黙祷 -神戸市震災24年追悼の集い-

今朝の5時46分で、阪神淡路大震災から24年になります。

5時46分に、神戸の東遊園地での「神戸市震災24年追悼の集い」での黙祷に参列しました。

 竹灯ろうに加えてペットボトルの灯ろうも加わっていました。

 静かな朝の祈りのひとときでした。 

「黙祷 -神戸市震災24年追悼の集い-」のページを作成しました。
http://itsumi.citykobe.jp/20190117/ 

流泉書房

 垂水のセンター街に、昨年末頃から、新しい本屋さんがオープンしました。

 何度か前を通っていたのですが、今日前を通った時に書店の名前が「流泉書房」とあるのに目がとまりました。すぐには気が付きませんでしたが、三ノ宮にあった書店と同じ名前です。

 調べると、三宮にあった流泉書房は須磨にも店があったそうで、更に調べると須磨パティオで営業を続けていたそうです。昨年11月末に須磨店を閉店して垂水に移転したようです。

 以前、元町・三ノ宮にはたくさんの本屋さんがありました。流泉書房、漢口堂、さんちかには確か神戸ブックセンター・・・

そして元町には、日東館、丸善、海文堂・・・すべて閉店してしまいました。そして後からオープンしたジュンク堂は大きくなって、今は本店は神戸から離れて丸善ジュンク堂書店となっています。

 日東館は垂水のたるせんにも店があって、元町は閉店してからも営業を続けていましたが、これも閉店しました。

 そして垂水には、文進堂、広文堂、そして日東館の3つの本屋さんがありましたが、一昨年広文館が閉店して、文進堂は昨年閉店、昔からの書店が閉じてしまいました。

 垂水駅には、イオンの2階にアミーゴ書店、プリコ垂水に知恵蔵書店、そしてセンター街に流泉書房が出来たことになります。また垂水は3書店体制です。

兵庫

 車の半年点検の為にディーラーに・・・1時間あまり掛かるとのことで、兵庫の町を散策しました。

 西国街道の「西惣門跡」の石碑が、柳原の蛭子神社の脇にありました。

 十日戎の「残り福」だと勘違いしていましたが、残り福は昨日で、蛭子神社の境内は「片付けモード」でした。

 何年か前は、この能舞台で踊りを演じていたのを見ましたが、能舞台の周辺も片付けモードで騒々しい雰囲気でした。

 兵庫の町、元兵庫城があった運河沿いです。此処に最初の「兵庫県庁」があったそうです。廃藩置県が明治4年(1871年)8月29日で、兵庫県の誕生は、その3年前の慶応4年(1868年)7月12日です。兵庫鎮台そして兵庫裁判所を経て兵庫県が誕生しています。

「兵庫の泊」という港町・兵庫町が県名の由来です。此処が兵庫県の「原点」とも言えます。もちろん明治4年に誕生した兵庫県は、幕府直轄地や寺社領など、神戸市の一部と、芦屋、西宮、尼崎辺りだったようです。

 兵庫城跡の南側に「琵琶塚」と共に平清盛を供養した十三重の塔、それに近年建てられた清盛像があります。

 「最初の兵庫県庁跡」の石碑の東、運河の対岸の兵庫城址にイオンモールが出来ています。その中に「神戸垂水青果」がありました。垂水近郊の野菜が廉価で売られていました。

 JR神戸線兵庫駅の北、この三角のようなスペースが、元・山陽電車の兵庫駅のターミナルがあった場所です。現在は、西代駅が終点で、その東は神戸高速鉄道が阪神電車・阪急電車、そして神戸電鉄とつながっています。昔は、西代駅から、長田神社前をへて、兵庫駅まで西国街道の路面を走っていました。

 半年点検が終わって、初売りのシーズンで1月は福袋を貰えます。

早朝の通勤風景

 今朝はJR神戸線の神戸駅で降りて、3駅分を歩いて本務校に向かって徒歩で通勤しました。

 神戸駅は東海道本線の終点であり山陽本線の始点となります。駅の西口は、楠公さんで親しまれている湊川神社の正面となります。

 湊川神社の東側を北上して大倉山へ。そして東に向かうと、宇治川となります。この山手幹線を境に、宇治川は暗渠となります。そのダムのような壁

 山手幹線の下から暗渠となって、このトンネルの下を流れています、トンネルの向こうに見えるのが、旧宇治川に出来た宇治川商店街になります。

 山手幹線沿いを歩くと、東の空が群青色を帯びて、住宅の暖色系の照明とのコントラストが綺麗でした。

 しばらく道沿いに歩くと、プロテスタントの日本基督教団・神戸教会の建物がシルエットのように浮かび上がっていました。

 少し進むと、アングリカンの聖ミカエル教会・・・かなり空が明るくなってきました。

 相楽園とこうべ小学校の間を山手に向かって・・・古い私学の神港学園です。珠算教室に通っていた子供時代、ここ迄検定試験を受けに一人で来たことを思い出しました。

 北野周辺は異人館が多いですが江戸期までは、田んぼが続いており、その頃の水路と畔道がそのまま住宅地の裏路地のように残っています。

 神戸ムスリムモスク・・・昭和10年に建てられた日本で最初のモスク(イスラーム教寺院)です。戦災を逃れて焼け跡に立っていた写真を見たことがあります。

 カトリックの神戸中央教会です。神戸の震災で倒壊した中山手カトリック教会・下山手カトリック教会と灘教会が統合してできた教会です。

 旧生田川のフラワーロードを南下して、JRの高架沿いを東に向かって本務校まで、約1時間20分ぐらいの朝の散策・運動も兼ねての通勤でした。

神戸神社

 今朝は西播磨をドライブ、元旦から昨日までは穏やかな日和が続いていましたが、今朝は冬型の気圧配置で曇りがちです。

 坂越、目の前の海に浮かぶ生島(いくしま)は、「生島樹林」として国の天然記念物に指定されています。この島には歌舞芸能の神として信仰されている秦 河勝(はた の かわかつ)の墓があるそうです。そして河勝を祭神とする大避神社も坂越にあります。

その坂越の古い街並みを散策しました。

 坂越から御崎へ・・・御崎から眺めた室津方面です。

 御崎の目の前には播磨灘越しに家島が浮かんでいます。まだ堅い芽の枯れ枝越しに家島の山並み・・・

 御崎のレストラン脇で、炭を熾(おこ)していました。

 赤穂の町を通過することはあっても、赤穂城を訪れるのは久し振りです。二の丸庭園の復元工事をしていました。

 赤穂城内にある大石神社、参道の脇にずらりと四十七士石像が並んでいます。

幾つもの少年野球チームが拝殿で順番に祈祷してもらっているようで、保護者も含めてちょっと賑やかでした。

 神社の脇には、古いお守りや絵馬などが、お焚き上げを待って、山のようになっていました。

 赤穂から日生を経て備前伊里、岡山県です。海の駅「備前」は朝から賑わっていました。

 海の幸がずらっと並んでいます。

此処迄、国道250号線でしたが、北上して帰路は国道2号線で船坂トンネルを超えて兵庫県へ、

 神戸神社・・・神戸市に戻ったのではなくて、旧揖保郡揖保川町の神戸山(かんべやま)にある神社です。

 竜野駅のすぐ北、国道2号線沿いに、神戸神社前という交差点があり、気になっていました。初めて立ち寄りました。

 祭神は大己貴命(オオクニヌシノミコト)と少彦名命(スクナビコナ)です、古事記ではカンムスビの子で数多くの山々や丘々の造物者です。

 神戸神社の祭神は応仁2年(1468年)に播磨国の一の宮である伊和神社より御分霊を招いたそうです。神社自体の歴史は古く、それまでは古来から神の宿る聖地・神山として神戸山を崇める神社だったようです。

正月風景

正月2日目、地元の日帰り温泉「太平の湯」で初湯をゆったり愉しみました。

 正月の朝一番なので、かなり空いていると思ったのですが、結構混雑していました。約50分温泉に浸かって約700mlの汗をかきました。

 夕方に垂水の街へ・・・夕刻の海神社は警備員が出て、参詣の行列の整理をしていました。

 昭和時代から変わらぬ夜店の光景があちこちにありました。

 垂水駅の高架下のショッピングセンター内に「垂水よりみち神社」が出現していました。

 地元のケーキ屋さん、駅前の「レーヴドゥ・シェフ」の店内はお客さんでいっぱいでした。

 ショーウインドーにはきれいな新春モードのケーキが並んでいました。ケーキを選ぶのも楽しみです!

 結局、ショートケーキを12個選びました。

 食後に美味しくいただきました。

新年

 元旦の朝に初日の出を見に明石・南二見の東岸壁に出掛けるようになって、数年以上続いています。

 今年は、はじめて元旦の朝が快晴で東の空に雲がなく、綺麗な初日の出を愛でることができました。

初日の出については、「2019年 初日の出」というページを作成しました。
http://itsumi.citykobe.jp/20190101/

 [2019年 新年のあいさつ」のページ。
http://itsumi.citykobe.jp/2019newyear/

 「2018年を振り返って」というページ。
http://itsumi.citykobe.jp/2019/

 明石・南二見の東岸壁は、初日の出のスポットのようで、見渡す限り初日の出を待ち望む人の姿が続いていました。

 自宅近くにある旧・垂水村の垂水漁港の近くにある海神社は、初詣の参拝客でにぎわっていました。参詣のための行列が境内に長い列となっていました。

 干支みくじを一生懸命に探している子供がいました。

 高架の垂水駅の高架下にある商店街は、元旦から営業していました

 でも、正月、特に元旦に休業するようになった店が増えているように思います。

 午前中は快晴で、通り抜けた住宅地では、ベランダに洗濯モノを干したり、2階の窓を開けて換気したり、布団を干していたりと、普段の日常生活そのままの光景が広がっていました。

大晦日

 大晦日の午後、丘を降りて垂水駅前へ・・・垂水センター街の大晦日の人出です。

 センター街の八百屋さん、結構安いので時々買いますが、今日は店の外にも商品を並べて人だかりがしていました。

 垂水廉売市場です。昔の年末は、此処に入れないほど混雑していました。魚屋さんやお菓子屋さんの店頭には正月向けの商品が並んで、魚屋さんには地元明石の鯛の塩焼きが並んでいました。

 垂水港に面した海神社、昔の垂水村の中心だった処だったようで、初詣には参拝客でごった返します。大晦日は屋台の準備等で、人影はまばらでした。

 賽銭箱も初詣モードです。賽銭箱はブルーシートで覆われていました。今日の大晦日に参拝した人のお賽銭はどうなるんだろうなあ~と、ふと疑問がよぎりました。

 垂水の街の老舗の蕎麦屋さんです。迎えに本屋さんがあって、この蕎麦屋さんの店の前は、子供時代からよく通っていましたが、この蕎麦屋さんに入ったことはありません。その本屋さんも、今年閉店してしまいました。

「神戸ルミナリエ」と「垂水」を掛け合わせたようなネーミングの「タルミナリエ」のイルミネーションです。

 今年も1年が終わろうとしています。