神戸神社

 今朝は西播磨をドライブ、元旦から昨日までは穏やかな日和が続いていましたが、今朝は冬型の気圧配置で曇りがちです。

 坂越、目の前の海に浮かぶ生島(いくしま)は、「生島樹林」として国の天然記念物に指定されています。この島には歌舞芸能の神として信仰されている秦 河勝(はた の かわかつ)の墓があるそうです。そして河勝を祭神とする大避神社も坂越にあります。

その坂越の古い街並みを散策しました。

 坂越から御崎へ・・・御崎から眺めた室津方面です。

 御崎の目の前には播磨灘越しに家島が浮かんでいます。まだ堅い芽の枯れ枝越しに家島の山並み・・・

 御崎のレストラン脇で、炭を熾(おこ)していました。

 赤穂の町を通過することはあっても、赤穂城を訪れるのは久し振りです。二の丸庭園の復元工事をしていました。

 赤穂城内にある大石神社、参道の脇にずらりと四十七士石像が並んでいます。

幾つもの少年野球チームが拝殿で順番に祈祷してもらっているようで、保護者も含めてちょっと賑やかでした。

 神社の脇には、古いお守りや絵馬などが、お焚き上げを待って、山のようになっていました。

 赤穂から日生を経て備前伊里、岡山県です。海の駅「備前」は朝から賑わっていました。

 海の幸がずらっと並んでいます。

此処迄、国道250号線でしたが、北上して帰路は国道2号線で船坂トンネルを超えて兵庫県へ、

 神戸神社・・・神戸市に戻ったのではなくて、旧揖保郡揖保川町の神戸山(かんべやま)にある神社です。

 竜野駅のすぐ北、国道2号線沿いに、神戸神社前という交差点があり、気になっていました。初めて立ち寄りました。

 祭神は大己貴命(オオクニヌシノミコト)と少彦名命(スクナビコナ)です、古事記ではカンムスビの子で数多くの山々や丘々の造物者です。

 神戸神社の祭神は応仁2年(1468年)に播磨国の一の宮である伊和神社より御分霊を招いたそうです。神社自体の歴史は古く、それまでは古来から神の宿る聖地・神山として神戸山を崇める神社だったようです。

追憶

長野の町を訪れたのは、学生時代以来、2度目です。

今回は教育学の分野の学会発表でしたが、学生時代は工学の分野の学会発表で、新潟から日帰りで訪れています。確か研究室の先輩の車に乗せてもらって・・・

今回は、信州大のキャンパスの近くであることを地図で確認して予約したのですが、後になって、信州大の長野市のキャンパスは2つあって、教育学部と工学部とはキャンパスが異なっていました。教育学部のキャンパスは善光寺の近くで市街地の真っ只中なのに対して、工学部のキャンパスは住宅地の中で国道のバイパスの近くです。

予約したホテルは工学部キャンパスの近くで国道沿いです。今回は自転車を車に積んで、ホテルと大学の間は自転車で往復しました。

 せっかくなので、今朝、工学部のキャンパスを訪れました。自転車だと、ホテルからすぐでした。

 校舎は、おそらく建て替えられているようですが、見覚えのある木立・・・記憶がよみがえりました。はじめて学会発表をした場所です。

 もう年月も経って記憶も曖昧ですが、車で善光寺の前を通って「此処が善光寺だ!」といった光景は妙に覚えています。実際に表参道にある「善光寺」交差点が、その記憶の場所でした。

前回は車窓から通りすがりに眺めただけでしたが、今回は善光寺をゆっくり見て廻りました。

 今朝は、上信越道・長野ICに近い松代をふたたび訪れて、自転車で巡りました。昨日は急遽、戸隠を訪れたので、自転車で松代を巡れませんでした。

 松代の古い町並み、そして千曲川の川沿いの土手をサイクリングしました。

 長野ICから帰路へ・・・途中、姨捨SAから見下ろした長野市辺りの景色・・・先週の金曜日から3泊滞在した長野市の見納めです。

  帰りは、小牧から東名・名神経由ではなくて、土岐JCTから東海環状自動車道ー伊勢湾岸自動車道ー東名阪自動車道ー新名神ー京滋バイパスー新名神(神戸)区間を通りました。東海環状自動車道と東名阪自動車道、そして新名神は初めて走りました。よくわからないルートで、豊田辺りから新名神に入る亀山JCTまでは、ルートを間違えないように運転したので、かなり疲れました。

戸隠・川中島・松代

 今日は自転車で、長野から松代往復と、松代を巡る一日・・・の予定でしたが、朝になって急遽、戸隠に向かうことにして、午前は戸隠神社、午後から松代というスケジュールです。

長野の市街地から、浅川ループラインを経て戸隠高原へ、5社ある戸隠神社のうち4社を巡りました。

もっとも奥まった場所にある奥社、鳥居から背の高い杉並木や坂道を経て往復1時間以上掛かりました。

 長野の市街地を経て、川中島の古戦場へ。ずっと川の中の中州をイメージしていたのですが、実際には千曲川と犀川に挟まれた地域のことで、武田と上杉の一騎打ちの場所は公園となって、神社がありました。

 松代・・・松代城を中心とした真田の城下町であり、また幕末に活躍した佐久間象山の誕生の地、そして太平洋戦争末期に大本営等の移転のための象山地下壕が掘られた場所です。町中には六文銭が至る所に・・・

 松代城から眺めた夏の白い雲・・・

 引き続き、Twitterで旅先から・・・
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BirthDay

8月25日は,安藤百福が1958年にインスタントラーメンを発明して,世界で初めて発売した日,・・・インスタントラーメンの誕生日です.このラーメンが,チキンラーメンです.

 安藤百福は「瞬間油熱乾燥法を含むインスタントラーメンの基本的な製法」として1962年に特許を登録しています.その後,安藤百福はインスタントラーメンの特許を日清食品が独占していれば,インスタントラーメンは大きな産業として育たないと,日本ラーメン工業協会を設立して即席麺関連の製法に関する特許を公開しています.

 8月25日は,私のBirthDayでもあります.数年前から,8月25日にチキンラーメンを食べるようになりました.

 今年は60周年ということで,このようなパッケージです.
 

 60周年の「トリプルチーズ」というカップ麺も発売されています.
 

5袋入りを買うと,「チキンラーメンひよっこタオル」がおまけでついてきました.

 夜食に,チキンラーメンを食べました.

8月22日から今日まで,軽井沢で静養してきました.

 軽井沢ではレンタサイクルの予定でしたが,自転車を車に積んで行ったので,静養というよりも高地トレーニングに行ったような感じになりました.

 旧軽井沢,旧軽銀座近くの別荘地区で・・・

 白糸ハイランドウェイをドライブ愉しんで白糸の滝を訪れました.

 帰路は旧・中仙道の国道142号で諏訪湖まで・・・諏訪湖を自転車で一周しました.

 「軽井沢行き」のホームページを作成しました.

軽井沢行き
http://itsumi.citykobe.jp/20170825/

ひまわり畑&水田

今日は小野市の「ひまわりの丘」で咲き誇っていたひまわり畑を彷徨い,そして三木市の美嚢川沿いの田んぼの風景,そして,その田んぼの風景の中を,美嚢川沿いに走っていた三木鉄道の廃線跡を訪れました.

 新しいホームページを作成しました.

ひまわり畑&水田
http://itsumi.citykobe.jp/20170717/

播磨町

昨日の神戸は未明からの雨が昼過ぎまで降り続きましたが,今日は朝から晴れ,6時過ぎに自転車で西へ向かいました.

 舞子公園から眺めた明石海峡,淡路の島影,そして架け橋です.

 西舞子を流れる山田川の河口から眺めた海峡の景色 

 明石の町を走り抜けて林崎海岸で,自宅から約10キロ,小休止をとりました.

 更に西へ5キロ,江井ヶ島海岸です.明石海峡大橋から約10キロ離れて,本州側の主塔も淡路側の主塔も霞み(黄砂)にぼんやりと見えるだけです.

 明石市を東から西まで走り抜けて・・・播磨町です.古宮を通って本荘にあるジョセフ・ヒコの生誕の地の石碑です.

 ジョセフ・ヒコは乗っていた船が遭難してアメリカの船に救助され,アメリカに渡って,日本人として初めてアメリカ大統領に会い,そして駐日公使・ハリスの通訳として日本に戻り,明治維新の4年前に居留地で英字新聞を日本語訳した『海外新聞』を発刊した日本の新聞の父と言われる存在です.

 更に数百メートル西へ・・・阿閇神社です.播磨町は昭和37年に町制を施行するまでは明治22年の 町村制の施行以来「阿閇村」でした.

 8時を過ぎて・・・日差しも強くなってきました.梅雨前の小さな草花が彼方此方で花開いていました.

 阿閇神社でUターンして東に向かいました.西二見の漁村の面影が残る街並みを走り抜けました.

 9時頃になると陽射しが強くなって・・・陽射しは8月の上旬頃と同じぐらいです.

 今朝は明石市を東西に横断して,播磨町の阿閇神社までの往復・50キロでした.

 脂肪燃焼  1時間47分
 有酸素運動 1時間12分
 無酸素運動 48分
 最大強度  13分
 
 歩数換算 20550歩
 消費カロリー2079キロカロリー

水分かれ

 随分前から気になっている処があります.丹波市の氷上町石生にある水分かれ公園です.

 此処は本州一低い分水界だそうで,過去に一度,この付近を車に乗ったまま探したことがありますが,イマイチわからないまま,そのままになっていました.

 本州一標高の低い中央分水界は,石生交差点あたりで95.45m、そして分水点延長が約1,250mだそうです.

 最近,「川の名前を調べる地図」というサイトを見つけ,全国の河川を水系ごとにたどることが出来ます.いろいろ調べる中で氷上町石生の「水分かれ」を調べると・・・

 地図の下側が加古川水系支流の高谷川で瀬戸内海に流れ,地図の上側が由良川水系の黒井川で日本海に流れます.

 水分かれ公園に向かいました.前回は駐車場を見つけることが出来ませんでしたが,駐車場を見つけて,そこに車を停めて水分かれ公園まで・・・

高谷川沿いに歩きましたが,分岐する処が見つかりませんでした. 

 水分かれ公園の中には人工の滝がありました.

 分岐点が見つからず,案内板を見ると・・・

 川としては加古川水系支流の高谷川はありますが,由良川水系の黒井川が分岐するのではなくて,高谷川の右岸(北側)に降り注いだ雨が黒井川の流れになるということでした.

 高谷川の右岸に標識がありました.この川の水は加古川を経て瀬戸内海へ,そして右岸に降り注いだ雨は由良川を経て日本海へ流れるそうです.

 上流に向かって・・・左側が日本海,そして右側が瀬戸内海(太平洋)です.

 川の流れが分岐点で2つに分かれて,片方は日本海.もう片方は瀬戸内海に注ぐのかとイメージしていましたが,ちょっと違っていました.

 川沿いの桜並木のつぼみが大きく膨らんでいました.

 自宅に戻って調べると,水分かれ公園内に放水路の分岐点があり,この放水路が黒井川へ流れ込んで由良川を経て日本海に流れるようです.あらかじめリサーチをしっかりしていなかったので分岐点を見逃しました.

 Wikipediaには,その写真が載っていました.右に分かれるのが放水路で日本海に至り,まっすぐ流れるのが加古川水系支流の高谷川です.