集中講義

 昨日と今日、県立大工学部での教職課程の集中講義がありました。

 早目に到着して、キャンパス内を散策しました。

 現在、県立大工学部のキャンパスは建て替え工事中で、昨年は本部棟が正門脇に、そして今年は図書館の東隣に電気系の建屋が新しく完成していました。

 書写山の山麓にある平屋の実験棟群は、まだ健在でした。

 書写会館がある、キャンパス内の小高い丘へ・・・虫の音とともに、ツクツクボウシの鳴き声が聴こえ、夏の名残を感じました。

 建て替えが進むと、書写山の麓のこの光景も、大きく変わることと思います。

 今朝、第二神明から高砂バイパス、姫路バイパスと晴天でしたが、姫路の市街地を超えてトンネルを抜けると青山辺りは霧で包まれていました。姫路西ランプにある姫路SAです。

 履修者は3名、「職業指導」の授業の中で、「キャリア」についていろいろなケースや例を取り上げ、今年は公開求人の求人票から情報の読み取りをするワークショップを実施しました。最後にKJ法を用いて、少ない履修者でしたが、相互の意見を交換させて、最後はプレゼンテーションとしました。

乃木

 昨日の9月13日は、乃木希典が妻・静子と共に明治天皇の大葬があった日に殉死して日です。乃木希典は明治時代の陸軍大将で、西南戦争,日清戦争,日露戦争に従軍しています。日露戦争では,水師営においてロシアの将軍ステッセリと会見したことが唱歌『水師営の会見』となっています.戦争に勝った日本の代表として、敵の将軍のステッセリに対して礼を重んじて扱ったことが、当時のヨーロッパで高い評価を受けていました。また、学習院の院長として、昭和天皇の幼少期の教育に携わったことでも有名です。

 今朝、黒板に「乃木」と書いて、「何を連想しますか?」と問い掛けると「乃木坂」という答えが返ってきました。確かに乃木大将の住んでいた家の前の坂が、乃木大将の死後に「乃木坂」と命名され、今は乃木神社の前の坂になっていますが、でも「乃木坂」と乃木大将とは結び付かないようです。

 当時の日本にはテレビもラジオもないので、乃木大将の殉死の報は、翌朝の新聞で知られることになりました。漱石の「こころ」でも、「先生」が新聞で乃木大将の死を知る場面が、大きな意味を持って書かれています。

「私は殉死という言葉をほとんど忘れていました。 平生使う必要のない字だから、記憶の底に沈んだまま、 腐れかけていたものと見えます。妻の笑談を聞いて 始めてそれを思い出した時、私は妻に向ってもし自分が 殉死するならば、明治の精神に殉死するつもりだと 答えました。私の答えも無論笑談に過ぎなかったの ですが、私はその時何だか古い不要な言葉に新しい 意義を盛り得たような心持がしたのです。
 それから約一カ月ほど経ちました。御大葬の夜 私はいつもの通り書斎に坐って、相図の号砲を聞き ました。私にはそれが明治が永久に去った報知のごとく聞こえました。後で考えると、それが乃木大将の永久に 去った報知にもなっていたのです。私は号外を手にして、思わず妻に殉死だ殉死だといいました。
 私は新聞で乃木大将の死ぬ前に書き残して行った ものを読みました。西南戦争の時敵に旗をられて以来、 申し訳のために死のう死のうと思って、つい今日まで 生きていたという意味の句を見た時、私は思わず指を折って、乃木さんが死ぬ覚悟をしながら生きながらえて来た年月を勘定して見ました。西南戦争は明治十年ですから、明治四十五年までには三十五年の距離があります。乃木さんはこの三十五年の間死のう死のうと思って、死ぬ機会を待っていたらしいのです。私はそういう人に取って、生きていた三十五年が苦しいか、また刀を腹へ突き立て一刹那が苦しいか、どっちが苦しいだろうと考えました。
 それから二、三日して、私はとうとう自殺する決心をしたのです。私に乃木さんの死んだ理由がよく解らないように、あなたにも私の自殺する訳が明らかに呑み込めないかも知れませんが、もしそうだとすると、それは時勢の推移から来る人間の相違だから仕方がありません。あるいは箇人のもって生れた性格の相違といった方が確かかも知れません。私は私のできる限りこの不可思議な私というものを、あなたに解らせるように、今までの叙述で己れを尽したつもりです。
 私は妻を残して行きます。私がいなくなっても妻に衣食住の心配がないのは仕合せです。私は妻に残酷な驚怖を与える事を好みません。私は妻に血の色を見せないで死ぬつもりです。妻の知らない間に、こっそりこの世からいなくなるようにします。私は死んだ後で、妻から頓死したと思われたいのです。気が狂ったと思われても満足なのです。
     「こころ」夏目漱石 より

朝焼け

 朝、自宅を出て、駅に向かって東向きの坂道の上の東の空が、朝焼けで綺麗でした。

 駅前に辿り着くと、東の空がオレンジ色に染まっていました。

昼呑み

 JR神戸線・三ノ宮駅の北側に、最近オープンした店です。

 「昼呑み」を表に出しています。午前11時頃からの営業かと思っていたのですが、よく見ると15:00オープンです。居酒屋によっては、午後5時、中には午後4時頃からオープンしている店もあるので、ちょっとピンときません。

 「朝呑み」・・・こちらは正真正銘です。撮影したのが午前9時間頃、店の前には自転車が並んでおり、この撮影のすぐ後に、自転車を店の前に駐めて、暖簾をくぐった人がいました。

 場所は、東京の山谷です。あしたのジョーのふるさとである「いろは会商店街」のすぐ近くです。アーケードがなくなっており、ちょっとびっくりしました。

 朝、自宅から出ると灼熱の夏の太陽に照りつけられて、駅まででたっぷり汗をかいていた今年の夏・・・でも今朝は、曇り空で、まだ街灯が点いていました。日毎に日の出の時刻が遅くなっていくのを実感する時節です。

昨日の大雨警報をもたらした秋雨前線の名残なのか、低い雲に、朝の空が覆われていました。

そして夕方、すじ雲が秋の空を感じます。

須磨海岸

 今朝、ネットで配信されたニュースによると、須磨海岸の海水浴客が4割減とのこと・・・

 JR須磨駅の南側に広がる須磨海岸は、例年は7月下旬から8月まで、ひじょうに活気があって、須磨駅のホームにまで、その活気が伝わることがありますが、今年は、須磨駅で停車した時に、その活気が感じられませんでした。砂浜も、それほどの人出がないように見られていましたが、今朝のネットで配信されたニュースによると、須磨海岸の海水浴客が、実際に4割減だったそうです。

 自転車で、舞子海岸や明石・松崎海岸を横目に見ながら走っていますが、舞子や明石では、例年並みの人出があったように感じます。これらの海岸は、地元の人が短時間だけ利用する傾向が強いので、暑さの影響がそれほど大きくなかったのかもしれません。

雨の朝

昨夜は、かなり激しい雨が降って、今朝起きると雨が降り続いて大雨警報が出ていました。

 朝、日帰り温泉「太平の湯」へ。今朝は50分ほどで1100mlの汗をかきました。自宅から持参した1000mlの麦茶で水分を補給しました。

活動量計のワークアウトでは、
時間 50分
脂肪燃焼 33分
有酸素運動 8分
無酸素運動 1分
最大強度  0分
平均脈拍数 121rpm
最高脈拍数 157rpm
運動消費カロリー 112kcal

畳敷きの休憩スペースで、自販機で買った500mlのペットボトルの水分を飲んで・・・汗がなかなかひかなかったです。トータルとして1500mlの水分を摂取したことになります。

 アルミサッシの部分に、タオルが置かれていました。先週の台風、昨夜から未明の大雨で、水漏れがあったのかもしれません。