ビートルズがやってくる

朝ドラの「ひよっこ」・・・ラジオ工場の倒産で,赤坂のレストランで働くようになって,そのレストランで働く主人公・みねこ宛てに電報が届きました.「ビートルズ ガ ヤッテクル」

 ビートルズのアルバム「A Hard Day’s Night」 

 このアルバムの邦題が「ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!」です.

 久し振りにCD棚から取り出して,ビートルズを聴いています.

マグナ・カルタ

今朝はJRの高架沿いを歩きました.イースター島のモアイ像を思わせるJR高架の補強のコンクリートの出っ張り,その向こうにJR神戸線・灘駅前の高層マンションが朝日を浴びて輝いています.なんとなくアンバランスな光景です.

 今日6月15日はマグナ・カルタが制定された日です.

マグナ・カルタはラテン語で,英語ではthe Great Charter of the Liberties(自由の大憲章)です.法の支配の第一歩という漠然とした記念塔のようなイメージがありましたが,実際には悪王と呼ばれているイングランドのジョン王が,大陸のフランス内の領地を戦で失ったにもかかわらず,ふたたび戦を仕掛けて敗れたためにジョン王は国民全体から信頼を失ったそうです.ジョン王は退位するか処刑されるか・・・結局ジョン王は,王の権限を制限する文書に承諾することによって事態を収拾したそうです,それがマグナ・カルタです.

 悪王の王権を制限することによる制裁のような感じですが,でもマグナカルトには「法の支配」や「民主主義」の原型というイメージがあるように思います.

 かなり以前,大英博物館展のような特別展で買った「マグナ・カルタ」です.

 この中にマグナ・カルタの謄本の写真があるのですが,小さな字でしっかり目にしたことがありませんでした.職場の先輩が調べてくれて英語ではなくてラテン語で書かれていることを教えてくれました.

 英語訳の聖書として有名なジェームス王訳(欽定訳)聖書が1611年です.マルティン・ルターのドイツ語訳聖書が1534年です.中世における公式な言語はラテン語であった時代なんだなあ~と気づきました.

 考えると日本でも,平安時代は漢文・・・言ってみれば中国語です.言文一致で書き表された二葉亭四迷の「浮雲」が明治20年頃,聖書はまだ文語訳で口語訳聖書が出るのが戦後です.話し言葉で書かれものとして落語の速記本が当時は売れたようです.

今日,6月15日は兵庫県知事の公示日です.テレビや新聞では東京都議選に関するニュースに触れることが多く,兵庫県知事よりも東京都知事をテレビで見ることの方がずっと多いです.選挙の争点もマスコミを通して伝わってくることなく,はるか彼方の東京の豊洲市場問題やオリンピックに関するニュースはどんどん入ってくること違和感を感じます.

 

silence ~沈黙の旅~

 今朝,朝食の時にテレビをつけると・・・『小説「沈黙」の旅~遠藤周作と長崎~』という番組が関西テレビで放送されていました.4時半からの番組で残念ながら5時過ぎからしか見ることが出来ませんでした.テレビ長崎の制作で2017年1月28日にFNS九州8局同時放送された番組で,東京のフジテレビでは5月27日に放送されて,関西テレビは今朝の放送となったようです.

番組の中で西彼杵(そのぎ)半島にある旧・西彼杵郡外海(そとめ)町出津(しず)にある「沈黙の碑」の横に立つ遠藤周作の姿が映し出されました.
 

東シナ海を見下ろす丘の上に立つ出津教会堂の近くで,5年前の2014年8月24日に訪れています.同じ場所で撮った写真・・・

 この近くの海岸,黒崎の浜です.東シナ海からの波が荒く砂浜ではなくて海岸は黒い石が荒い波で丸くなっています. 

 「沈黙の碑」より海岸線沿いに北側の大野の集落の山の中に大野教会堂があります.ド・ロ神父が切り石を漆喰で固めて作った壁を持ち,重要文化財に指定されています.ここも5年前の同じ日に訪れています.
 

 その後番組では,イエズス会司祭ロドリゴが転んで(棄教して)東京・小日向にあったキリシタン屋敷に幽閉されたことを扱っていました.東京メトロ丸の内線の小石川車両基地が近くにあります.このテレビで映し出された坂も歩いた記憶があります.

此処は3年前の2014年8月12日に訪れています.3年前のこの日は関口教会の東京カテドラルから目白坂下経由で小日向に向かいました.

 坂の多い処でキリシタン坂を上って・・・閑静な住宅地の一角に切支丹屋敷跡の石碑がありました.

 小説「沈黙」は1971年に篠田正浩監督によって「沈黙 SILENCE」としての映画化されていますが,2016年にアメリカのスコセッシが監督によって「沈黙 -サイレンス-」として映画化されています.残念ながら映画の上映を見ませんでしたが,2017年8月2日にブルーレイとDVD化されるようです.

 しばらく本棚の小説も読んでいません.

 今朝,思わず「沈黙」に関する番組を見て,小説「沈黙」の舞台となった長崎と東京の所縁の地を訪れたことを思い出しました.

ヴィスタ

3年ほど前に大阪の天満宮を通った時に,天満宮の正面近くに「川端康成生誕の地」の碑があるのを偶然見つけました.

 川端は,明治32年6月14日に大阪市北区此花町一丁目で生まれたそうで,現在は大阪市北区天神橋一丁となります.そこには現在,相生楼という料亭があり,玄関先にこの石碑がありました。川端の小説を読み耽っていたのは十代後半から二十代の前半だったと思います.何度かの引っ越しで残念ながら文庫本で揃えていた小説は全て手元には残っていません.今手元にある川端の小説は,この十年ほどで買ったものばかりです.

 京都の北山が舞台の「姉妹」という小説,国境の長いトンネルを・・・で始まる「雪国」,鎌倉が舞台の「山の音」,掌編小説の作品集である「掌の小説」と,久し振りに読み返したいと思う小説は手元にはありません.

 職場の先輩からBSで放送された「山の音」の映画をブルーレイに録画してもらいました.この小説の中で,嵐の夜に音量を上げて音楽を聴いて興奮気味になっている息子の嫁の描写が記憶に残っており,夜に雨風が激しいと「山の音」を思い出して,音量を上げて音楽を聴く習慣がついています.

嵐の中の音楽 2014年10月13日
http://web.citykobe.jp/2014/10/13/
 印象的な小説のシーンとして,息子の嫁・菊子に慈童の能面をつけさせる場面があったはずですが,映画ではありませんでした.代わりに会社の部屋付きの女性社員に能面をつけさせていました.

 ・・・映画「山の音」を見ていて脳の奥底に沈みかけていた記憶がよみがえるような気がしました.最後のシーンを見ていて,此処は小石川の植物園かとも思いましたが,あそこには広い空間がありません.ネットでリサーチすると新宿御苑だそうです.

 2年前の8月に新宿御苑を訪れた時の写真を探しました.

 菊子が,息子と離婚する決心を義父に打ち明けるシーン,最後に義父が「東京の真ん中にこんな広い空間があるなんて・・・」と見渡したのに対して菊子が「ヴィスタを考えて設計されたそうです」と応えています.それに対して義父が「ヴィスタって何だい?」と訊いたのに対して「ヴィスタ・・・見通し線のことです」と応えています.

 小説では,菊子が離婚する決心を義父に打ち明けるシーンは,能面をつけた菊子との会話の中だったように思うのですが,記憶が曖昧なのか,それとも映画化の時に視覚に訴える脚色をしたのかもしれません.

 

一つの決心

三好達治の詩に「百舌(もず)」という作品があります.

槻(つき)の梢に 
ひとつ時默つてゐた
分別顏な春の百舌

曇り空を高だかと
やがて斜めに川を越えた

紺屋の前の榛(はん)の木へ・・・

ああその

今の私に欲しいのは
小鳥の愛らしい 一つの決心

三好達治,『閒花集』1934年

 記憶の奥底に忘れかけていた達治の詩が,ふと思い出されました.忘れかけていた思い,大切なもの,初心・・・

犀川と浅野川

 桜の季節が過ぎて5月のゴールデンウイークを目前とする季節となると躑躅(つつじ)の花が咲き乱れる光景が眩しく感じるようになります.

 躑躅の花が咲くのを目にすると、泉鏡花の「竜潭譚(りゅうたんだん)」を思い起こします。鏡花の作品の中で,私にとって義血侠血(滝の白糸)とともに最も鏡花らしい作品で,特に幻想的な竜潭譚はお気に入りです.

竜潭譚の冒頭の「躑躅が丘」・・・

「谷には菜の花は残りたり。路の右左、躑躅の花の紅なるが、見渡す方、見返る方、いまを盛なりき。ありくにつれて汗少しいでぬ。」

 姉より、一人では行ってはいけないとの言葉に背いて、丘の方に向かって…

「行く方も躑躅なり。来し方も躑躅なり。山土のいろもあかく見えたる。あまりうつくしさに恐しくなりて、家路に帰らむと思ふ時、わがゐたる一株の躑躅のなかより、羽音たかく、虫のつと立ちて頬を掠めしが、かなたに飛びて、およそ五、六尺隔へだてたる処に礫のありたるそのわきにとどまりぬ。」

 いつしか道に迷って、丘の反対側へ迷い込んでしまったようで、

「心着ば旧来し方にはあらじと思ふ坂道の異なる方にわれはいつかおりかけゐたり。丘ひとつ越えたりけむ、戻る路はまたさきとおなじのぼりになりぬ。見渡せば、見まはせば、赤土の道幅せまく、うねりうねり果はてしなきに、両側つづきの躑躅の花、遠き方は前後を塞て、日かげあかく咲込たる空のいろの真蒼き下に、彳むはわれのみなり。」

・・・青空文庫より

 今日職場で,金沢の話題となりました.最後に金沢を訪れたのは・・・2005年8月で12年前になります.金沢は女川の「浅野川」と男川の「犀川」に挟まれた町です.詩人の室井犀星の名前は犀川から名付けられたそうです.犀川の畔に犀星の文学館が建っています.犀星の詩で有名なのは「「ふるさとは遠きにありて思ふもの/そして悲しくうたふもの・・・」です.

 浅野川の畔には鏡花の文学館があります.そして浅野川の河畔には滝の白糸の石像があったのを探して見に行った記憶があります.浅野川と犀川に挟まれた金沢で,鏡花が異界の世界を描く竜潭譚をどのような体験やイメージから生み出したのか・・・探ってみたいと思っています.金沢の町を久し振りに訪れたくなりました.

「春 少女に」大岡 信

 仕事から帰って大岡信の訃報に接しました.

ごらん 火を腹にためて山が歓喜のうなりをあげ
数億のドラムをどっととたたくとき 人は蒼ざめ逃げまどふ

でも知っておきたまへ 春の齢の頂きにきみを押しあげる力こそ
氾濫する秋の川を動かして人の堤をうち砕く力なのだ

蟻地獄 髪切虫の卵どもを春まで地下で眠らせる力が
細いくだのてっぺんに秋の果実を押しあげるのだ

ぼくは西の古い都で噴水をいくつもめぐり
ドームの下で見た 神聖な名にかざられた人々の姿

迫害と殺戮のながいながい血の夜のあとで
聖なる名の人々はしんかんと大いなる無に帰してゐた

それでも壁に絵はあった 聖別された苦しみのかたみとして
大なるものは苦もなく小でありうると誇るかのやうに

ぼくは殉教できるほど まっすぐつましく生きてゐない
ひえびえとする臓腑の冬によみがへるのはそのこと

火を腹にためて人が憎悪のうなりをあげ
数個の火玉をうちあげただけで 蒼ざめるだらう ぼくは

でもきみは知ってゐてくれ 秋の川を動かして人の堤をうち砕く力こそ
春の齢の頂きにきみを置いた力なのだ

「春 少女に」1978年1月10日,朝日新聞夕刊

 この詩は,中学から高校へと進む15才の娘に対して大岡信が,若く逞しい生命力を信じて真っ直ぐな思いで進んで欲しいという思いを託した詩だそうです.来週は本務校の入学式があり,この15歳の新入生が入学します.この大岡が娘に託した思いを心に留めて新入生と接したいと思います.

 今日はお昼休みに職場の近くの公園に,やっと咲き始めた桜を撮りに行きました.

今日は曇り空で,残ながら春の暖かい陽光を浴びて桜の花が輝く写真は撮ることが出来ませんでしたが,曇天のやさしい雰囲気の中で花開いた桜の雰囲気を写真に撮ることができました.

平田オリザをめぐって・・・

 職場の先輩と,あれこれと四方山話をする中で,進路指導の話題になって「生徒にとってのキャリアって?」という話になりました.

 普通科の進学校ならば,大学受験に必要な教科・科目を中心に,基礎的な学力に加えて,しっかり応用できる学力が求められます.大学が求めてる学力を問う「入試という敷居」を超えるために鍛錬が「キャリア」とも言えます.

 それに対して就職の比率の高い専門高校における「キャリア」は,様相がかなり異なるのかもしれません.就職先の職場で仕事をこなせるか?それを見極めるために面接では部活動に関する質問が比較的多いです.その生徒の個性というよりも,集団生活に馴染んでいるか?集団行動がとれるか?というような質問の背景には,企業が求める専門高校の生徒に求める「キャリア」が,大学が普通科の進学校に求める「キャリア」とは異なる為ではないかと思います.

 専門高校において会社が求める生徒の「キャリア」は,会社という組織の中で「歯車」としての素質を問われているのかもしれず,生徒自身も,自分の個性や能力以上に,会社という「組織における親和性」のようなものをアピールする傾向を感じます.それはもちろん指導する教師の思惑や,求められている生徒像にあわせようとしている部分も大きいと思います.

 学校では生徒の個性を育むことが求められていますが,実際には「個性の豊かさ」よりも「規律の正しさ」や「高校生らしさ」のような,一律のベクトルを基にした「ものさし」で生徒を測って,貌のない生徒を生み出している部分もあるかもしれません。

 いろいろな話をする中で,その先輩が最近読んだ文章から「今,話していて思い出しんたんだが・・・」と前置きをされて平田オリザの講演会録から面白い話をお聞きできました。

 2008年に起きた秋葉原通り連続殺傷事件の被告が,事件を起こす直前にネットに書き込んだ言葉「良い子を演じさせられるのに疲れた」という記述に平田オリザが注目したそうです.これまでは「良い子を演じるのに疲れた」というケースはありましたが,この事件の被告は「良い子を演じさせられるのに疲れた」とかなり大きな強迫概念にとらわれて追い込まれていたのかもしれない,誰かに操られ,自分を自分だと思えなくなったような感覚を持ってしまったのかもしれません.

 平田オリザは「良い子を演じるのに疲れた」という子どもに対して「もう良い子を演じなくて良いよ」と言うことは,表面的で偽善でに過ぎないのではないかと疑問を投げかけています.むしろ教育者としては「良い子を演じるのに疲れないタフな子ども育てる」ということが教育のほんとうの目的ではないかと提唱しているそうです.

 劇作家の平田オリザらしい表現にも感心しましたし,四方山話の中で,話を広げて平田オリザの講演録と関連づける先輩の「豊かさ」にも驚きを覚えました.アナロジーを持っていろいろな視点や視野で捉えることが教育にとって大切だと思うのですが,まさに豊穣で柔軟な姿勢を,その先輩から学び,自分自身が未だ未だだなあ~と感じました.

 後でいろいろ考えると,漱石は小説「三四郎」の中で,「偽善」と「露悪」という言葉を用いて同じようなことを言っていたなあ~と思い出しました.また,心の奥底を映し出す「能面」と,心を隠す西洋の「仮面」との対比にもアナロジーがあるのかもしれません.

 
 「ピエロ」と「クラウン」,涙マークのメイクがあるのがピエロで,ないのがクラウン・・・馬鹿にされながらも観客を笑わせている,でもピエロの笑いの陰には,馬鹿にされた悲しみを持つ,と耳学問で聴いたことがあります.

 平田オリザの提唱する「良い子を演じることを楽しむぐらいのしたたかな子ども」,まさにメタ認知ができて自分を操り自分を演じる子ども・・・いろいろイメージする中で思い出したのが藤山寛美です.寛美は涙を流して演じるのではなくて,むしろ涙して道化を演じる自分を真剣に見つめていたのかもしれません.