minerals

 今年は久し振りに3年生で開講している「課題研究」を担当することになりました.週1回で3時間連続の授業です.

 「課題研究」のタイトルは工業技術英語です.「Basic Circuit Analysis」という英文の電気の入門書を輪講形式で進めようと計画を立てました.

 それにイントロダクションとして,工業技術英語検定の演習問題を用いることにしました.実際に生徒の反応を見ていると「Basic Circuit Analysis」の輪講は生徒には負荷が大きいようで,今日は前ふりの教材として用意した工業技術英語検定の演習問題に3分の2ぐらいの時間が掛かってしまいました.

 工業技術英語検定の演習問題で答に窮した問題文です,

A diverse group of organic molecules that are required for metabolic reactions and generally cannot be synthesized in the body.

 対応する単語として「minerals」と「vitamins」のどちらかで正解は「vitamins」なのですが,この文が当たった生徒は「minerals」と答えていました.

 問題文は「新陳代謝に必要とされ、一般に体内で合成することができない有機分子の多様なグループ」というような意味ですが,確かにミネラルも人間の体内では生成できないはずです.生徒にしっかりと説明できず最後は「正解がvitaminsだから・・・」という曖昧な説明で次の設問に進みました.

 ちょっと気になったので電子辞書でアレコレと調べると,「minerals」に対応する日本語はミネラルというカタカナで「わかったようなつもり」になっていましたが,ミネラルをカタカナではなくて日本語で表すと無機質や鉱物という言葉となることがわかりました.「organic molecules 」有機分子ですので無機質のミネラルは答えではないです. ミネラルが無機質・鉱物という単純な理科の知識が欠如していたことに気付きました.

忖度・・・不合理な配慮

 最近ニュースで忖度という言葉を耳にすることが多くなりました。

 忖度を小学館の日本国語大辞典で調べると,
・他人の心中やその考えなどを推しはかること.
・推量.推測.推察.

現在ニュースで用いられている忖度の意味として,
・他人の心を他の事柄を元に推測する.
・建前ではそう言うけど、本音はこうだろうと推測する.

忖度のニュースの英語での扱いは,
conjecture・・・推測
surmise・・・推測する
reading between the lines・・・行間を読む
reading what someone is implying・・・誰かが暗示していることを汲み取る

 森友学園の籠池理事長の国会での証人喚問に続いて行われた日本外国特派員協会の記者会見において,籠池理事長は「直接ではなかったが忖度があったと思う」という表現を用いています.March 2017,23 Tokyo Yurakucho

 籠池理事長が口にした「忖度」の表現について、籠池理事長の代理人で、国会では補佐人も務めていた山口弁護士が解説しています.

I think he is missing a couple of words, what he is trying to say is, when he said he was doing “sontaku”, that something done by people around him, and not by Abe. “Sontaku” is not a word that you use by yourself. When you say “sontaku,” Abe is probably, people around, or you know, people who are underlings of Abe.

「いくつか言葉足らずだったようですが、籠池氏が忖度という言葉で表現しようとしたのは、安倍首相によってではなく、安倍首相の周りにいる人々が何らか手を加えたということです。忖度というのは自分自身で何かするという時に使われる言葉ではなく、安倍首相の周囲の人間、もしくは子分の人間が何かしたという意味になります。」

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 相手の気持ちを察したり,或いは相手の気持ちを推し量ることは,「空気を読む」「場の雰囲気」ということで,一種のコミュニケーション能力として,求められているものです.

 逆に,相手の気持ちを察することができない,空気が読めない,場の雰囲気をわきまえない・・・一般に非常識と言われてしまい,コミュニケーション能力の欠如とさえ烙印を押されかねないです.

 ただ問題は,相手の気持ちを察した後の言動なのかもしれません.忖度はあくまでも主観的なものであって,忖度によって言動が左右されることは,あくまでも客観性がないということに問題があるのかもしれません.

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「合理的配慮(reasonable accommodation)」 という言葉を耳にすることが多いですが,この言葉の意味するものは,『相互の合意や契約に基づく「便宜」や「助け」です.あくまでも「合理的配慮」は「契約」であり「権利」であり、必要性と適切性を合理的に説明できる責任(accountability)の上で双方の合意・契約の下で行われる融通や助けのことです.一方的な特別扱いでは決してないです.accommodationは相違や対立を調整する,或いは要求などを受け入れたり配慮するという意味があり,一方的ではなくて双方向であり,理屈や状態を説明することを伴います.忖度とは似て非なるものです.

 それに対して「忖度」は,どちらかと言えば主観的で「不合理的な配慮(unreasonable modification)」との表現がぴったりかもしれません.合理性がない主観的な特別扱い,或いは責任回避として、『一方的』に特別扱いをすることのように感じます.、そもそものルールを無理矢理に修正或いは拡大解釈して手加減をすることです。まさに一方的なmodificationです.

 「学力」を考える時に「合理的配慮(reasonable accommodation)」は必要ですが,「不合理的な配慮(unreasonable modification)」(「忖度」)は不要どころか,「学力」にとって邪魔でしかないかもしれません.とくに学力の評価に「不合理な配慮」(忖度)が忍び寄ると,評価自体の信頼性が著しく低下する可能性が大きいです.

平田オリザをめぐって・・・

 職場の先輩と,あれこれと四方山話をする中で,進路指導の話題になって「生徒にとってのキャリアって?」という話になりました.

 普通科の進学校ならば,大学受験に必要な教科・科目を中心に,基礎的な学力に加えて,しっかり応用できる学力が求められます.大学が求めてる学力を問う「入試という敷居」を超えるために鍛錬が「キャリア」とも言えます.

 それに対して就職の比率の高い専門高校における「キャリア」は,様相がかなり異なるのかもしれません.就職先の職場で仕事をこなせるか?それを見極めるために面接では部活動に関する質問が比較的多いです.その生徒の個性というよりも,集団生活に馴染んでいるか?集団行動がとれるか?というような質問の背景には,企業が求める専門高校の生徒に求める「キャリア」が,大学が普通科の進学校に求める「キャリア」とは異なる為ではないかと思います.

 専門高校において会社が求める生徒の「キャリア」は,会社という組織の中で「歯車」としての素質を問われているのかもしれず,生徒自身も,自分の個性や能力以上に,会社という「組織における親和性」のようなものをアピールする傾向を感じます.それはもちろん指導する教師の思惑や,求められている生徒像にあわせようとしている部分も大きいと思います.

 学校では生徒の個性を育むことが求められていますが,実際には「個性の豊かさ」よりも「規律の正しさ」や「高校生らしさ」のような,一律のベクトルを基にした「ものさし」で生徒を測って,貌のない生徒を生み出している部分もあるかもしれません。

 いろいろな話をする中で,その先輩が最近読んだ文章から「今,話していて思い出しんたんだが・・・」と前置きをされて平田オリザの講演会録から面白い話をお聞きできました。

 2008年に起きた秋葉原通り連続殺傷事件の被告が,事件を起こす直前にネットに書き込んだ言葉「良い子を演じさせられるのに疲れた」という記述に平田オリザが注目したそうです.これまでは「良い子を演じるのに疲れた」というケースはありましたが,この事件の被告は「良い子を演じさせられるのに疲れた」とかなり大きな強迫概念にとらわれて追い込まれていたのかもしれない,誰かに操られ,自分を自分だと思えなくなったような感覚を持ってしまったのかもしれません.

 平田オリザは「良い子を演じるのに疲れた」という子どもに対して「もう良い子を演じなくて良いよ」と言うことは,表面的で偽善でに過ぎないのではないかと疑問を投げかけています.むしろ教育者としては「良い子を演じるのに疲れないタフな子ども育てる」ということが教育のほんとうの目的ではないかと提唱しているそうです.

 劇作家の平田オリザらしい表現にも感心しましたし,四方山話の中で,話を広げて平田オリザの講演録と関連づける先輩の「豊かさ」にも驚きを覚えました.アナロジーを持っていろいろな視点や視野で捉えることが教育にとって大切だと思うのですが,まさに豊穣で柔軟な姿勢を,その先輩から学び,自分自身が未だ未だだなあ~と感じました.

 後でいろいろ考えると,漱石は小説「三四郎」の中で,「偽善」と「露悪」という言葉を用いて同じようなことを言っていたなあ~と思い出しました.また,心の奥底を映し出す「能面」と,心を隠す西洋の「仮面」との対比にもアナロジーがあるのかもしれません.

 
 「ピエロ」と「クラウン」,涙マークのメイクがあるのがピエロで,ないのがクラウン・・・馬鹿にされながらも観客を笑わせている,でもピエロの笑いの陰には,馬鹿にされた悲しみを持つ,と耳学問で聴いたことがあります.

 平田オリザの提唱する「良い子を演じることを楽しむぐらいのしたたかな子ども」,まさにメタ認知ができて自分を操り自分を演じる子ども・・・いろいろイメージする中で思い出したのが藤山寛美です.寛美は涙を流して演じるのではなくて,むしろ涙して道化を演じる自分を真剣に見つめていたのかもしれません.

感覚をつないでひらく芸術教育を考える会

感覚をつないでひらく芸術教育を考える会の第11回研究発表会が兵庫教育大学 神戸ハーバーランドキャンパスの兵教ホールで午後から開催されました.

 今回は3つのワークショップ,そして研究発表が1つ,そして兵庫教育大学の大学院生によるパフォーマンスが4つでした.

感覚をつないでひらく芸術教育を考える会第11回研究発表会のページを作成しました.
http://itsumi.citykobe.jp/20170320/ 

 研究会後の懇親会が神戸駅近くの居酒屋で3時間あまり,関西と首都圏の言葉や文化の違いの話題から話に華が咲いて,関西の祭りのスピード感の違いの話となり,「コンコンチキチン,コンチキチン」が今も耳に残っています.

卒業式

 今日は卒業式です.いつもと同じ時刻の電車に乗りましたが,授業の準備がないので,ちょっと遠回り・・・神戸臨港線の線路跡が残っている処へ立ち寄りました.

 写真係で,ほぼ2時間半,ファインダーを覗いて,ひたすらシャッターを切っていました.式の進行にあわせて,式場の彼方此方に視点を求めて・・・

 教室に戻って,最後のホームルーム,担任やクラスのキャラクターが滲みます.

 紅白饅頭は,ほうらく饅頭でした.白が2つと赤が3つ,アンバランスな気がしますが,ほうらく饅頭の「お祝事」用の定番だそうです.

 歩数13000歩,消費カロリー2000kcal・・・金曜のデスクワークの日とほとんど同じでした.

世界図絵

17世紀のチェコの教育者であったコメニウス(Johannes Amos Comenius)の世界図絵(Orbis Pictus)は,一般に「世界最初の子供向けの絵本」と言われています.
 

 言葉(言語)だけでものごとの概念を指し示そうとしていた本と違って,絵(非言語,視覚)を使って,いろいろなものごとの概念を指し示そうとしている点では,画期的な本とも言えます.現在の視聴覚教育やICTの源流とも言えます.

 コメニウスは,現在の学校教育の礎を構想した教育者と言われています.「同一年齢・同時入学・同一学年・同一内容・同時卒業」は現在の学校に骨格であり,人びとがすべての知識を共有することを目指した教育者でした.

 手元にある追手門大学の井ノ口淳三先生の日本語の冒頭,「読者への序言」の中で,

『無知にとっての薬は学識です.それは学校で若人にもたらされるべきものです.』

 原著では,各ページの上に絵(イラスト)があり,下に説明の言葉があるレイアウトになっており,現代のネットでよくみられるホームページやブログの形式が,これを継承しているとも言えます.手許の文庫本版では,右に言葉,左にイラストという構成です.

 表紙は,最初の項目「入門」です.

教師:こちらへおいで,かしこくなるのは勉強しなければらなないよ!
生徒:かしこくなるとはどんなことですか?
教師:必要なすべてのことを正しく理解し,正しく行い,正しく語ることだよ.

 ・・・このようなやりとりで始まります.

 「感覚」の項目では外部感覚として五感の眼,耳,鼻,舌,手を挙げており,内部感覚として,共通感覚,想像力,記憶力を挙げています.イラストは5つの感覚器官と,その中心に脳を配置しています.

「学校」の項目,説明文は,

学校は若人の心が徳へと形成される仕事場です.そしてクラスに分けられています.

 11と12は,不真面目な生徒に対して鞭打っているイラストです.

抽象的な「文辞」の項目もあります.

左端0から言葉,修辞,詩や歌,そして右端が音楽です.当時の教養(liberal arts)は現在とは違っているようです.

 現在の日本だと,国語,英語,数学,理科,社会となって,文芸や音楽は入らないのかもしれません.

見方,考え方

昨日,公開された幼稚園・小学校・中学校の新学習指導要領案,「~見方,考え方」というフレーズが多用されているのが気になりました.

 見方・・・視点や視野,或いは鑑識眼とも捉えられる言葉で,考え方は学習のプロセスのことで,「結果重視」というよりも「問題意識」や「学習過程」に力点が移行したとも捉えられるように思います.日経は「どう学ぶか」という見出しをつけていました.

 小学校の外国語の拡充を取り上げた記事もあり「英語力向上 先生に難問」というタイトルがあります.小学校学習指導要領をざっと見ると,中学校の基本的な英語力を小学校の時点で修めるような感じです.

 社会科では聖徳太子が厩戸王,大和朝廷が大和政権,鎖国が「幕府の対外政策」,そして元寇が「モンゴルの襲来」と表現が変わっています.耳慣れたフレーズを尊重することは,しないようです.

 職場の先輩が休み時間を利用して階段の昇り降りをして汗を流しておられるので,今日から挑戦することにしました.1階から6階まで階段の昇り降りを20分間続けると・・・汗だくになってしまいました.タオルを持参していなかったので,初日は20分で終了しました.

・歩数 15064歩
・階段  1490歩
・早歩き 8716歩
・活動カロリー 761kcal
・総カロリー  2240kcal
・脂肪燃焼量 39.6g
・歩行距離 11.1km

 冬場は運動量が減って,朝,三宮から一駅分の約30分歩くぐらいでしたが,階段の昇り降りで運動不足を解消したいと思います.

生徒に力をつける授業デザインの研究

公開教育研究会に参加しました.

チャレンジ!アクティヴラーニング~真のアクティヴラーニングとは何か~というサブタイトルを持つ研究推進をしていました.

公開教育研究会のページを作成しました.

生徒に力をつける授業デザインの研究
http://itsumi.citykobe.jp/20170202/