潜伏キリシタン

一昨日の6月30日にバーレーンで開催中の第42回世界遺産委員会において、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界文化遺産に登録されることが決定されました。

世界文化遺産となったのは、長崎・外海の3ヶ所、島原と天草がそれぞれ1ヶ所、対馬の4ヶ所、平戸の2ヶ所、佐世保・黒島の1ヶ所です。

6年前の2012年8月に長崎・平戸・島原を訪れています。

 世界遺産となった長崎市内の大浦天主堂は、禁教下の幕末に日仏修好通商条約に基づき、フランス人の礼拝堂として建設されたもので、最古の天主堂です。

 元治2年2月12日(新暦の1865年3月17日)に、天主堂を参観にきた浦上山里村の杉本ユリら潜伏キリシタン15人がプチジャン神父に、「ワタシノムネ、アナタトオナジ」(私たちもあなたと同じ信仰をもっています)「サンタマリアの御像はどこ?」とプティジャン神父に訊ねたそうです。禁教・迫害の長い歴史の中で250年以上の間、密かに信仰が受け継がれてきたことがカトリック教会に明らかになった「信徒発見」の奇跡です。

出津の海を見下ろす高台の上に「沈黙の碑」があります。作家・遠藤周作の代表作である小説「沈黙」の舞台となったトモギ村は外海町が舞台となっています。

石碑には、次の言葉が刻まれています。

 「人間が
    こんなに
  哀しいのに
    主よ
  海があまりに
    碧いのです。」

    遠藤周作

 キリスト教の禁教が解禁されてフランス出身のド・ロ神父が外海に赴任したのは明治12年(1879年)で、私費を投じて出津の天主堂を建設して、併せてマカロニやそうめんを生産する作業場・出津救助院をつくり、貧しい出津の集落に新たな産業をもたらすことになったそうです。

出津の北側にある大野の集落を見下ろす高台の上に大野教会があります。大野教会は、大野の集落に在住していた信者の中に、所属していた4キロ北の出津教会まで出向くのが困難な方々が居たことから、当時の神浦と大野の信者26戸のために明治26年(1893年)にド・ロ神父によって建てられた教会です。 

6年前には平戸に3泊して、平戸の潜伏キリシタン関連の遺産とともに、橋でつながっている生月島も訪れました。

キリシタン遺跡のひとつの「ダンジク様」は、潜伏キリシタンの聖地のひとつで、断崖の上を走る道路からはダンジク(暖竹)が生茂る林の中を潜って、ダンジクが生茂る狭い海岸の一角に「ダンジク様」が祀っています。

 キリスト教が禁教となって、弥市兵衛と妻のマリヤ、そして息子のジュアンの3人が取り締まりの緩いと言われていた五島へ渡るために、生月島南端の断崖が続く海岸沿いのダンジクの茂みの中に隠れていたとき、息子のジュアンが海岸に出て遊ぶ姿を船で捜しに来た役人に見つかり、全員が処刑されたそうです。この3人を祀る祠が「だんじく様」と呼ばれています。