飾磨

 兵庫県の工業部会の教育工学委員会のために姫路の飾磨工業高校へ向かいました。

 普段は山陽電車を利用することがなくて、久し振りに山電垂水駅、独特の色合いの電車を身近に目にして、思わずレンズを向けました。

飾磨駅・・・ここで降りるのは久し振りです。山陽電車は本線以外に網干線という単線があって、飾磨駅と網干駅とを折り返し運転しています。そのホームが頭端式になっています。

 飾磨駅で降りて・・・昔、部活の先輩がアルバイトしていたという電気屋さん、まだありました。

 網干線の線路伝いに歩くと、飾磨工業高校がありました。

 コンピュータシステムとセキュリティーに関する講演でした。

夜間中学

 神戸市内には2つの夜間中学があります。3年前から「学校公開デイ」を設けて授業参観が出来ます。

1回目から参加していますが、最初の年はたくさんの参加者がいて、じっくり教室に入れなかったのが、昨年の2回目は参加者が減って、じっくりと参観することができました。3回目の今年は、かなり参加者が少なく、逆に遠慮しながら参観しました。

 「学び」そのものが中心となった授業展開は「学校」の原点ではないかと、心新たにさせられます。「教え」と「学び」の共鳴・・・なかなかできないことを、夜間中学から学びたいと、毎年の参加を心掛けています。

真正な学び~市川伸一先生

大阪大学中之島センターで開催される、兵庫教育大学連合研究科主催の教育実践フォーラムに参加するために大阪に向かいました。

堂島川と土佐堀川に挟まれた中之島に、かつて大阪大学のキャンパスがありました。1993年に医学部と付属病院が千里丘陵に移転して、中之島には現在キャンパスは現存せず、医学部跡地に中之島センターがあるのみです。田簔橋・筑前橋と堂島大橋・土佐堀橋の間辺りに、大阪帝国大学時代の医学部・工学部・理学部のキャンパスがあったようです。

 西梅田から、地下の「堂島地下センタ-・ドーチカ」を歩きました。かつてはおじ様御用達の店舗や飲み屋が並んでいましたが、現在は、その面影があまり感じられないぐらいにリニューアルされています。

ドーチカの南端を出て西の路地を入ると中央電気倶楽部があります。 

 古い建物が、そのまま残っています。照明学会で2度、お世話になりました。

 渡辺橋を渡って、河口に向かって、中之島の堂島川沿いを田簔橋辺りまで・・・快晴で汗ばみました。

明治6年に当時は第三大学区だった大阪に官立大阪師範学校が設立されたそうですが、財政難で廃止されたそうです。それとは別に明治7年に南御堂に大阪府立の教員伝習所が設立され、それが翌年には大阪府師範学校と改称し、明治10年に、ここ中之島に移転したそうです。この大阪府師範学校が、戦後に大阪学芸大学となって現在の大阪教育大学です。

 大阪大学医学部付属病院の跡地辺り、堂島川の右岸には「Red&Blue street」という遊歩道がありました。

 玉江橋から堂島川越しに中之島・・・手前が大阪大学中之島センター、その後ろのビルが関西電力です。

 中之島センターです。博士論文資格試験は此処で受けました。合格後に、すぐ博士論文の執筆にかかりました。

 5階の講義室、今日の講演者は、東京大学教育学研究科の市川伸一先生です。教育心理学部門の第一人者ですが、講演を聴くのは初めてです。
 

『「真正の学び」からの批判と「真正の学び」への批判』というタイトルで1時間半、「正統的周辺参加」と「Resercher-Like Activity(研究者の縮図的活動)」との対比が、大変興味深かったです。「正統的周辺参加」と、ヴィゴツキーの最近接発達領域(ZPD・Zone of proximal development)との違いはなんだろうなあ~と思いながら「徒弟制」の功罪について考えさせられました。

 講演内容とはベクトルが異なりますが、専門を初期の段階で学ぶのと、教養をしっかりと修めてから学ぶのとでは、どちらが「真正」なのかなあ~と、ふと考えさせられました。

 大阪の地下街にある「八百富写真機店」、以前は、この奥まで全部が八百富でしたが、今は人通りの少ない方の片隅だけになっていました。

集中講義

 昨日と今日、県立大工学部での教職課程の集中講義がありました。

 早目に到着して、キャンパス内を散策しました。

 現在、県立大工学部のキャンパスは建て替え工事中で、昨年は本部棟が正門脇に、そして今年は図書館の東隣に電気系の建屋が新しく完成していました。

 書写山の山麓にある平屋の実験棟群は、まだ健在でした。

 書写会館がある、キャンパス内の小高い丘へ・・・虫の音とともに、ツクツクボウシの鳴き声が聴こえ、夏の名残を感じました。

 建て替えが進むと、書写山の麓のこの光景も、大きく変わることと思います。

 今朝、第二神明から高砂バイパス、姫路バイパスと晴天でしたが、姫路の市街地を超えてトンネルを抜けると青山辺りは霧で包まれていました。姫路西ランプにある姫路SAです。

 履修者は3名、「職業指導」の授業の中で、「キャリア」についていろいろなケースや例を取り上げ、今年は公開求人の求人票から情報の読み取りをするワークショップを実施しました。最後にKJ法を用いて、少ない履修者でしたが、相互の意見を交換させて、最後はプレゼンテーションとしました。

教育実習

JR神戸線元町駅の東口にある「大きな自転車に乗っての通行はおやめ下さい。」の掲示。この駅構内を自転車で通り抜ける人が後を絶たないのかもしれません。

早朝の高架下商店街、神戸では「高架下」と言えば、神戸駅から三宮駅までJRの高架下の商店街を指し示します。神戸市中央区元町高架通という住居表示もあります。

 JR西日本の高架下の耐震補強工事の為に、高架下商店街の存続が問題になっており、昼間でもシャッターが閉まったままの店舗もあります。

 先週と今週の2週間、教育実習の指導がありました。卒業生が大学4年生となり教職課程の一環として、多くは母校において教育実習が課せられています。

 昨日が研究授業で、大学の先生もいらっしゃっていました。声に張りがあり声量もあって、板書の字も大きく、わかりやすい授業を展開していました。ただ「あれもこれも」と盛りだくさんの内容を丁寧に説明したので、授業の前半は「教え」が支配的になってしまって、生徒の「学び」と乖離したような部分もありました。

後半はプリントを用いた演習で、最初は生徒も見学者を意識して堅い感じでしたが、教育実習生が机間巡視をすると、互いに学び合うような、良い意味での「ザワザワ感」が生まれてきました。

 最後には授業アンケートをとって、研究授業の批評会ではアンケート結果を分析したものをドキュメンテーションして、しっかりと客観的にフィードバックした内容に基づいて研究授業を顧みることが出来ていました。良い教師になるんだろうなあ~と感じました。

The Prayer of The Frog

手許に’The Prayer of The Frog’「蛙の祈り」という本があります。アントニオ・デ・メロというインド生まれのイエスズ会のカトリック司祭の著作で、vol.1が日本語版、vol.2が英語版です。日本語版は裏辻洋二神父の翻訳によりものです。

 この中で好きな名言が「活字にならなかった経文」という邦題がついた文章です。

Tetsugen, a student of Zen, resolved on a mighty undertaking: the printing of seven thousand copies of the sutras which till then were available only in Chinese.

He travelled the length and breath of Japan to collect funds for this project. Some wealthy people offered him as much as a hundred pieces of gold but mostly he received small coins from peasants. Tetsugen expressed equal gratitude to each donor regardless of the sum of money given.

After ten long years of travel he finally collected the funds necessary for the task. Just then the river Uji overflowed and thousands were left without food and shelter. Tetsugen spent all the money he had collected for his cherished project on these poor people.

Then he began the work of raising funds again. Again it was several years before he got the money he needed. Then an epidemic spread all over the country, so Tetsugen gave away all he had collected to help the suffering.

Once again he set out on his travel and, twenty years later, his dream of having the scriptures in the Japanese language finally came true.

The printing block that produced this first edition of the sutras is on display at the Obaku Monastery in Kyoto. The Japanese tell their children that Tetsugen got out three editions of the sutras in all; and that the first two are invisible and far superior to the third.

裏辻洋二神父の日本語訳では、

 鉄眼は禅の僧侶であった。彼は一念発起、一大事業を思い立った。それまでは中国語でしか手に入らなかった経文を日本語で七千部印刷しようという壮大な計画であった。

 彼は日本国中を駆けめぐり、資金を集めた。富裕な人々が大金をポンと寄付してくれることもまれではなかったが、寄付の大半は農夫、庶民からの小銭だった。鉄眼は大金にも小銭にも額にかかわりなく、寄進者には同様に感謝を表わした。

 十年後、事業遂行に十分なお金が集まった。ちょうどそのころ、宇治川が氾濫し、数千人が家を失い、食べるにも事欠くありさまとなった。鉄眼は長年温めてきた事業のための資金を困窮する人々のために投げ出した。

 そしてまた一から資金集めを始めた。必要な金額に達するまで、また数年を要した。こんどは全国に伝染病がまんえんした。鉄眼は災難に苦しむ人を救済するため、このお金を投入した。

 三度目の募金活動が二十年を迎え、日本人が日本語の経文を手にするという夢が現実となった。

 経文の邦訳第一版を印刷した台木は、京都の黄檗宗の寺院に保存されている。日本では、子々孫々つぎのように言い伝えられている。鉄眼は経文を計三回出版した。はじめの二版は幻の出版となったが、その出来具合は、三度目のより、はるかに優れていたと。

 このデメロ神父の言葉に触れると宗教にとって大切なものって、宗教って、信仰って・・・と考えさせられます。

 祈ること、信仰、ご本尊様、教義、布教・宣教・・・と、実際の宗教においては、ほんとうに大切なものが最優先になっているのかなあ~と、ふと考えてしまいます。ほんとうに大切なものとは・・・

 教育も同じかもしれません。学習指導要領、安全、キャリア教育・・・と学校や教育現場に求められものが、どんどん膨れ上がっているように感じますが、ほんとうにたいせつなものが最優先になっているのかなあ~と。

 学校や教育にとって、ほんとうに大切なものとは・・・

 今年の課題として、考えたいと思います。

集中講義

県立大工学部の教職課程の集中講義が昨日今日の2日間,朝から夕方まで連続8コマが終わりました.

 3月末にキャンパスを訪れた時は,管理棟が正門前に引っ越しの真っ最中でした.正門からのキャンパスの光景が・・・変わりました.

新しいホームページを作成しました.

夏の集中講義~県立大工学部教職課程
http://itsumi.citykobe.jp/20170820/