「ヴェルフリ」と「蛙の祈り」

 一昨日の「感覚をつないでひらく芸術教育を考える会」の基調提案で,アウトサイダーアートの作家・アドルフ・ヴェルフリの紹介があり,大変興味を持ちました.本務校の近くの県立美術館で1月11日—2月26日まで「アドルフ・ヴェルフリ 二萬五千頁の王国」の特別展があったのですが・・・遅かりしです.

 3月7日〜4月16日まで名古屋市立美術館で開催されていますが,わざわざ名古屋まで行くのは遠いです.とりあえずヴェルフリ展の図版をamzonで注文して,今日届きました.

 一か月ほど前に注文していて取り寄せだったAnthony De Melloの”The Prayer of the Frog”がやっと発送とのことで,これも今日届きました.それぞれ別々の便でした.

 アントニオ・デ・メロ神父の「蛙の祈り」は手元にあって,長らく本棚に飾っていただけでしたが,ふと久し振りに読んで,思わず英語版を注文していました.届いた本を見ると・・・日本語版と異なります.「??」だったのですが,よく見ると”The Prayer of the Frog Vulume Ⅱ”・・・続編でした.ちょっとショックです.ネットでリサーチしたのですが”The Prayer of the Frog”はもう販売していないようです.でもFreeのPDF版を見つけて早速ダウンロード,iPadに入れました.

 iPad miniなので,ちょっと字が小さくて見えにくいです.

10inchのiPadが欲しくなりました.

一面トップ

今朝の新聞各紙の一面を飾った記事は,それぞれの新聞の特徴が顕れているように感じます.

 地元紙の「神戸新聞」は,トップ記事が昨夕の防災ヘリ墜落のニュース,その次が中国全人代に関して,今年の成長率の目標が6.5%であることを見出しにしています.その下に自民党大会の総裁任期が3期9年となった記事です.防災ヘリ墜落の記事を一面の大半を割いて4枚の写真を使って報じていました.全人代の記事ではグラフを使っていました.

 毎日新聞では,トップ記事が長野の防災ヘリ墜落のニュースで大きな写真と地図を使って報じています.その次が自民党大会での総裁任期3期9年の記事で写真なし.そして中国の全人代に関して,中国成長目標6.5%の見出しで,習近平総書記の顔写真つきの記事です.その次にびわ湖毎日マラソンの記事が,優勝したケニアのチェビー選手の写真付きで報じていました.

 朝日新聞はトップ記事を自民党大会の記事と言うよりも「首相,来秋以降の解散探る」という見出しで,総裁3選後の動きをメインにした記事でした.その次が白抜きの見出しで防災ヘリ墜落のニュースを写真と地図つきの記事で,トップと並置するようなレイアウトです.その次が森友学園に関する記事で写真付きです.

 日本経済新聞は,中国全人代の記事で,見出しは「中国,経済安定を最優先」で習近平総書記の写真付きです.その次が自民党大会の,総裁任期3期9年に延長の記事です.

 意外だったのは英字新聞のThe Japan Timesで,自民党大会で安倍首相が万歳をしている写真を大きく載せて,安倍首相の3期目がOKになったことを前面に報じています.その辻がアメリカのトランプ大統領がオバマ前大統領が盗聴したと証拠なしに主張したことを写真付きで報じています.そして中国全人代の記事を,成長目標を調整したことを習近平総書記の顔写真付きです.

 昨夕の防災ヘリ墜落のニュースは,日経やJapanTimesでは速報できなったのかもしれません.それぞれの新聞の姿勢や意向が,一面記事での扱いの大きさや見出しのニュアンスから滲み出ているように感じました.

Cultural appropriation & Whitewashing

「VOGUE」というアメリカのファッション誌に掲載された一枚の写真がアメリカで問題になっています.「VOGUE」2017年3月号に掲載された写真の一枚,タイトルは「Spirited Away(神隠し)」です.

モデルを務めたのはKarlie Kloss(カーリー・クロス)さんという方で,日本国内で撮影されたそうです.

twitterよりスクリーン・コピー

 問題となったのは

1 「Cultural appropriation」・・・文化の搾取的利用

2 「Whitewashing」 ・・・白人化(或いは表面的)

 異なる文化圏の慣習や服装,シチュエーション等々の文化を搾取的に利用することが「Cultural appropriation」であり,多民族国家のアメリカでは,マイノリティーの文化を,本来の意味や伝統を尊重せずに商業ベースで利用したり娯楽として楽しんだりすることで,人種差別として捉えられています.

 演劇や映画で問題になるのが,本来は白人以外の役柄だったものを白人の俳優が演じることが「Whitewashing」であり,これも人種差別として捉えられています.

 芸者はアメリカ文化では典型的な日本文化だそうで,芸者に扮した撮影がステレオタイプ的な意味でデフォルメしたと捉えられたようです.これが「Cultural appropriation」と「Whitewashing」の2つの側面から人種差別的と批判されたようです.

 モデルとなったKarlie KlossさんはTwitterで謝罪をしていました.

 これらの写真は、私のものではない文化を盗用したものでした。文化的に敏感でない撮影に参加してしまい、本当に申し訳ありません。私の目標は、常に、女性たちに力を与えインスパイアすること。今後の撮影や企画では、この使命を必ず反映していきます
 ・・・本人のtwitterより

 ただ,私の感覚からすれば,問題視するような人種差別を,この写真を見て感じませんでした.一連のアメリカでの騒動や本人の謝罪のtwitterを目にしても・・・鈍感なのかピンときません.

 逆に言えば,他民族・多文化のアメリカ社会では,それだけ民族や文化に関してシビアなのかなあ~と感じました.

「VOGUE」2017年3月号に掲載された他の写真です,これはあまり問題にならなかったようで,この違いが,Cultural appropriation & Whitewashingに該当するか否かです.

twitterよりスクリーン・コピー

Karlie Klossさんは,日本語でのtwitterのアカウント@karliekloss_jpもあって,日本語でも情報発信をしていますが,昨日2月15日は日本語でのコメントはありませんでした.あくまでもアメリカ国内の騒動に対して,アメリカ国内向けの謝罪であり,文化的に搾取した日本向けのメッセージではなかったようです.日本人や日本文化に対して,日本語ベースのtwitterのアカウントを用いて日本語でも同時にメッセージを書くべきではなかったのかなあ~と,その点のほうに,むしろ違和感を感じました.

二十歳の原点

「独りであること 未熟であること これが私の二十歳の原点である」
      高野悦子,「二十歳の原点」より

 今晩のニュースの後の,7時半からの「かんさい熱視線」は「悩んで もがいて 生きて 私たちの“二十歳の原点”」というタイトルで,高野悦子さんの「二十歳の原点」がテーマでした.

 今でもネット上で二十歳の原点に現れる店を訪れたブログ等を見ることが出来て根強い人気があるとは思っていましたが,テレビで取り上げるとは意外でした.

 高野悦子の弟が持っている「二十歳の原点」の日記の原本が登場して,ちょっと驚きました.

 大学ノートに万年筆で書き綴られた原文がテレビ画面に現われて・・・食い入るように見てしまいました.

 番組自体は,今・現在,「二十歳の原点」を愛読している京都の何人かの女学生のドキュメンタリーでした.

 「二十歳の原点」,私は「はたちの原点」ですが,アナウンサーは「にじゅっさいの原点」とアナウンスしていました.

和解の象徴

 今朝、テレビを観ながら朝食を摂っていると、ハワイから中継画面に切り替わりました。今日、安倍首相とオバマ大統領が共にハワイの真珠湾で慰霊することは知っていましたが、日本時間で、このような早朝になるとは思いませんでした。朝食を摂り終わってからもテレビの中継映像を見ていました。

 真珠湾の「アリゾナ記念館」でオバマ大統領と共に安倍首相が「慰霊の間」の戦没者の名前が壁一面に刻まれた壁の前で花輪に触れて慰霊の意を表し、そして二人で黙祷・・・

 その後、デッキから花びらを海に撒いて、そして安倍首相とオバマ大統領が、それぞれ15分あまりの所感をスピーチしました。

・・・オバマ大統領、アメリカ国民の皆さん、世界の、様々な国の皆さん。私は日本国総理大臣として、この地で命を落とした人々の御霊に、ここから始まった戦いが奪った、全ての勇者たちの命に、戦争の犠牲となった、数知れぬ、無辜(むこ)の民の魂に、永劫の、哀悼の誠を捧げます。

 戦争の惨禍は、二度と、繰り返してはならない。私たちは、そう誓いました。そして戦後、自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら、不戦の誓いを貫いてまいりました。

 戦後70年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たち日本人は、静かな誇りを感じながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。この場で、戦艦アリゾナに眠る兵士たちに、アメリカ国民の皆様に、世界の人々に、固い、その決意を、日本国総理大臣として、表明いたします。・・・

安倍首相のスピーチ、平成28年12月27日 日米両首脳によるステートメント
http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/statement/2016/1227usa.html

+ + +

Here at Pearl Harbor, America’s first battle of the Second World War roused a nation. Here, in so many ways, America came of age. A generation of Americans — including my grandparents — the Greatest Generation — they did not seek war, but they refused to shrink from it. And they all did their part on fronts and in factories. And while, 75 years later, the proud ranks of Pearl Harbor survivors have thinned with time, the bravery we recall here is forever etched in our national heart.

I would ask all our Pearl Harbor and World War II veterans who are able to, to please stand or raise your hands — because a grateful nation thanks you.

The character of nations is tested in war, but it is defined in peace. After one of the most horrific chapters in human history — one that took not tens of thousands, but tens of millions of lives — with ferocious fighting across this ocean — the United States and Japan chose friendship and peace.

Over the decades, our alliance has made both of our nations more successful. It has helped underwrite an international order that has prevented another World War and that has lifted more than a billion people out of extreme poverty.

And today, the alliance between the United States and Japan — bound not only by shared interests, but also rooted in common values — stands as the cornerstone of peace and stability in the Asia Pacific and a force for progress around the globe. Our alliance has never been stronger.

オバマ大統領 The Japan Times
 http://www.japantimes.co.jp/news/2016/12/28/national/politics-diplomacy/full-text-president-obamas-speech-pearl-harbor/#.WGOh7OS7pjo

ここ真珠湾での、第2次世界大戦のアメリカの最初の戦いが、国民を目覚めさせました。ここで、多くの点で、アメリカは成熟しました。私の祖父母を含む多くの世代のアメリカ人は、戦争を求めませんでした。しかし、戦争に背を向けることをせず、それぞれの持ち場で役割を果たしました。そして75年後、真珠湾攻撃の生存者は、時間の経過とともに少なくなっています。この場で私たちが思い出す勇者は、私たち国民の心に永遠に刻まれています。

真珠湾と第2次世界大戦の退役軍人のみなさん、可能な方は、立ち上がるか、手を上げてください。みなさんの功績に感謝しています。

国の本質は、戦争において試されますが、平時において定義されます。
先の大戦は、数万ではなく、数千万の命が失われた人類史上、最も恐ろしい出来事の1つです。大平洋で展開された悲惨な戦闘が終わり、アメリカと日本は友情と平和を選びました。過去、数十年にわたり、私たちの同盟は、両国をより繁栄させました。

同盟は、国際秩序を構築し、それによって新たな世界大戦を防ぎ、多くの人々を極度の貧困から救うことができました。

今日、アメリカと日本の同盟は、共通の国益のみならず、共通の価値に基づいて結ばれ、アジア太平洋の平和と安定の礎となっており、世界が前進していく力となっています。

米オバマ大統領 NHK日本語訳
 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161228/k10010822691000.html

 今日は一日お休みをとりました。お昼前に駅前に・・・垂水商店街はたくさんの人出でした。

 やっと野菜の値段が下がって、それでもキャベツ一玉200円、白菜一束300円と、まだ割高ですので、今朝は買いませんでした。

 昨日は朝夕の通勤時に雨が降って、時折雨脚が強まっていましたが、今日は穏やかな冬の好日、でも気温は昨日より下がって寒かったです。

「あなたが強いられてはならない」

今日、帰宅して午後7時からのニュースを見ようとテレビをつけると、安倍総理が首相官邸で記者団に、今月末にハワイの真珠湾を訪れて、オバマ大統領と共に真珠湾攻撃の犠牲者の慰霊する旨の談話をマイクの前で・・・気象情報は、この中継で吹っ飛んでしまったようです。

安倍首相がオバマ大統領に真珠湾攻撃の犠牲者慰霊を申し出た時に、オバマ大統領は「あなたが強いられてはならない」と言ったそうです。オバマ大統領は今年の5月に現職のアメリカ大統領として初めて被爆地の広島を訪問しています。オバマ大統領の「あなたが強いられてはならない」との言葉が重たく感じます。

 

日米の現在の外交的な同盟関係の意義を再確認という捉え方がある一方、太平洋戦争が始まるきっかけとなった場所を訪れることを「和解」という言葉で捉える側面もあります。3日後の12月8日(日本時間)に真珠湾攻撃が始まったのは、今から75年前・・・

 

乃木希典と漱石

 今日、9月13日は、明治天皇の大葬があった日(大正元年1912年)です。そして、この日は、乃木希典(乃木大将)が、妻・静子と共に殉死した日でもあります。漱石は、小説「こころ」を通して、乃木大将の死を「明治の精神に殉死」として語っています。

「私は殉死という言葉をほとんど忘れていました。
平生使う必要のない字だから、記憶の底に沈んだまま、
腐れかけていたものと見えます。妻の笑談を聞いて
始めてそれを思い出した時、私は妻に向ってもし自分が
殉死するならば、明治の精神に殉死するつもりだと
答えました。私の答えも無論笑談に過ぎなかったの
ですが、私はその時何だか古い不要な言葉に新しい
意義を盛り得たような心持がしたのです。

 それから約一カ月ほど経ちました。御大葬の夜
私はいつもの通り書斎に坐って、相図の号砲を聞き
ました。私にはそれが明治が永久に去った報知のごとく
聞こえました。後で考えると、それが乃木大将の永久に
去った報知にもなっていたのです。私は号外を手に
して、思わず妻に殉死だ殉死だといいました。

 私は新聞で乃木大将の死ぬ前に書き残して行った
ものを読みました。西南戦争の時敵に旗をられて以来、
申し訳のために死のう死のうと思って、つい今日まで
生きていたという意味の句を見た時、私は思わず指を
折って、乃木さんが死ぬ覚悟をしながら生きながらえ
て来た年月を勘定して見ました。西南戦争は明治十年
ですから、明治四十五年までには三十五年の距離が
あります。乃木さんはこの三十五年の間死のう死のうと
思って、死ぬ機会を待っていたらしいのです。私は
そういう人に取って、生きていた三十五年が苦しいか、
また刀を腹へ突き立てた一刹那が苦しいか、どっちが
苦しいだろうと考えました。

 それから二、三日して、私はとうとう自殺する
決心をしたのです。私に乃木さんの死んだ理由が
よく解らないように、あなたにも私の自殺する訳が
明らかに呑み込めないかも知れませんが、もしそうだと
すると、それは時勢の推移から来る人間の相違だから
仕方がありません。あるいは箇人のもって生れた
性格の相違といった方が確かかも知れません。私は
私のできる限りこの不可思議な私というものを、
あなたに解らせるように、今までの叙述で己れを
尽したつもりです。

 私は妻を残して行きます。私がいなくなっても
妻に衣食住の心配がないのは仕合せです。私は妻に
残酷な驚怖を与える事を好みません。私は妻に
血の色を見せないで死ぬつもりです。妻の知らない
間に、こっそりこの世からいなくなるようにします。
私は死んだ後で、妻から頓死したと思われたいの
です。気が狂ったと思われても満足なのです。

      「こころ」夏目漱石 青空文庫より

竹田の子守唄

 何年か前にBS放送で見たフォークソンググループ「赤い鳥」から「ハイファイセット」を経て,現在はソロで活躍している山本潤子(旧姓・新居潤子)を特集した音楽番組の中で,オフコースの小田和正のインタビューに答えた内容が印象的で,今でも鮮明に覚えています。

 ヤマハ・ライト・ミュージック・コンテストに参加した赤い鳥は,「竹田の子守唄」で演奏やコーラスと共にステージの上の動きに至るまで練習を重ねて完璧に練り上げてグランプリを獲得し,そして翌年にはメジャーデビューを果たしたのですが,同じコンテストに参加した小田和正は…赤い鳥のステージを見て「負けた」と感じたそうです。

 「・・・彼らは,このコンテストに勝つために練習を重ねて参加して,このコンテストを踏み台にして飛躍する明確なヴィジョンを持っていたように感じた。それに対して私は,学生時代に愉しんだ音楽に対してピリオドにする思いで,卒業後は音楽から離れて就職するための記念として・・・でも最後を飾るような意気込みがあったわけではなくて,軽い気持ちで参加した・・・」

 「・・・彼らのステージを見て素直に負けたと感じた。そして記念に参加した自分を振り返って考えた。自分にとって音楽とは・・・?彼らのステージを目の当りにして,このまま音楽から離れて良いのか考えて,やっぱり悔しくて,そしてもう一度挑戦しようと・・・」

 赤い鳥で有名な曲に「翼をください」という曲があります。この曲は、元々はシングルレコードのB面で、A面は「竹田の子守唄」でした。

 昨日、JR京都駅から竹田街道を歩いて京都教育大学へ向かう途中で、この「竹田の子守唄」の舞台となった竹田の町を訪れました。

竹田街道は、江戸時代に拓かれた街道で、大阪の八軒家浜と京都の伏見を結ぶ淀川舟運と直結して、伏見と京都の間に牛車による物資の輸送が行われていたようです。竹田街道が名神高速道路と交わる辺り、深草の西側が竹田です。

守りもいやがる 盆から先にゃ
雪もちらつくし 子も泣くし

盆がきたとて なにうれしかろ
帷子(かたびら)はなし 帯はなし

この子よう泣く 守りをばいじる
守りも一日 やせるやら

はよもいきたや この在所越えて
むこうに見えるは 親のうち

竹田の町を南北に流れる東高瀬川、この橋は、竹田出橋です。

 京都の南口「竹田街道八条」の交差点と伏見とのちょうど中間地点、現在は京都から奈良を経て和歌山とを結ぶ国道24号線が走り、竹田の町の上には名神高速道路が走り、そして地下鉄烏丸線の終点、近鉄の「竹田駅」があります。また竹田街道には京都電気鉄道によって開業された日本初の路面電車が明治28年に走っていました。これは営業用の電車として日本で最初になるそうです。しかし江戸時代までは竹田街道沿いの寒村だったようです。

 竹田の子守唄がフォークソングとして取り上げられる切っ掛けとなったのは、住井すゑの「橋のない川」が舞台化される時に、音楽担当の尾上和彦が京都の竹田地区で唄われていた民謡を編曲したのがルーツのようです。東高瀬川沿いを散策したのですが、住宅地化されて、「竹田の子守唄」の歌詞をイメージするような光景を偲ぶものはありませんでした。

今朝、窓ガラスが赤く染まっていたので窓を開けると、綺麗な朝焼けでした。

 雨雲レーダ図を見ると、昨晩の気象予報の予想図と同じでした。台風10号が日本列島の南にあって北東に進んでおり、そして朝鮮半島には低気圧・・・台風近辺の水分をたっぷり含んだ雲が、朝鮮半島上空の低気圧に流れて、帯状の雨雲が烈しい雨をもたらすという予想の通りです。

 雨雲が神戸を覆う前に・・・と早目に家を出ました。日中の神戸は激しい雨が降って、お昼過ぎには快晴になると思っていたのですが、結局、梅雨のような雨が日が暮れても降り続いていました。今日は雨のお蔭で、猛暑が一段落しました。神戸にとっては恵みの雨・・・でした。