安保

今日は、ちょうど60年前の1960年(昭和35年)1月19日にワシントンで新安保が調印された日です。

安保・・・あまり最近は耳にすることがないフレーズですが、子どもの頃に、テレビのニュースで見掛けた記憶があります。

60年安保・・・サンフランシスコで1951年(昭和26年)に調印された「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約(Security Treaty Between the United States and Japan)」が、1960年(昭和35年)にワシントンで調印された「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(Treaty of Mutual Cooperation and Security between the United States and Japan)」の改訂に関しての反対運動ですが、残念ながら生まれる前の出来事です。樺美智子さんの死が象徴的に報道され、随分後になって学生時代に60年安保を題材にした小説を借りて読んだ記憶があります。調べると・・・奥浩平さんの「青春の墓標」でした。樺美智子さんに影響を受け、そして70年安保の大きな渦に巻き込まれた高野悦子さんに影響を与えたとされています。

 新安保締結から10年、10年間の期限での自動延長を阻止しようしたのが、いわゆる70年安保です。調べると昭和43年頃から昭和45年頃に安保闘争が続いていたようです。子どもの頃の記憶は、この70年安保になります。大学に進学すると学生運動に巻き込まれるのかなあ~と、子ども心に思っていた記憶があります。70年安保では、高野悦子さんの日記「二十歳の原点」が頭をよぎります。一本のカーネーションが描かれていますが、これは「青春の墓標」を著した奥浩平さんが睡眠薬を服用して自殺した時に、手に一輪のカーネーションが握りしめられていたことに由来するのかもしれません。

高野悦子さんの「二十歳の原点」を読んだのは、17~8歳の頃だったと記憶しています。今でも手放さずに手許に置いています。そして、「二十歳の原点ノート」と「二十歳の原点序章」も借りて読んだ記憶があります。

二十歳の原点は3年前にNHKで取り上げられて、久し振りに読んでいます。

二十歳の原点_2017年2月10日のblog