神戸の下町

 今朝もJR神戸線元町駅で降りて、中山手通の「彼は誰時(かわたれどき)」の光景、道路の向こうに見えるのが生田神社前の生田道です。

 阪急神戸線の高架の北側を歩いて、大安亭市場を北の端からの光景です。神戸の市街地の東側は、北側に六甲山系を背後にして、まだ街中に陽光が届かない時間帯にも、すでに背後の山は陽光で輝いています。

 阪急神戸線の北側、春日野道辺りから灘区との区境辺りまで、東西のアーケード商店街「大日商店街」が続いています。この辺りに神戸製鋼、川崎製鉄所、住友ゴムを中核に多くの工場があった昭和時代には、工場の周辺に住宅があり商店がたくさんあったようです。春日野道商店街、大安亭市場、大日商店街、水道筋商店街などが今も残っています。

大日商店街の西端の光景です。

大日商店街の中に「筒井舞」という看板を見つけました。この辺りの地名が筒井通り、昔は筒井村だったようです。「つつの井」と呼ばれている井戸が筒井八幡神社の境内にあり、これが「つつい」という地名の発祥のようです。

 戦国時代に、戦に明け暮れていた時に筒井太郎という立派な人がいたそうで、この人のようにまっすぐな心を持ち、正しい事を貫き通し、勇気ある人に育って欲しいと願って「子供の舞楽」として「筒井舞」が生まれたようです。いつしか途絶えてしまったのが、20年ほど前に宮本小学校で復活したそうです。

 仕事帰りに、新長田駅で降りました。本町筋商店街です。

 平日の夕刻、結構賑やかな商店街です。

 肉の「マルヨネ」です。ここでスタミナ焼きを買いに立ち寄りました。

 六間道商店街、往時は賑やかだったと思いますが、今は、少しさみしいです。

 震災まで「神戸デパート」があった辺り、大正筋商店街の夜景です。新長田駅の駅前になります。

Beaujolais nouveau ~ ボージョレー・ヌヴォー

今朝は元町駅で降りて、40分あまりを歩きました。元町では、まだ「彼は誰時(かわたれどき)」で、東の空が濃い青色で、街角は水銀灯の照らされていました。

 元町・大丸前のスクランブル交差点前のショーウィンドウに街灯の光が映り込んで綺麗でした。

 早朝の三ノ宮商店街、水銀灯の独特の光に包まれていました。

 さんちか・・・三ノ宮地下街の一角にある「味ののれん街」は、朝6時半にシャッターが開きます。早朝の仕込みで、シャッター前で待っている人がいました。

 三ノ宮駅東口にあるドトールコーヒー前には、いつもオープン前から行列が出来ています。

 11月第3木曜日(日付が変わった午前0時)に解禁されるブルゴーニュワインの1種類であるボジョレーワインの新酒が「ボージョレー・ヌヴォー」です。スーパーの店先に並んでいました。昨年は買いましたが、今年は・・・買いませんでした。

秋の深まり

 秋も深まって・・・日毎に日の出の時刻が遅くなっています。自宅を出て、駅に向かう途中で、やっと東の空に赤味が帯びるようになりました。街灯が、まだ煌々と輝いています。

 三ノ宮駅の少し外れ・・・場末という言葉は似つかわしくないですが、繁華街と住宅地のボーダーのような処にある「50円自動販売機」、気になりながら、この自販機で買ったことはありません。

 枯れ葉、落ち葉、紅葉・・・彩りが鮮やかな季節でもありますが、残念ながら、まだ早朝で、陽が射込んでいません。

街の風景

 朝、JR神戸線の元町駅や三ノ宮駅で降りて、45分や30分歩いて出勤しています。早朝の人通りの少ない街角で目に入った光景に、レンズを向けています。

 三ノ宮駅近くにある金券ショップの自動販売機、JR西日本は回数券の販売を9月30日をもって終了して、今後はSuicaの毎月の利用状況によって50%引き等のディスカウントをするそうです。でも、それほど京都や大阪に出掛けるわけでもなく、昼得と呼ばれていた昼間特別割引券は重宝していました。まだ自動販売機で売っていました。9月末に大量に買い付けたようです。

 三ノ宮駅の東側に「いちのみや」の看板、神戸には生田神社を囲むように点在している裔神八社である「一ノ宮神社」から「八ノ宮神社」が点在しています。その一つである「三ノ宮神社」に由来する駅名が「三ノ宮」という地名の元ですが、この「いちのみや」の看板を見たのは「一ノ宮神社」とは全く異なる場所です。

・・・パン屋さんの名前です。

少し歩いて、普段歩かない路地に、こんどは「たちのみや」という看板、「えっ!」と思いましたが、考えれば「立ち呑み屋」のことでした。ちょっとした勘違いでした。

播磨野

 今日は代休、久し振りに播磨野をドライブしました。

 朝6時前、まだ暗い中にヘッドランプを点けて自宅を出て、国道175号線の神出辺りで、東の空に朝日が輝き始めました。

 国道175号線で三木市、小野市を走り抜けて加東市の旧・滝野町にある闘竜灘です。加古川の中流に位置して川床に奇岩や怪石が多い場所で、岩に阻まれた川の流れが激流や滝となって名勝・観光地です。朝早いので、誰もいませんでした。

 岩場を歩いて、滝の近くまで・・・

 闘竜灘を眺めながら鮎料理を楽しめる料理旅館「滝寺荘」、ここで何度か鮎料理を楽しんだり、温泉に入ったこともありますが、その向かいに古い旅館「水月楼」があります。一度、中に入った記憶がありますが、その後は廃墟となって、そして今日久し振りに訪れると、崩壊していました。

 国道175号線を北上して、旧・山南町まで、駅山南仁王パーキングから、佐治川と篠山川が加古川に合流する箇所です。妙見山か白山越しに朝の陽光の輝きが神々しく、川の合流地点の河川敷の林が映えて見えました。

 Uターンして、小野市のひまわりの丘公園です。秋の花が咲き誇っていました。

 秋桜畑が一面に・・・

 残念ながら太陽が雲に隠れて、秋桜が秋の日射しに輝く様を写真に収めることは出来ませんでした。

真正な学び~市川伸一先生

大阪大学中之島センターで開催される、兵庫教育大学連合研究科主催の教育実践フォーラムに参加するために大阪に向かいました。

堂島川と土佐堀川に挟まれた中之島に、かつて大阪大学のキャンパスがありました。1993年に医学部と付属病院が千里丘陵に移転して、中之島には現在キャンパスは現存せず、医学部跡地に中之島センターがあるのみです。田簔橋・筑前橋と堂島大橋・土佐堀橋の間辺りに、大阪帝国大学時代の医学部・工学部・理学部のキャンパスがあったようです。

 西梅田から、地下の「堂島地下センタ-・ドーチカ」を歩きました。かつてはおじ様御用達の店舗や飲み屋が並んでいましたが、現在は、その面影があまり感じられないぐらいにリニューアルされています。

ドーチカの南端を出て西の路地を入ると中央電気倶楽部があります。 

 古い建物が、そのまま残っています。照明学会で2度、お世話になりました。

 渡辺橋を渡って、河口に向かって、中之島の堂島川沿いを田簔橋辺りまで・・・快晴で汗ばみました。

明治6年に当時は第三大学区だった大阪に官立大阪師範学校が設立されたそうですが、財政難で廃止されたそうです。それとは別に明治7年に南御堂に大阪府立の教員伝習所が設立され、それが翌年には大阪府師範学校と改称し、明治10年に、ここ中之島に移転したそうです。この大阪府師範学校が、戦後に大阪学芸大学となって現在の大阪教育大学です。

 大阪大学医学部付属病院の跡地辺り、堂島川の右岸には「Red&Blue street」という遊歩道がありました。

 玉江橋から堂島川越しに中之島・・・手前が大阪大学中之島センター、その後ろのビルが関西電力です。

 中之島センターです。博士論文資格試験は此処で受けました。合格後に、すぐ博士論文の執筆にかかりました。

 5階の講義室、今日の講演者は、東京大学教育学研究科の市川伸一先生です。教育心理学部門の第一人者ですが、講演を聴くのは初めてです。
 

『「真正の学び」からの批判と「真正の学び」への批判』というタイトルで1時間半、「正統的周辺参加」と「Resercher-Like Activity(研究者の縮図的活動)」との対比が、大変興味深かったです。「正統的周辺参加」と、ヴィゴツキーの最近接発達領域(ZPD・Zone of proximal development)との違いはなんだろうなあ~と思いながら「徒弟制」の功罪について考えさせられました。

 講演内容とはベクトルが異なりますが、専門を初期の段階で学ぶのと、教養をしっかりと修めてから学ぶのとでは、どちらが「真正」なのかなあ~と、ふと考えさせられました。

 大阪の地下街にある「八百富写真機店」、以前は、この奥まで全部が八百富でしたが、今は人通りの少ない方の片隅だけになっていました。