台風が残した爪痕

 台風21号・・・昨日の午後から激しい雨,そして昨夜遅くから今朝未明にかけてものすごい風が吹き荒れました。

 昨日の夕刻にはJRも私鉄もほぼとまっていたようです。今朝は台風一過の快晴ではありませんでしたが、雲の合い間から青空が見えて,もう雨が降る気配は感じません。でも強い風が吹き抜けています。大雨警報と強風警報、波浪警報は出たままでした。

 JRは一部の電車に遅れや運休があるとの情報で、いつもと同じ時刻に家を出て駅に向かいました。駅に着くと・・・改札の前に人だかり・・・電車は全く動いていないようです。

 昨夜とまったままで、どうも車両の手配が出来ないようで、順次動き出すそうです。駅でで待つのも嫌なので,並行する山陽電車に乗ることにしました。振り替え輸送はしていないので、三宮まで440円の切符を買いました。

 直通特急で阪神三宮まで・・・まあまあ混んでいました。JR三ノ宮駅の改札には,昨夜の18時頃のダイヤのままで遅延が120分以上・・・昨夜18時過ぎにJRは運行がストップしたのかもしれません。

 三ノ宮駅東口・・・やたらと壊れた傘が道端に捨て去られていました。

 旧西国街道沿いを歩くと,軒下の庇(ひさし)が壊れた店舗が目に付きます。ものすごい風が旧西国街道を吹き抜けたのかもしれません.
 

 いろいろなものが風で倒れたり,飛んで行ったり,飛んで来たり・・・このアパートの前は吹き溜まりのようになって,階段の前が塞がれていました.

 工場跡地が更地になって,そしてコンビニとドラッグストアの工事中なのですが,作業用のプレハブ・ユニットハウスが見事に横転していました。強風が吹き抜けたというよりも,竜巻なみのものすごい風だったのかもしれません.

 Timesの駐車場・・・幸い駐車していなかったようですが,駐車スペースに物置が倒れ込んでいました.

 この店は,日よけの骨組みが強風でもぎ取られたようになっていました.

 工場の上に立てられていた2階建てのプレハブの屋根や天井がなくなっていました.

 この工場は,2階部分が壊滅的です.どれも西国街道沿いです.西国街道を竜巻級の風が吹き抜けたのでしょうか?

 そして・・・高層マンションのベランダの柵がなくなっていました.

 ・・・過ぎ去った台風の残した爪痕

こころ・・・殉死ということ

 明治時代の陸軍大将だった乃木希典は,西南戦争,日清戦争,日露戦争に従軍しており,日露戦争では,水師営においてロシアの将軍ステッセリと会見したことが唱歌『水師営の会見』となっています.

 乃木大将は妻・静子と共に明治天皇の大葬があった日に殉死しています.漱石の小説「こころ」の中で,漱石が乃木大将の殉死について書いています.

「私は殉死という言葉をほとんど忘れていました。 平生使う必要のない字だから、記憶の底に沈んだまま、 腐れかけていたものと見えます。妻の笑談を聞いて 始めてそれを思い出した時、私は妻に向ってもし自分が 殉死するならば、明治の精神に殉死するつもりだと 答えました。私の答えも無論笑談に過ぎなかったの ですが、私はその時何だか古い不要な言葉に新しい 意義を盛り得たような心持がしたのです。

 それから約一カ月ほど経ちました。御大葬の夜 私はいつもの通り書斎に坐って、相図の号砲を聞き ました。私にはそれが明治が永久に去った報知のごとく聞こえました。後で考えると、それが乃木大将の永久に 去った報知にもなっていたのです。私は号外を手にして、思わず妻に殉死だ殉死だといいました。

 私は新聞で乃木大将の死ぬ前に書き残して行った ものを読みました。西南戦争の時敵に旗をられて以来、 申し訳のために死のう死のうと思って、つい今日まで 生きていたという意味の句を見た時、私は思わず指を折って、乃木さんが死ぬ覚悟をしながら生きながらえて来た年月を勘定して見ました。西南戦争は明治十年ですから、明治四十五年までには三十五年の距離があります。乃木さんはこの三十五年の間死のう死のうと思って、死ぬ機会を待っていたらしいのです。私はそういう人に取って、生きていた三十五年が苦しいか、また刀を腹へ突き立て一刹那が苦しいか、どっちが苦しいだろうと考えました。

 それから二、三日して、私はとうとう自殺する決心をしたのです。私に乃木さんの死んだ理由がよく解らないように、あなたにも私の自殺する訳が明らかに呑み込めないかも知れませんが、もしそうだとすると、それは時勢の推移から来る人間の相違だから仕方がありません。あるいは箇人のもって生れた性格の相違といった方が確かかも知れません。私は私のできる限りこの不可思議な私というものを、あなたに解らせるように、今までの叙述で己れを尽したつもりです。

 私は妻を残して行きます。私がいなくなっても妻に衣食住の心配がないのは仕合せです。私は妻に残酷な驚怖を与える事を好みません。私は妻に血の色を見せないで死ぬつもりです。妻の知らない間に、こっそりこの世からいなくなるようにします。私は死んだ後で、妻から頓死したと思われたいのです。気が狂ったと思われても満足なのです。

     「こころ」夏目漱石 より
             

BirthDay

8月25日は,安藤百福が1958年にインスタントラーメンを発明して,世界で初めて発売した日,・・・インスタントラーメンの誕生日です.このラーメンが,チキンラーメンです.

 安藤百福は「瞬間油熱乾燥法を含むインスタントラーメンの基本的な製法」として1962年に特許を登録しています.その後,安藤百福はインスタントラーメンの特許を日清食品が独占していれば,インスタントラーメンは大きな産業として育たないと,日本ラーメン工業協会を設立して即席麺関連の製法に関する特許を公開しています.

 8月25日は,私のBirthDayでもあります.数年前から,8月25日にチキンラーメンを食べるようになりました.

 今年は60周年ということで,このようなパッケージです.
 

 60周年の「トリプルチーズ」というカップ麺も発売されています.
 

5袋入りを買うと,「チキンラーメンひよっこタオル」がおまけでついてきました.

 夜食に,チキンラーメンを食べました.

8月22日から今日まで,軽井沢で静養してきました.

 軽井沢ではレンタサイクルの予定でしたが,自転車を車に積んで行ったので,静養というよりも高地トレーニングに行ったような感じになりました.

 旧軽井沢,旧軽銀座近くの別荘地区で・・・

 白糸ハイランドウェイをドライブ愉しんで白糸の滝を訪れました.

 帰路は旧・中仙道の国道142号で諏訪湖まで・・・諏訪湖を自転車で一周しました.

 「軽井沢行き」のホームページを作成しました.

軽井沢行き
http://itsumi.citykobe.jp/20170825/

夏の朝の風景

今朝の神戸の「日の出」の時刻は5時15分,今朝は自転車で明石・大蔵海岸まで・・・5時半過ぎに,霞んだ東の空の雲の中から,パッと朝日が射し込んで東の空をオレンジ色に染めた朝の光景が綺麗でした.

 新しいホームページを作成しました.

大蔵海岸&舞子海岸 ~ 夏の朝の風景
http://itsumi.citykobe.jp/20170809/

夕方のサイクリング

 今日の神戸は朝から快晴・・・早引けをして遅い午後の期間帯にサイクリングを楽しみました.

 3時半頃に自宅に戻って,すぐ着替えて自転車で西へ・・・舞子海岸から山田川を渡って大蔵海岸,明石の町を通り過ぎて,明石浦漁港を通り抜けて明石川を渡って・・・そして林崎漁港を走り抜けて,播磨灘沿いの海岸線に沿って県道554号姫路明石自転車道線へ,いつもは早朝に,背に朝日を浴びながら走るのですが,久し振りに南西の太陽に向かって走りました.

 明石の江井ヶ島海岸まで片道約15キロ,1時間弱です.朝だと逆光気味で,また霞がかかって江井島から明石海峡大橋をクッキリと眺めることはないのですが,夕方は架け橋に西日があたって江井島海岸からもクッキリと見ることが見ることが出来ました.

 帰路,日が西に傾き・・・海峡越しに見る淡路が黄色く霞んで見えるのは黄砂の影響だと思います. 

 林崎海岸の西側・・・砂浜の一面のハマヒルガオの淡い花に西日があたって綺麗でした.写真の向こうに見える山影は淡路の島影になります.

今日は江井ヶ島海岸までの往復・31キロでした.

  脂肪燃焼  43分
 有酸素運動 59分
 無酸素運動 35分
 最大強度  01分
 
 歩数換算 11914歩
 消費カロリー2144キロカロリー

明日は小満

今日は朝から快晴,旧・西国街道を三ノ宮駅から東に向かって・・・

左手には,住宅地まで迫っている六甲山系を眺めることが出来ます.ちょうど阪急春日野道駅に電車が停まっていました.

 建替え中のビル・・・

 東向きに歩いていると,歩道に反射した陽光が眩しく反射して光り輝いているように見えました.

旧西国街道

 朝,本務校の最寄り駅であるJR神戸線・灘駅の一駅手前の三ノ宮駅で降りて,一駅分を約30分で歩いています.5月中旬となって,勤務校に辿り着く頃には汗ばむようになりました.

 JR三ノ宮駅東口のスクランブル交差点を渡ってすぐの処・・・早朝に時々窓拭きをしている光景を見掛けます.

 新生田川を渡って,アーケード商店街の大安亭の南口を横目で見て...少し歩くと浜側に大きなガスタンクがあります.阪神春日野道の駅前,数年前まで川崎重工の西山記念館も近くにありました.戦後は川重の製鉄所がこの浜側にあって住宅や店舗が混在した地区で賑やかだったようです.

 更に歩くと・・・住友ゴムの技術センターです.震災で工場が倒壊して,今は工場はありません.その住友ゴムの建物を右手に,南北の路地に向こうに六甲山系の山並が迫っています.道の正面は蒲鉾屋さんです. 

 大阪湾の海と,六甲山系の山並に挟まれた神戸の市街地を歩いて,本務校に辿り着く頃には汗ばむようになりました,あと1週間で二十四節気小満,万物が次第に成長して一定の大きさに達して来る季節であり,麦畑が緑黄色に色付き始める季節です.

そして今日・5月15日は,45年前に沖縄が日本に返還された日です.ドルから円,そして車は右側通行から左側通行へ・・・

桜の絨毯

 昨夜の神戸は春の嵐が通り過ぎました.未明まで警報が出ていましたが,朝になると時折雲の切れ間から陽射しを見ることができました.

 桜の木は,風と雨でほとんどの花が落ちていました.新生田川沿いの桜並木を探すと,まだ花開いている桜もありますが,背景に写り込むのは葉桜ばかりです. 

 花びら(花弁)が落ちて,がく、花冠、おしべ、めしべが付いた花床が,朝日に輝いています.

 桜並木の下は,昨晩の春の嵐で落ちた桜の花びらが,桜の絨毯のように広がっていました. 
  

 これからは躑躅(つつじ)の花が春の陽光に輝く季節となります.

 夜,ニュースを見ていると速報が画面に表示されました.

「英メイ首相 議会の解散・総選挙を表明「国民にEU離脱方針の信を問う」

 マレーシアでの金正男の殺害,シリア軍の化学兵器使用疑惑,米軍によるシリアへのミサイル攻撃,北朝鮮のミサイル発射と国際情勢が安定しているとは言えない情勢の中で,英国のEU離脱に関して動きがありました.