阿波路

今朝早く、明石海峡大橋を渡って淡路島へ。東浦ICから、淡路の東海岸沿いに走る国道28号線で洲本市まで。洲本からは県道76号線を通って、由良経由で、淡路の南東部・灘辺りの南淡路水仙ラインへ向かいました。

淡路の南東部は、切り立った山が海まで迫って、海岸線には南淡路水仙ラインが走るだけで、集落は坂道を上った高台にあります。

車に載せた自転車で、南淡路水仙ラインを走りました。少し走ると汗ばんできました。

車で阿万の吹上浜周辺に向かいました。ここには「国立青少年の家」という宿泊施設があります。3度目の転職での新人研修が此処で、数日間過ごしました。

阿万周辺は、タマネギ畑が続いています。収穫したタマネギを干す小屋がアチコチにあります。

吹上周辺もサイクリングしました。

タマネギ畑の一角に菜の花が植えられていました。

車で福良へ。此処には造船所があります。

鳴門海峡を渡るために、淡路島南ICへ向かいました。途中鳴門海峡を見下ろす丘の上にある うずの丘・大鳴門橋記念館に立ち寄りました。此処の売店にタマネギキャッチャーがあり人気のようで待ち行列が出来ていました。

鳴門海峡と架け橋、対岸の徳島県鳴門市が一望できます。

鳴門北ICから、鳴門市にある板東俘虜収容所に向かいました。此処は第一次世界大戦の時にドイツの租借地であった青島で、日本軍の捕虜となったドイツ兵約1000名を1917年から2年余り収容した施設です。収容所の所長となった松江中佐は捕虜らの自主活動を奨励し、捕虜に対する公正で人道的かつ寛大で友好的な運営をしていたそうです。現在はドイツ村公園となっています。その一角に当時の給水塔が残っています。

ドイツ村公園では桜が咲き始めていました。

俘虜のための宿舎があった場所です。土台のレンガだけが残っていました。

少し離れた処にベートーヴェンの交響曲第9番が日本で初めて全曲演奏された板東収容所を記念した鳴門市ドイツ館の建物があります。

その近くに、協同組合(コープ)の海の親で、神戸出身の賀川豊彦の記念館があります。

神戸にも賀川豊彦の記念館がありますが、まだ行ったことがありませんでした。和田岬には賀川豊彦の生家跡の碑があります。中は撮影禁止なので、大会議室だけ・・・

近くに四国八十八箇所第一番霊場である霊山寺があるので立ち寄りました。

境内には巡礼者がかぶっている編み笠が並べられていました。

徳島市へ向かいました。今日の宿泊は徳島駅の建物につながったJRホテルクレメントです。いつもは安いビジネスホテルですが、此処はワンランク以上上のシティーホテルでした。

荷物を置いて、徳島市内観光・・・JR徳島駅です。

駅前の横断歩道の幅が広くて、ほぼ正方形でした。

駅前にある百貨店のそごうの床に「はじめよう そごうウォーキング」と書かれていました。

階段にスタートラインがあります。最上階まで285段あるそうです。

駅前は放置自転車禁止区域ですが、警告の札が貼られた自転車並んでいいました。

JR徳島駅周辺は、単線並列区間です。2本の線路が別々の単線になって、それぞれ上り下りの列車が走るという珍しい区間です。

徳島城跡に向かいました。蜂須賀家政の銅像があります。秀吉の家臣で阿波一国を治めていました。

徳島城 表御殿庭園、結構見応えがありました。

庭内を1時間近く巡って、庭の景観を楽しみました。

夕食は和風レストランでした。

最初はフォアグラ豆腐、飲み物はビールをお願いしました。

お椀はハマグリとタケノコの蒸し物、そしてお造りに続いて、焼き物は和風ローストビーフ、ホタテ豆腐に続いてカニの揚げ物でご飯でした。

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部屋に戻ってテレビのニュースを観ると、東京では新型コロナウイルスの感染者が、昨日に続いて今日も多かったようで、週末の外出自粛要請が、東京都だけではなくて首都圏に拡大
とのことです。

この一週間ほどで世界的にパンデミックが広がって、国内でもオリンピックの延期やと今日のロックダウン防止策等々、大きなニュースが毎日報じられています。