死を生に変化させる努力

手元にある漱石全集の日記の中に、娘ひな子の突然の死に際しての漱石の思いが綴られています。

  昨日は葬式今日は骨上げ、
  明後日は納骨
  明日はもしするとすれば待夜である。

  多忙である。
  然し凡ての努力をした後で考へると
  凡ての努力が無益の努力である。
  死を生に変化させる努力でなければ
  凡てが無益である。

  こんな遺恨な事はない。・・・

    明治44年 11月29日 漱石日記より

 8月31日に父が他界しました。葬儀が終わってしばらくして、漱石が娘の突然の死を書き綴った日記があったことが頭を過ぎりました。漱石にとっての「死を生に変化させる努力」は、どのようなことだったのかをいろいろ考えていましたが思い及びませんでした。

 新約聖書の中に、イエスの言葉として、

 イエスは言われた。「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。 また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。

 ヨハネの福音書11章25節~26節

「死を生に変化させる努力」は、人類が文化を持ち、そして文明を築き上げた時からの大きなテーマかもしれません。

宗教や医学だけではなく、寿命を延長させる様々な技術や学問が、その根底に「死を生に変化させる努力」があったのかもしれません。

 漱石が日記に記した「死を生に変化させる努力」という言葉に、しばらく対峙したいと思っています。