enlightenment

enlightenment・・・光が入るというような意味合いの言葉で,相当する言葉として「照明」が適当だと思うのですが,実際にenlightenmentは「明るくする」という字義通りの意味というよりも,もっと深い意味で捉えられて「啓発」や「啓蒙」,或いは「悟り」や「智慧」という言葉で言い表される意味で使われる言葉です.宗教用語の「しょうみょう(照明)」もenlightenmentです.それに対して物理的な意味での光を灯す「照明」はlightingです.

 光源として黒体放射の白熱電球と,黒体放射以外のルミネセンスの2種類があります.前者の黒体放射の原理の光源は白熱電球で,後者のルミネッセンスを用いた光源は蛍光灯,水銀灯,高圧ナトリウム灯,低圧ナトリウム灯,メタルハライド灯,LEDがあります.水銀灯やメタルハライド灯は街灯や体育館等で使われている青白い光や白色の光源で,高圧ナトリウム灯は街灯等で使われるオレンジ色の光源,そして低圧ナトリウム灯は高速道路やトンネル照明として用いられる黄色っぽい光源です.

 最近は信号機の光源も白熱電球からLEDに置換えられつつありますが,白熱電球を用いた歩行者用の信号機です.LEDのような鮮明感はありませんが,暖か味があります.

 JR神戸線垂水駅構内の天井照明はLEDになっていました.白色で輝き感があります.

 垂水駅の階段を上ってホームに着くと,昇ったばかりの色温度の低い真っ赤な朝日の光が照り輝いており,到着した電車を照らしていました.ちょうど普通電車が到着するタイミングで,列車線を貨物列車が走り抜けていきました.

 元町駅の駅構内の天井灯は白色蛍光灯でした.LEDとは違った光を照らしてくれます.

 元町駅東口の改札を出た処の高い天井の照明は,真ん中にメタルハライド灯があって,その周りを蛍光灯が取り囲むレイアウトです.

 最近見掛けることが多いLED式の信号機です.熱を出さないのでエネルギーの無駄なく効率が良いのですが,雪国では冬場に信号機に積もった雪が熱でとけないので雪が消えずに,信号が雪で見えにくくなるそうです.

 それぞれの光源には,それぞれが持つ特徴があります.

 そして朝の公園,春のやさしい日差しを受けて輝いていました.

学力

 昨日の日本経済新聞に,それほど大きな扱いではありませんでしたが「学力」に関する記事が掲載されていました.

 大阪府の公立中学校の1,2年生を対象に「チャレンジテスト」という大阪府独自の学力テストを実施しているそうです.このテスト結果は高校入試の合否に関わる内申点の「補正」に活用されているそうで,その後,他の新聞等の情報も収集すると,どうも中学校の校長が「テストの点数が悪ければ内申点は下がる」と言ったようで,更に「当日もし体調が悪ければ、先生がつけた内申点の評定そのままになる」というようなニュアンスのことを話したようです.

 公立高校の入試においては,入試当日の試験と共に「内申点」と呼ばれる中学校の成績も合否に影響を及ぼします,その時の「内申点」というのは,日々の授業や定期試験から評価された「中学校における学習の総合評価」が妥当ではないかと思います.「内申点」の根拠となる中学校の学習記録は,受検する高校に正式なデータとして提出されるわけで,「学校としての生徒の学習に関する評価」という「真っ当なデータ」なわけです.

 大阪府独自の学力テストは,業者テストとは一線を画していると思いますが,学力テストは学力テストであり,「中学校の学習記録」とは違うように感じます.

 「工業高校生の学力とは?」に関して,この1年ほど考察を重ねています.一般入試の大学受験だけを考えれば,英・国・数等の教科の「学力テスト」をモノサシにすれが客観的に数値化できます.ただ,それでは工業高校生の学力と言えるのか・・・実習で頑張ったり,専門科目を夢中になって勉強するという側面を考慮して「工業高校生の学力」を追い求めると,普通高校と同じモノサシでは,大切なものがこぼれてしまうように思います.そして,そのこぼれたものに,専門高校としての特色となるコアとなるようなものが混じっているように感じます.

 専門教育と教養教育,工業高校という専門高校の特色を踏まえて,工業高校生の学力を考える時に,客観的に数値化するモノサシは一体何か?

lighting

冬の間は,街灯が照らす街の景色を目にしながら通勤しています.

 街灯にはいろいろな種類があります.住宅地等の電柱に設置されているのが「蛍光灯」です.管内の放電で発生する紫外線を管面の蛍光体に当てて可視光線に変換する照明で,白色タイプの蛍光灯だと色温度が4,200Kぐらいです.

 幹線道路等の街灯として多いのが「高圧ナトリウム灯」です.管内に約0.1気圧程度のナトリウム蒸気中を封入して,そのナトリウム蒸気中でアーク放電をおこなって発光させる照明です.色温度が2,100K程度で,オレンジ色の光を放っています.

 最近よく見掛けるのが「LEDランプ」です.発光ダイオード (LED) を使用した照明で,固体の発光源です,色温度は5000K以上で,2本の輝線スペクトルとなるので,目に対する刺激が強いように感じて,写真で撮るときれいに光源が写り込みません.

 以前は水銀灯の青白い光が人工的に感じていましたが,でもLEDランプに比べると,青白い光の風情があったようにさえ感じます.高効率や長寿命の点でLEDランプが今後増えるようですが,蛍光体が光る蛍光灯や高圧ナトリウム灯,HIDランプの方が,「照明」という点では自然に感じます.

 夜に昼を求めるのではなくて,夜の雰囲気を醸し出す照明としては,白熱電球の光が落ち着きます.特に冬場は・・・

 今朝は,建物の北側で日陰になるような処が,うっすらと雪が残っていました.足跡や自転車のタイヤ痕が雪上に模様のように見えました.

ドッグ・検査

 2週間前に受けた脳ドックの再検査を受けました.此処のクリニックは、大きな病院にもなかなか設置されていない超高磁場3.0テスラのMRIがあります.此処でMRIの検査を受けるのは7年ぶりです.待合室には人型ロボットが置いていました.

 MRI検査後のドクターの説明では,7年前に此処でMRIの検査を受けた時の画像と変化はなく、何の問題も心配もないとのこと,脳ドッグの時に見せられたぼんやりした画像とは解像度が格段に違う画像で丁寧な説明を受けました。3.0テスラのMRIで検査した画像は、語弊があるかもしれませんが、脳ドッグの画像が小さな天文台の望遠鏡で撮った大気の影響でぼんやりした画像とすれば、3.0テスラのMRIの画像は、まるでハッブル望遠鏡の画像のようにハッキリクッキリしており,更に3次元処理した画像は,大変わかりやすかったです.

*

 午後から出勤,ディーラーに連絡して車の定期点検を急遽お願いすることになりました.下沢通のディーラで車を預けて仕事帰りに乗って帰ることにしました.車を預けて兵庫駅からJRに乗りました.

 明治21年に当時の山陽鉄道が,兵庫駅と明石駅間で開通した時に開業した駅で,翌明治23年には官設鉄道の神戸駅まで延長されて明治22年に新橋ー神戸間が開通していたので,兵庫駅を経由して明石と新橋が結ばれたことになります.さらに明治23年には和田岬線が開通しています.

 職場の先輩が利用している大日商店街の弁当屋さんに立ち寄りました.ここで弁当を買うのは久し振りです.

 500円の弁当の隣に350円の弁当があり,こちらを選びました.

 仕事帰りにディーラに立ち寄って・・・半年後には7年目の車検になるので、そろそろ買い替えを・・・と担当者から商談を仕掛けてきます。こんど買い替える時には自動ブレーキが搭載された車を選ぼうかと考えています。

学会2日目 & 京都国立博物館

日本産業技術教育学会・全国大会の2日目、今朝も朝一番の上りの快速に乗ってJR京都駅まで。

 京都駅のホームで、鉄道マニアのようなたくさんの人がカメラを構えて、何かを待ち構えていました。どんな列車が来るのか・・・私もホームで待っていると、電気機関車がやってきました。

 客車や貨車を牽引しているわけでもなさそうで、よく見ると・・・蒸気機関車が煙を吐いてつながっていました。うまくシャッターチャンスが狙えませんでした。

 鉄道マニアの方々は、どのようにして、このような情報を正確に得るのか・・・いつも不思議に思います。

 昨日は、思いつきで東福寺駅まで歩きましたが、今日は、JR京都駅から会場の京都教育大まで歩くことにしました。竹田街道を南下して・・・竹田街道沿いに龍谷大のキャンパスがありました。

 更に竹田街道を南下して名神高速道路を超えて・・・東高瀬川に架かる竹田出橋・・・

 竹田から東に向かって深草を経て京都教育大に到着したのは、またギリギリ9時5分前でした。

 正門に回っている時間がなかったので、隣接する藤森神社の裏にある通用門から・・・JR京都駅から徒歩で1時間半ぐらい掛かりました。

 京都教育大のシンボル・時計台が目に前に・・・

 韓国から研究生の発表は、韓国における工業高校生の意識に関するものでした。

 米国の技術教育の経緯に関する発表も興味深かったです。

 そして、私の発表もつつがなく終わって・・・その後にSTEM教育に関する発表がありました。

 お知り合いの方と挨拶をしたり情報交換をしたり・・・有意義な2日間でした。

 京阪電車の車窓から見える、京阪京都教育大のシンボルのようなスギ科のメタセコイアの並木です。

 京阪電車の藤森駅から七条駅まで乗って、久し振りに京都国立博物館に行きました。平成知新館が出来て、すぐにでも行こうと思いながら・・・遅くなってしまいました。残念ながら旧本館(明治古都館)は閉館中でした。

 平成知新館・・・ここで常設展示が催されています。

 以前は、歩くと床がギシギシというような感じでしたが、平成知新館は勿論床がギシギシと音を出しませんでした。

 仏像の組み立ての体験コーナがありました。仏像を分解すると、このようにくり抜かれています。そして目の部分が線状に抜かれています。

 眼の部分、白目の部分、その背景の青い紙、等々、分解した部本を並べました。

 それを順番に組み立てて・・・仏像の後部は、このようになっています。

 そしてこれが仏像の表側です。

 帰路は、京阪七条駅から特急電車で終点淀屋橋まで。

 御堂筋を歩いて、阪急梅田駅から三宮駅まで阪急電車、そしてJRに乗り換えました。

帰宅後、シャワーを浴びて汗を流した後に計った体脂肪計では、

・体重 63.9kg
・体脂肪率 13.9%
・内臓脂肪スコア 8.0

STEM教育

明日・明後日(8月27日、8月28日)の日本産業技術教育学会(産技)の全国大会(会場:京都教育大学)に先立って、本日、産技高校委員会が滋賀大学大津サテライトで開催されるので出席しました.

 久し振りにJR大津駅で下車、前回は駅前のホテルに泊まっただけで、大津の街を歩き回ったことはありません。

 かなり早く大津駅に着いたので、大津の街を散策しました。JR大津駅前には滋賀県庁がありますが、ビジネス街や繁華街が形成されているわけではなく、県庁所在地の表玄関の駅としてはひっそりとしています。早朝の大津駅商店街です。

魚屋さんが朝からオープンしていました。

 大津駅前商店街を通り抜けて、京阪電車京津線が路面を走る西近江路(国道161号線)を琵琶湖方面へ・・・

 京阪電車の浜大津駅を超えて大津駅・・・大津湖岸公園沿いを散策しました。真夏日が続き、琵琶湖の湖岸には藻が生繁っていました。

 京阪電車石山坂本線の島の関駅から電車に乗りました。浜大津駅で乗り換え・・・

約1時間あまり、琵琶湖岸まで往復して、軌道電車にも乗って・・・

 JR大津駅前にある滋賀大学大津キャンパスの会場に向かいました。

 STEM教育のSTEMとは・・・Science(科学)、Techonology(技術)、Engineering(工学),Mathmatics(数学)のことです。

 STEMにAを加えて、STEAM・・・加えたAはArts(芸術)です。

 ディスカッションの時間で、質疑応答がヒートアップして、途中で時間切れとなりました。

 基調講演の後に講演があり、有意義なひとときでした。

 帰りに滋賀県庁に立ち寄りました。

 滋賀県は近江国と重なり、城下町としては彦根が大きな町です。江戸期には幕府領だった大津近隣を大津奉行が管轄していましたが、慶応4年に明治政府は大津裁判所を置き、そして大津県となった経緯があります。近江国の多くは彦根藩の領地であり、廃藩置県後に、紆余曲折があって、滋賀県となって県庁所在地が大津となった経緯のようです。県庁所在地がお城の近くやお城の中にあるケースが多いですが、大津にはお城はないようです。

ラジオ

 社会人となって、会社に就職してから買ったラジオ、千葉・柏の第一家電で9000円ほどだったと思います。給料を貰い始めた頃で、数十円単位で値切って買った記憶があります。

 会社の寮から職場まで徒歩で30分ほどでしたが、朝はこのラジオを聴きながら職場に向かっていました。その後、寮を出て、更に何度か転職をしましたが、結構持ち歩いて愛用していました。

 神戸に戻って次の年に阪神淡路大震災、このラジオが情報源でした。避難所となった当時の本務校でしばらく寝泊まりしていましたが、夜寝る時にもイヤホンでラジオをつけっぱなしでした。その後、しばらくその習慣が続いていたように思います。

 遠出や旅行等に出掛ける時には必ず携帯していましたが、数年前から持ち歩かなくなり、いつしか何処かに紛れてしまいました。3月末に片づけをしていると引き出しの奥から出てきました。

 九州の地震の報に接して、鞄に入れるようになりました。もうだいぶカバーが擦り切れて汚れも目立ちます。

 災害時、もっとも頼りになるのはラジオだというは、阪神淡路大震災の時に身に沁みていましたが、いつしか忘れてしまって・・・電池の持ち、放送局の信頼性を考えるとスマートホンや携帯電話は充電地の持ちがイマイチですし、中継局も災害時には限界があり、輻輳の問題もあります。

 もっともシンプルなラジオが、通信路や情報の信頼性を考えると、災害時にはもっとも頼り甲斐があるかもしれません。

口和郷土資料館

 職場の先輩とご一緒して「口和郷土資料館」を訪れました。

 広島県の北部、三次市の東隣り庄原市にある口和町の廃校となった高校分校跡です。館長が元企業のエンジニアで、いろいろな電子機器を機器を修復して動態展示されています。
 

「口和郷土資料館」に関するページを作成しました。
http://itsumi.citykobe.jp/201604kuchiwa/