内で合成することができない有機分子の多様なグループ」というような意味ですが,確かにミネラルも人間の体内では生成できないはずです.生徒にしっかりと説明できず最後は「正解がvitaminsだから・・・」という曖昧な説明で次の設問に進みました.

 ちょっと気になったので電子辞書でアレコレと調べると,「minerals」に対応する日本語はミネラルというカタカナで「わかったようなつもり」になっていましたが,ミネラルをカタカナではなくて日本語で表すと無機質や鉱物という言葉となることがわかりました.「organic molecules 」有機分子ですので無機質のミネラルは答えではないです. ミネラルが無機質・鉱物という単純な理科の知識が欠如していたことに気付きました.

桜の絨毯

 昨夜の神戸は春の嵐が通り過ぎました.未明まで警報が出ていましたが,朝になると時折雲の切れ間から陽射しを見ることができました.

 桜の木は,風と雨でほとんどの花が落ちていました.新生田川沿いの桜並木を探すと,まだ花開いている桜もありますが,背景に写り込むのは葉桜ばかりです. 

 花びら(花弁)が落ちて,がく、花冠、おしべ、めしべが付いた花床が,朝日に輝いています.

 桜並木の下は,昨晩の春の嵐で落ちた桜の花びらが,桜の絨毯のように広がっていました. 
  

 これからは躑躅(つつじ)の花が春の陽光に輝く季節となります.

 夜,ニュースを見ていると速報が画面に表示されました.

「英メイ首相 議会の解散・総選挙を表明「国民にEU離脱方針の信を問う」

 マレーシアでの金正男の殺害,シリア軍の化学兵器使用疑惑,米軍によるシリアへのミサイル攻撃,北朝鮮のミサイル発射と国際情勢が安定しているとは言えない情勢の中で,英国のEU離脱に関して動きがありました.

葉桜

 今日は午後から低気圧が接近して春の嵐となるようで,桜の花も今日を限りに散ってしまうかもしれません.朝,一駅手前のJR神戸線三ノ宮駅で降りて旧西国街道沿いを歩いて新生田川沿いの桜並木へ,もう五分葉桜から七分葉桜

 萌え出る若葉の瑞々しさと淡い桜の花とが調和した独特の光景.

 淡い桜の花が青々とした若葉の中で可憐に輝いている様子に見惚れて・・・

 お昼前から雨が降り続き,午後には強い雨となって午後3時過ぎには警報が出ました.帰宅時間は幸い小降りでしたが,また硝子戸の外では雨風が強くなってきました.春の嵐・・・

John3:16

世界的なスポーツの競技場のテレビ映像を見ていると,観客席を写した映像に時々「John3:16」と書かれたプラカードを見ることがあります.

For God so loved the world that he gave his one and only Son, that whoever believes in him shall not perish but have eternal life.
 John 3:16 New International Version (NIV)

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
  ヨハネによる福音書3章16節 新改訳聖書

今日は旧暦の3月21日です.春分の日(3月20日)が旧暦の2月23日で,春分の日の後の満月が4月11日(旧暦の3月15日)で,今日は「春分の日の後の最初の満月の次の日曜日」となり・・・今日はEaster,復活祭です.

 今年は西方教会(カトリック,プロテスタント)と東方教会(正教会)が同じ日にイースターを祝うことになります.

 十字架にかけられて死んだイエス・キリストが三日目に復活したことを記念するのがイースターです.新約聖書の十字架の「贖い(goel)」は旧約聖書では,また違った意味を持ちます.

 ナオミは嫁に言った。「生きている者にも、死んだ者にも、御恵みを惜しまれない主が、その方を祝福されますように。」それから、ナオミは彼女に言った。「その方は私たちの近親者で、しかも買い戻しの権利のある私たちの親類のひとりです。」
  ルツ記2章20節 新改訳聖書

 ここで「買い戻しの権利のある私たちの親類のひとり」が「贖い(goel)」です.goel(ゴエル)とはガーアル(gaal=買い戻す、近親者として買い戻しや復讐の務めを果たす)という動詞から来た名詞で,代価を払って買い戻す行為のことです.

 さらに旧約聖書をさかのぼると・・・

 あなたが贖われたこの民を、あなたは恵みをもって導き、御力をもって、聖なる御住まいに伴われた。
  出エジプト記15章13節 新改訳聖書

 エジプトで奴隷状態となったイスラエルの民を,神が大きな代価を払って救われた「贖い」を言い表しています.

 旧約聖書から新約聖書を貫く「贖い(goel)」を今日のイースターの日に心に留めたいと思います.