神戸の競馬場

 神戸の街には、かつて競馬場が存在していました。

 神戸港が開港して、外国人居留地の居留外国人のための居留地競馬が明治元年から数年間、当時の神戸の町外れとなる三宮にあった競馬場で開催されていたそうです。

 神戸にできた居留地の外国人が、神戸港の開港1年目のクリスマスを祝うイベントとして、居留地の北東側にあたる砂道を競馬場として競馬を開催したのが始まりだそうです。

 翌年もクリスマスに砂道を使った競馬が開催され、本格的な競馬場の建設の話が上がって、東西が生田神社と旧生田川、南北が西国街道と中山手通りに挟まれた生田宮村の土地に関して日本政府と借地契約を結んで競馬場の工事をして明治2年には競馬場が完成したとのこと。

 その後、明治5~6年後に不況となって、居留地在住の外国人の経済状態も悪くなったこともあって、借地の借地料が払えなくなって、競馬施行体ヒョウゴ・レース・クラブ(HRC)が解散して、そのまま競馬場は消滅したそうです。

 その後、競馬場の跡地には店舗が立ち並ぶようになり、これが現在の生田東門商店街(東門街)です。

 東門商店街の通りがS字に曲がっているのは、競馬場のコース形態の名残のようです。

 現在の三宮の繁華街は、居留地に近い場所、旧生田川跡の滝道に、鉄道のターミナル駅「三宮」が中核ですが、その前に、生田神社と競馬場跡の商店を中心にして町が形成されたようです。今も東門商店街の周辺は、大きな通りと斜交するような路地が残っています。