教育実習

 先週の月曜から今日の金曜までの2週間,教育実習生の指導担当となりました.先週は授業見学で,今週は授業実践,そして最後の授業が研究授業でした.

 3年生の選択科目「電気基礎」と1年生の必修科目「情報技術基礎」の2科目,計6時間で授業実践してもらいました.

 電気基礎は履修登録が23名で,数学の授業で学習していない加法定理と積分の説明が必要となります.むつかしい箇所の担当となって,1回目の授業では最初は良かったのですが授業半ばで失速してしまって,板書のレイアウトも良くなかったです.

2回目の授業では,しっかりと悪い箇所を克服して,板書も見易くなっていました.
 

 積分は2学期に扱う予定でしたが,例を出して,短い時間で図を使って端的に説明していました.

 情報技術基礎は2クラスあるので4回の授業実践,1回目は2クラスとも授業の流れも悪く,時間配分も良くなくて,チャイムが鳴ってからも終われませんでした.

 2回目は,しっかりと悪い箇所を克服して,短い短縮時授業の中で教師の側の「教え」を約10分にまとめて,生徒の「学び」となる実習時間を20分確保,良い意味でザワザワ感があり,生徒同士で互いに「学び合い」が生まれ,さらに次の課題へ挑戦しようとするチャレンジの雰囲気をありました.タイマーを使いこなして余韻を持って実習を終わることができて,生徒の「学びの場」がしっかりと担保できた良い授業となりました.

 最後の研究授業は,もう一つのクラスで,その同じことの繰り返しでしたが,「アレもコレも」教えようとして教師の側の「教え」に時間が20分近く掛かって,その分生徒の実習時間・生徒の「学び」が10分程度となってしまいました.

 教師の「教え」が支配的となって,結果的に生徒の実習時間を食い潰すことになってしまい,良い意味でのザワザワ感を醸し出すことが残念ながらできませんでした.

 私自身も,つい丁寧に説明してしまって,「生徒の考える時間」「演習時間」を食い潰してしまうことがあります.

 教育実習生の指導を通して「教え」と「学び」について考えさせられました.

工業英語

 朝は,雨が降らなければJR神戸線・三ノ宮駅で降りて,次の駅の灘駅までの一駅分を歩いています.三ノ宮駅の東口にあるスクランブル交差点から東へまっすぐ伸びる旧西国街道を歩くと・・・新生田川を渡る橋詰に小さな鯉のぼりが垂らされています.

 更に歩くと昭和のノスタルジーを感じる喫茶店が早朝からオープンしています.この店は神戸サンドイッチが売りのようで,写真右上に神戸サンドイッチの絵が店頭にあります.

旧・西国街道から外れて早朝の春日野商店街を通って・・・商店街近くの蔦で覆われた喫茶店, 

 週一回・3時間連続の課題研究の授業は7人の受講生と共に工業英語を学んでいます.交換留学生の経験がある生徒から英語を苦手とする生徒まで英語力が多様で,教材の選定や授業の進め方に苦心しています.今日は3級工業英検の問題を基にして授業を進めました.当初は英語で書かれた電気回路の入門書の輪講を想定していたのですが,どうも生徒の負荷が高いようで,教材としてはペンディングとしました.

明石藩と敬義館

 現在住んでいる処は政令指定・神戸ですが,昭和16年に神戸市に編入されるまでは明石郡でした.さかのぼれば,明治初頭には明石藩,そして江戸期中期以降は明石城主の所領でした.明石郡だった地域は,現在は明石市と神戸市の垂水区と西区がほぼオーバーラップします.

 江戸時代までさかのぼって明石の歴史を辿ってみると・・・

 江戸時代初頭は,姫路城主である池田氏が播磨国一国の領主でしたが,池田氏が鳥取にに転封になった後,明石郡は信濃・松本から入封となった明石城主・小笠原氏の所領となりました.この時にキリシタン大名・高山右近が築いた船上(ふなげ)城から現在の明石城に移っています.
 
元和 3年(1617年)信濃・松本から小笠原秀政が入封
寛永10年(1633年)信濃・松本から松平庸直が入封
寛永16年(1639年)美濃・加納から大久保忠職が入封
慶安 4年(1649年)丹波・篠山より松平忠国が入封
延宝 7年(1679年)大和・郡山より本多政利が入封
天和 2年(1682年)越前・大野より松平直明が入封

 越前松平家が明石城主となって,その後は廃藩置県まで続いています.

 弘化元年(1844年)に明石城の第16代城主となった松平慶憲は,幕末の混乱期を経験した城主です.日本に外国船が来航するようになったため,ペリーが浦賀に来航した際には品川警備を命じられ,明石海峡沿いに砲台を築いています.

 明治元年(1868年)の鳥羽・伏見の戦いでは幕府方として大阪城の将軍徳川慶喜の救出を試みたが出来ずに明石に引き返しています.明石城に官軍が進軍した際には恭順の意を表して明石城を明け渡し,その後は官軍に従軍することになったようです.戊辰戦争では官軍として参戦し,越後へ進軍もしているようです.同じ年の明治元年(1868年)には藩校・敬義館が開かれています。明治維新を経て,藩としての未来を描く時に,未来を託す人材育成を考えて各藩が藩校を開いたのは,明治元年から明治2年に集中しています.

 慶応4年(1868年)閏4月に政体書が公布され,幕府の直轄地のうち,城代・京都所司代・奉行が置かれた処を「府」,それ以外を「県」として知事を置いて,それ以外を「藩」として大名が支配する「府藩県三治制」となり,明治2年(1869年)の版籍奉還に伴う「三治制」によって「藩」も国の行政区画と位置付けられ大名(藩主)は「知藩事」という地方行政官となっています.明治3年(1870年)に「藩制」によって,藩組織が全国的に統一されるようになっています.

 明治4年7月(1871年8月)の廃藩置県によって「明石藩」は「明石県」となりますが,同年11月2日には姫路県の管轄となり,1週間後の11月9日には飾磨県の管轄となります.そして明治9年(1876年)には第2次府県統合により兵庫県の管轄となっています.その後明治12年(1879年)に郡区町村編制法の施行によって明石郡が発足して郡役所が明石に設置されました.

 正式な意味での「明石藩」は慶応4年閏4月(1868年6月)から,廃藩置県により「藩」が廃止された明治4年7月(1871年8月)までの3年3か月です.

 そして「明石がひとつ」だったのは,元和3年(1617年)に信濃・松本から小笠原秀政が明石の船上城主として明石郡を所領して,それまでの姫路城主が明石郡を所領していた形態から「明石」が独立して,昭和16年(1941年)に明石郡垂水町が神戸市に編入されて,明石郡が分割されるまでの324年間です.

 歴代の明石城主で逸話が残っているのは・・・

第1代城主 小笠原忠真,船上城を廃して明石城を建設
第6代城主 松平信之,新田開発や人丸神社の整備等をして名君と言われていたそうです.
第15代城主 松平斉宣,参勤交代で尾張藩を通過中に行列を横切った3歳の幼児を捕らえ本陣へ連行,助命を乞う村民たちが押し寄せたが結局処刑しています.そして処刑された幼児の父親の猟師が斉宣を鉄砲で射殺したという話が残っています.
第17代城主 松平直致,最後の城主で,慶應義塾で学んで明治2年(1869年)に自邸の一部を開放して藩校・敬義館をつくっています.

 藩校・敬義館に関しては,なかなか資料が見つからず,橋本海関が明治5年(1872)に敬義館の国語教師に就任したという記録があるので,明治4年7月の廃藩置県によって明石藩が消滅した後も敬義館は存続していたことになります.敬義館が旧制中学校や師範学校へと系譜がつながっているのか・・・わかりませんでした.

minerals

 今年は久し振りに3年生で開講している「課題研究」を担当することになりました.週1回で3時間連続の授業です.

 「課題研究」のタイトルは工業技術英語です.「Basic Circuit Analysis」という英文の電気の入門書を輪講形式で進めようと計画を立てました.

 それにイントロダクションとして,工業技術英語検定の演習問題を用いることにしました.実際に生徒の反応を見ていると「Basic Circuit Analysis」の輪講は生徒には負荷が大きいようで,今日は前ふりの教材として用意した工業技術英語検定の演習問題に3分の2ぐらいの時間が掛かってしまいました.

 工業技術英語検定の演習問題で答に窮した問題文です,

A diverse group of organic molecules that are required for metabolic reactions and generally cannot be synthesized in the body.

 対応する単語として「minerals」と「vitamins」のどちらかで正解は「vitamins」なのですが,この文が当たった生徒は「minerals」と答えていました.

 問題文は「新陳代謝に必要とされ、一般に体内で合成することができない有機分子の多様なグループ」というような意味ですが,確かにミネラルも人間の体内では生成できないはずです.生徒にしっかりと説明できず最後は「正解がvitaminsだから・・・」という曖昧な説明で次の設問に進みました.

 ちょっと気になったので電子辞書でアレコレと調べると,「minerals」に対応する日本語はミネラルというカタカナで「わかったようなつもり」になっていましたが,ミネラルをカタカナではなくて日本語で表すと無機質や鉱物という言葉となることがわかりました.「organic molecules 」有機分子ですので無機質のミネラルは答えではないです. ミネラルが無機質・鉱物という単純な理科の知識が欠如していたことに気付きました.

忖度・・・不合理な配慮

 最近ニュースで忖度という言葉を耳にすることが多くなりました。

 忖度を小学館の日本国語大辞典で調べると,
・他人の心中やその考えなどを推しはかること.
・推量.推測.推察.

現在ニュースで用いられている忖度の意味として,
・他人の心を他の事柄を元に推測する.
・建前ではそう言うけど、本音はこうだろうと推測する.

忖度のニュースの英語での扱いは,
conjecture・・・推測
surmise・・・推測する
reading between the lines・・・行間を読む
reading what someone is implying・・・誰かが暗示していることを汲み取る

 森友学園の籠池理事長の国会での証人喚問に続いて行われた日本外国特派員協会の記者会見において,籠池理事長は「直接ではなかったが忖度があったと思う」という表現を用いています.March 2017,23 Tokyo Yurakucho

 籠池理事長が口にした「忖度」の表現について、籠池理事長の代理人で、国会では補佐人も務めていた山口弁護士が解説しています.

I think he is missing a couple of words, what he is trying to say is, when he said he was doing “sontaku”, that something done by people around him, and not by Abe. “Sontaku” is not a word that you use by yourself. When you say “sontaku,” Abe is probably, people around, or you know, people who are underlings of Abe.

「いくつか言葉足らずだったようですが、籠池氏が忖度という言葉で表現しようとしたのは、安倍首相によってではなく、安倍首相の周りにいる人々が何らか手を加えたということです。忖度というのは自分自身で何かするという時に使われる言葉ではなく、安倍首相の周囲の人間、もしくは子分の人間が何かしたという意味になります。」

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 相手の気持ちを察したり,或いは相手の気持ちを推し量ることは,「空気を読む」「場の雰囲気」ということで,一種のコミュニケーション能力として,求められているものです.

 逆に,相手の気持ちを察することができない,空気が読めない,場の雰囲気をわきまえない・・・一般に非常識と言われてしまい,コミュニケーション能力の欠如とさえ烙印を押されかねないです.

 ただ問題は,相手の気持ちを察した後の言動なのかもしれません.忖度はあくまでも主観的なものであって,忖度によって言動が左右されることは,あくまでも客観性がないということに問題があるのかもしれません.

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「合理的配慮(reasonable accommodation)」 という言葉を耳にすることが多いですが,この言葉の意味するものは,『相互の合意や契約に基づく「便宜」や「助け」です.あくまでも「合理的配慮」は「契約」であり「権利」であり、必要性と適切性を合理的に説明できる責任(accountability)の上で双方の合意・契約の下で行われる融通や助けのことです.一方的な特別扱いでは決してないです.accommodationは相違や対立を調整する,或いは要求などを受け入れたり配慮するという意味があり,一方的ではなくて双方向であり,理屈や状態を説明することを伴います.忖度とは似て非なるものです.

 それに対して「忖度」は,どちらかと言えば主観的で「不合理的な配慮(unreasonable modification)」との表現がぴったりかもしれません.合理性がない主観的な特別扱い,或いは責任回避として、『一方的』に特別扱いをすることのように感じます.、そもそものルールを無理矢理に修正或いは拡大解釈して手加減をすることです。まさに一方的なmodificationです.

 「学力」を考える時に「合理的配慮(reasonable accommodation)」は必要ですが,「不合理的な配慮(unreasonable modification)」(「忖度」)は不要どころか,「学力」にとって邪魔でしかないかもしれません.とくに学力の評価に「不合理な配慮」(忖度)が忍び寄ると,評価自体の信頼性が著しく低下する可能性が大きいです.

平田オリザをめぐって・・・

 職場の先輩と,あれこれと四方山話をする中で,進路指導の話題になって「生徒にとってのキャリアって?」という話になりました.

 普通科の進学校ならば,大学受験に必要な教科・科目を中心に,基礎的な学力に加えて,しっかり応用できる学力が求められます.大学が求めてる学力を問う「入試という敷居」を超えるために鍛錬が「キャリア」とも言えます.

 それに対して就職の比率の高い専門高校における「キャリア」は,様相がかなり異なるのかもしれません.就職先の職場で仕事をこなせるか?それを見極めるために面接では部活動に関する質問が比較的多いです.その生徒の個性というよりも,集団生活に馴染んでいるか?集団行動がとれるか?というような質問の背景には,企業が求める専門高校の生徒に求める「キャリア」が,大学が普通科の進学校に求める「キャリア」とは異なる為ではないかと思います.

 専門高校において会社が求める生徒の「キャリア」は,会社という組織の中で「歯車」としての素質を問われているのかもしれず,生徒自身も,自分の個性や能力以上に,会社という「組織における親和性」のようなものをアピールする傾向を感じます.それはもちろん指導する教師の思惑や,求められている生徒像にあわせようとしている部分も大きいと思います.

 学校では生徒の個性を育むことが求められていますが,実際には「個性の豊かさ」よりも「規律の正しさ」や「高校生らしさ」のような,一律のベクトルを基にした「ものさし」で生徒を測って,貌のない生徒を生み出している部分もあるかもしれません。

 いろいろな話をする中で,その先輩が最近読んだ文章から「今,話していて思い出しんたんだが・・・」と前置きをされて平田オリザの講演会録から面白い話をお聞きできました。

 2008年に起きた秋葉原通り連続殺傷事件の被告が,事件を起こす直前にネットに書き込んだ言葉「良い子を演じさせられるのに疲れた」という記述に平田オリザが注目したそうです.これまでは「良い子を演じるのに疲れた」というケースはありましたが,この事件の被告は「良い子を演じさせられるのに疲れた」とかなり大きな強迫概念にとらわれて追い込まれていたのかもしれない,誰かに操られ,自分を自分だと思えなくなったような感覚を持ってしまったのかもしれません.

 平田オリザは「良い子を演じるのに疲れた」という子どもに対して「もう良い子を演じなくて良いよ」と言うことは,表面的で偽善でに過ぎないのではないかと疑問を投げかけています.むしろ教育者としては「良い子を演じるのに疲れないタフな子ども育てる」ということが教育のほんとうの目的ではないかと提唱しているそうです.

 劇作家の平田オリザらしい表現にも感心しましたし,四方山話の中で,話を広げて平田オリザの講演録と関連づける先輩の「豊かさ」にも驚きを覚えました.アナロジーを持っていろいろな視点や視野で捉えることが教育にとって大切だと思うのですが,まさに豊穣で柔軟な姿勢を,その先輩から学び,自分自身が未だ未だだなあ~と感じました.

 後でいろいろ考えると,漱石は小説「三四郎」の中で,「偽善」と「露悪」という言葉を用いて同じようなことを言っていたなあ~と思い出しました.また,心の奥底を映し出す「能面」と,心を隠す西洋の「仮面」との対比にもアナロジーがあるのかもしれません.

 
 「ピエロ」と「クラウン」,涙マークのメイクがあるのがピエロで,ないのがクラウン・・・馬鹿にされながらも観客を笑わせている,でもピエロの笑いの陰には,馬鹿にされた悲しみを持つ,と耳学問で聴いたことがあります.

 平田オリザの提唱する「良い子を演じることを楽しむぐらいのしたたかな子ども」,まさにメタ認知ができて自分を操り自分を演じる子ども・・・いろいろイメージする中で思い出したのが藤山寛美です.寛美は涙を流して演じるのではなくて,むしろ涙して道化を演じる自分を真剣に見つめていたのかもしれません.

感覚をつないでひらく芸術教育を考える会

感覚をつないでひらく芸術教育を考える会の第11回研究発表会が兵庫教育大学 神戸ハーバーランドキャンパスの兵教ホールで午後から開催されました.

 今回は3つのワークショップ,そして研究発表が1つ,そして兵庫教育大学の大学院生によるパフォーマンスが4つでした.

感覚をつないでひらく芸術教育を考える会第11回研究発表会のページを作成しました.
http://itsumi.citykobe.jp/20170320/ 

 研究会後の懇親会が神戸駅近くの居酒屋で3時間あまり,関西と首都圏の言葉や文化の違いの話題から話に華が咲いて,関西の祭りのスピード感の違いの話となり,「コンコンチキチン,コンチキチン」が今も耳に残っています.

卒業式

 今日は卒業式です.いつもと同じ時刻の電車に乗りましたが,授業の準備がないので,ちょっと遠回り・・・神戸臨港線の線路跡が残っている処へ立ち寄りました.

 写真係で,ほぼ2時間半,ファインダーを覗いて,ひたすらシャッターを切っていました.式の進行にあわせて,式場の彼方此方に視点を求めて・・・

 教室に戻って,最後のホームルーム,担任やクラスのキャラクターが滲みます.

 紅白饅頭は,ほうらく饅頭でした.白が2つと赤が3つ,アンバランスな気がしますが,ほうらく饅頭の「お祝事」用の定番だそうです.

 歩数13000歩,消費カロリー2000kcal・・・金曜のデスクワークの日とほとんど同じでした.