室戸岬・四万十

今朝はホテルでの朝食前に、はりまや橋まで散歩に出掛けました。堀川沿いの国道32号線はとさでん交通の路面電車が走っています。電車道を10分あまり西に向かうとはりまや橋の交差点です。此処は,国道32号線、国道33号線、県道34号線が交わる高知の道路の要所です。

はりまや橋交差点の北西の小さな流れに、観光用の「はりまや橋」があります。

「土佐の高知のはりまや橋」の、はりまや橋です。

高知駅への大通りを挟んで反対側に、歌手のペギー葉山さんの植樹記念の場所がありました。

此処には昭和時代にペギー葉山さんが唄った「南国土佐をあとにして」の歌碑がありました。

散歩を終えてホテルへ・・・昨日はホテルの裏側の立体駐車場に直行したので、どんなホテルに泊まったのか?見ていませんでした。鏡川と堀川に挟まれた、はりまや橋の東に位置するホテル日航高知です。

朝食は最上階・22階のレストラン、泊まった部屋は15階の南向きでしたが、高知の市街地は鏡川の北側に広がっています。高知の市街地を眼下に見下ろす良い展望風景を眺められます。

朝食は、結構豪華でした。

チェックアウトして高知城に向かいました。車を運転していて路面電車とすれ違うのは、日常生活ではないので、旅行気分です。

週末は県庁に車を停めることが出来るとのことで、県庁に車を置いて、県庁の北側に広がる高知公園内に高知城の天守閣がそびえています。江戸時代に建造された天守閣や本丸御殿の両方がそのまま現存するのは、全国で高知城だけだそうです。残念ながら早朝でオープン前、中には入りませんでした。

高松公園内は、もう桜の花が見頃でした。高知城周辺を歩き回っていると汗ばんできまshた。

山内一豊の妻・千代の像がありました。土佐藩初代藩主山内一豊の正室・千代は「内助の功」として有名で、夫に馬を買わせるために大金を差し出した話が有名で、その名馬と共に像になっていました。

高知城を後にして桂浜に向かいました。路面電車の線路と斜交する箇所があり「電車優先」とのことで、信号機に、電車用の矢印が出ているときは、車は待たねばならないようです。

土佐湾沿いの黒潮ライン(県道14号線)を右手に土佐湾を眺めながら、桂浜へ

早朝で、砂浜には数人だけ、雲が低く垂れさがって、モノクロームの光景、墨絵の世界に入り込んだようです。

太平洋から押し寄せる波は荒く、放送で近づかないようにとのアナウンスが流れました。

太平洋に向かって立つ、坂本龍馬の像です。

黒潮ラインを西へ、足摺岬に向かいます。

仁淀川の左岸を上流に遡って、土佐市の市街地へ向かいました。仁淀川は、結構ゆったりとした川幅がありました。

土佐市の市街地で土佐ICから高知自動車を走って、四万十方面へ向かいました。須崎を通って、四万十町中央ICまで開通しています。その後は国道56号線を走って、四万十町西ICからは部分開通して無料区間で黒潮拳ノ川ICまで走って、また国道56号線・・・四万十市の中村まで、結構時間が掛かりました。

 中村からは、四万十川右岸沿いを国道321号線・足摺サニーロードを走ります。

途中、お遍路さんを追い越しました。足摺岬にある第38番札所の金剛福寺まで20キロ以上あります。

20年近く前のカーナビをそのまま使っているので、新しいバイパスには対応していません。海岸沿いの国道をカーナビは案内していますが、山の中を走っています。途中、迷ってしまいました。

土佐清水から足摺半島となり、県道27号線を走りました。ようやく足摺岬が見えてきました。

桂浜から3時間あまり掛かって足摺岬に到着しました。

足摺岬には、足摺半島の中の浜地区出身のジョン万次郎こと中浜万次郎の銅像が立っています。ジョン万次郎は漁船に乗っているときに嵐で遭難して、アメリカの捕鯨船に助けられて、日本人として初めてアメリカに渡った日本人となりました。

 航海術等、西洋の学問を学んで帰国、万延元年(1860年)には、日米修好通商条約の批准書を交換するための遣米使節団の1人として、咸臨丸に乗り福沢諭吉らとともにアメリカに渡って通訳として活躍しています。明治維新後の明治2年(1869年)には、新政府により開成学校の英語教授に任命されています。雑司ヶ谷にお墓があり、数年前にお墓の前に行ったことがあります。

展望台からの足摺岬、室戸岬と違って、足摺岬の南端は切り立った岩となって、その上に灯台があります。

展望台から、足摺岬と反対方向の東側に「天狗の鼻」という岩が海に突き出ています。

天狗の鼻からの足摺岬の眺めは隠れた名所とのことで向かいました。

熱帯・亜熱帯・暖帯の植物がジャングルのように密生しており、その中を数分歩きました。

天皇陛下が皇太子時代に訪れて詠んだ御歌の歌碑がありました。

足摺の岬はるけく黒潮の
 海広がれりさやにひかりて

 天狗岩からの足摺岬の眺めです。展望台がある岩場越しの光景になります。

足摺岬灯台に向かいました。足を踏み入れることが出来る、足摺岬の最南端から灯台を見上げた構図

足摺岬の最南端からの眺めです。岩礁の向こうは・・・遥か太平洋が広がっています。

第38番札所の金剛福寺に向かいました。

 金剛福寺の前の駐車場に車を停めていたのですが、後から駐車した車に、お遍路の服装をした年配のご夫婦が乗っていました。車から降りて、煙草を燻らして、六根清浄と書かれた袋を首からぶら下げて、金剛福寺にお二人で向かわれました。

車で四国路を走っていると、道路脇を歩いているお遍路さんと行き交うことが多く、四国独特の光景です。スポーツウェアを来て歩きやすい服装のお遍路もいますし、ご夫婦で車に乗って巡っているお遍路さんもいらっしゃるようです。いろいろなお遍路さんがいろいろな思いで四国を巡っているようです。

足摺岬を後にして、四万十市・中村に向かいました。中村の市街地から四万十川沿いに上流に向かいました。赤鉄橋の四万十川大橋です。

その上流、車で10分ほどのところに、佐田沈下橋があります。橋の周辺は隘路で地元の方々の生活道路なので、駐車場で車を停めて、車に載せていた自転車で向かいました。

沈下橋は柵がないので、自転車で走っていると、ちょっと怖いです。軽トラが向かってきたときは、自転車から降りました。

 四万十市は、元・中村市と元・西土佐村が合併した町です。県立中村高校があり、野球部は甲子園で準優勝したことがあります。グラウンド前には甲子園出場の石碑がありました。

 ホテルの夕食は1階のレストランです。降り始めた雨が、結構激しくなってきました。

 お造り、茶わん蒸し、鰻の蒲焼、天ぷら、鰹のたたき、鮎の塩焼き・・・どんどん運ばれてきて、結構満腹になりました。